第9話 髪スキル『怪我ない』

 凶暴な兎が突進してくる。直線的な動き、躱すのは難しくない。そう思って、俺は右手の方向に飛んだ。その時だった。兎の足から急にジェットのようなものが噴出して軌道修正してきた。俺の方向に向かって飛んでいく。まずい! 殺される! そう思った瞬間、兎が俺の右側を突っ切った。俺は風圧で吹き飛ばされて転がった。


 急な軌道修正で狙いが定まらなかったのだろうか。後、10センチほど右にいたら、俺の体はバラバラに吹き飛んでいたに違いない。


 しかし、不思議なものだ。地面に転がりおちているのに、体が全く痛くない。戦闘中で興奮状態にある時は痛みが緩和されると聞いたことがあるが、その影響か? とあるサッカー選手が試合中に足の骨を折っても、多少痛い程度でピッチに立てていたケースもある。後に骨折だとわかった時は死ぬほど痛かったらしいが、とにかく、俺に痛覚がないのは、それと同じようなもんなんだろう。


 今回、生き延びたのは、たまたま運が良かっただけである。もし、次に同じ攻撃が来たら……そんな最悪のことを考えてはいけない。なんとかして、この化け物を倒す方法を考えないと。


 考えろ、考えるんだ。とりあえず、相手は硬い皮膚を持つゾウでもなければ、アルマジロでもない。つまり、防御面ではそれほど優れている種族ではない。槍の一突きで急所をぶっ刺せば、勝てる見込みは十分ある。


 問題は……どうやって、そのぶっ刺す隙を作り出すかだ。ハッキリ言って無理すぎる。相手のスピードは段違いだ。それに、兎は警戒心が強い生き物だ。俺が急接近したら……


 兎は何かを感じ取ったのか、後方に思いきり跳躍した。跳躍の距離も長く、その動作も速い。とてもじゃないけど、逃げている兎に追いつくことは不可能。こうして、つかず離れずの間合いを保たれていれば、俺の攻撃は当たらない。なんて嫌な敵なんだ。


 兎は再びブレーキをかけて、止まった。兎は後ろ足からジェットを噴出して俺に突進を仕掛けてくる。まずい。避けられない。ならば……


 俺は、体を反らして兎の攻撃を避けようとする。だが、完全に回避することは不可能と判断した俺は、攻撃を受ける面積を最小限に留めて“仙術”を試みた。


「破ァッ―—!」


 俺は体全体に気合を入れた。仙術、硬化術。皮膚を硬化させて、防御力を上げる術法!


 完全に一か八かの賭けだった。なぜならば、俺は安定して使える戦術は髪分身の術しかなかった。硬化術は成功するかどうかわからない。もし、失敗したら俺は死ぬ――!


 俺は吹き飛ばされた。俺の体が宙を浮く。不思議と痛みはなかった。俺の体はそのまま地面に叩きつけられた。


「はあ……はあ……」


 俺は自身の体を動かして問題なく機能するかチェックした。大丈夫だ。動く。痛みもない。良かった。硬化術が成功したんだ。


 俺は兎の体を見た。俺の体と接触した場所を見たけれど、全く腫れていない。どういうことだ? 硬化術が成功しているなら、兎の体にも衝突のダメージがあるはずなのに……もしかして、アイツは皮膚も硬いのか?


 硬化術が成功したことで俺はホッとして油断していたのかもしれない。兎が再び突進してくるのに気づかなかった。まずい、次は硬化術が間に合わ……


 俺は思いきり後方に吹き飛ばされた。俺は死を覚悟していたのに……なぜか、全く痛くないのだ。なんだ? 今回は硬化術を展開すらしてなかった。だから、ダメージを絶対に受けるはずだ。


 俺は混乱した。なぜ、俺は全くダメージを受けていないんだ? いや、待て。俺の体はさっきからおかしい。滅茶苦茶熱いジャガイモに触ったのに、全く熱さを感じなかったし、火傷もしなかった。もしかして、俺はダメージを受けない体質になっているのか?

 

 そんなこと今までなかったぞ。ほんの一週間ほど前も紙の本を読んだ時に、紙で指を切ったことがあった。その時は、きちんと怪我をしたのに。ん? 怪我? けが……? 毛が……けがない? まさか、俺がクソ神ハーゲンから受け取ったスキル『けがない』


 そういうことか! このスキルはただ単に毛がなくなる『毛がない』だけではなかったのだ! このスキルの真の力は、どんな攻撃を受けてもダメージを受けなくなる『怪我ない』も含んでいるのか!


 なんてことだ。このスキルは、とんでもない能力を秘めているスキルだったのか! このスキルは新しく追加された新規のスキル。それ故、誰もこのスキルの真の力を知らなかったのだ。


 あれ? もしかして、俺このスキルのお陰で、世界最強の存在になれた説がるぞ。だとすると、この兎にも絶対に負けるはずがないんだ!


 そう思うと、俺は自信に満ち溢れてきた。


「おい! 兎!」


 俺は兎に向かって指をさした。


「来いよ。何度だって、てめーの攻撃を受けてやる!」


 俺の挑発を受けて、兎は怒ったのか思いきり突進してきた。俺は、足に踏ん張りを入れて兎の突進を受け止めようとした。


「破ァ!」


 全身全霊の力を込めて兎の突進を受け止めた。完全に受けきる気でいれば、こいつを止めることなど可能だ。俺はどんな突進を受けても絶対に怪我ないのだからな! 仮に吹き飛ばされたとしても、何度だって挑戦できる。


 俺は思いきり叫んだ。脳のリミッターを外すように叫び声をあげた。その甲斐あってか、兎を受け止めた。俺に突撃した兎はその場に止まってしまい、俺は持っていた木の槍で思いきり、兎の目を突いた。



「おーい。マルガリータ!」


「お、カムロ! 無事だったか……な、なんだそのでかい兎は! 美味そうだな」


 俺は背中に担いでいた兎を地面に置いた。


「よっしゃ! 今日は兎肉を食うぞ!」


 マルガリータはナイフで兎の肉をグサグサと刺して切り分けた。


 俺はその間に火を起こして、兎の肉を焼けるように準備をした。マルガリータが切った肉を俺が起こした火で焼いていく。程よく焼けたので、俺は兎の肉を口に含んだ。


 味はまあそこそこ上手いけど、ちょっと血なまぐさいな。血抜きが上手くできてなかったか。それに、塩かタレが欲しいな。味付けがないのも寂しいものだな。


「うめえ! うめえ!」


 マルガリータは血なまぐさい肉を気にせずバクバクと食べている。野性味溢れるその姿は、流石無人島で暮らしたいと言っていたことだけのことはある。


「カムロー。お前流石だな! こんなでかい兎を狩ってくるなんてな。いやー。私はいい拾いものをしたなー」


「俺は物扱いか」


 さっきまでは、ペット扱いだったけれど、今は物扱いか。本当にハゲの扱いはどこの世界でも悪いな。でも、俺はハゲでも見捨てないマルガリータに感謝をしている。


 食後、マルガリータは寝床で眠ってしまった。俺は、洞窟から出て、星の灯りに照らされながら目を瞑り精神統一をした。


 俺の肉体は今やどんなダメージをも受け付けない体になった。だからこそ、出来る修行もあるはずだ。心を無にして、脳を完全にコントロールするイメージ。そして、脳のリミッターを外して力を解放する!


 うん。イメージしてみたけど、そう簡単には上手く行かないな。脳は筋肉に必要以上の負荷をかけるのを嫌って、脳にリミッターをかけている。リミッターを自由に外せるようになるのなら……俺は、負荷なくてパワーアップを果たせるのだ。


 俺はこの『けがない』の能力に無限の可能性を感じている。このスキルは、ただ単に無敵の防御力を誇るだけのスキルではない。工夫すれば、攻撃にだって転用できる無敵のスキルの可能性もある。


 なにせ、俺がこのスキルを初めて得た人物。だから、このスキルのマニュアルはないので、試行錯誤をしていかなければならない。研鑽。とにかく、研鑽だ。この島から出て、ハゲを嫌った世界に復讐する。そのためには、この『けがない』の力が必要なんだ。

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