第7話 無零頭髪(ブレイズヘア)

「マルガリータ。サバイバル生活において火は必要不可欠だ。だから、俺たちはなんとしてでも火を手に入れなければならない。それはわかるか?」


「うむ。Blazeだな!」


 なぜ急に流暢な英語で言ったのかわからない。お前そんなキャラじゃなかっただろ。確かにネイティブっぽいけど。


「俺もこの極限状態で火を起こした経験はない。今にして思えばクソったれな家族共とキャンプに行ったことはあったけど、火はライターで付けてたからな」


 俺は高校生だから、当然タバコは吸わない健康優良児だ。ライターを常備してないし、荷物の中にもなかった。だとしたら、原始的な方法で火を起こすしかない。


 幸いナイフは手持ちにある。これである程度の物の加工はできるはずだ。俺はボートに戻り、ボートの甲板の一部をナイフで切り取り木片を取った。そして、備え付けられていた船舶ロープも引き剥がした。燃料が切れたボートにはもう用はない。せめて、サバイバル生活に必要な木材として活用させてもらおう。エンジンとかモーターも付けられているが、生憎、俺は工学系の知識がない。改造できるだけの知識があれば、何かしらの役に立てたと思うと惜しい気持ちになった。多分、マルガリータもその辺の知識には明るくないだろう。


 木片とナイフを使って火切り板と火切り棒を作った。石を集めて組み立てて、簡易的な“かまど”を作り、そこに木炭を入れる。


 そして、植物が育ちにくいこの島では貴重な水分が飛んでいる枯れ葉と枯れ草も集めた。これを火種にしよう。


 準備は整った。俺はマルガリータの眼前で、火起こしを実践することにした。もし、万一俺が火の取り扱いに失敗しても、人が2人いれば対処しやすいからである。


「おお、なんか本格的だな。カムロ」


「ああ、俺はこの島に火を起こして見せる。見ててくれ」


「がんばれー! カムロー!」


 火切り板と火切り棒にロープをくくりつけたものを使い、摩擦熱を起こしていく。ロープのお陰で必要な力が緩和されているお陰でかなりやりやすい。火切り板音から甲高い音が聞こえる。……これで合っているのか? わからない不安になってきた。こんな無人島ではスマホで火起こしの方法を調べることはできない。だからこそ、持てる知識を最大限に活用してやるしかないのだ。


「カムロー。私、その音苦手だ。なんとかしてくれ」


「あ、悪い」


 力の加減を調整すると甲高い音は収まった。今度はなんとも収まりのいい音だ。俺もこっちの音の方が聞いていて落ち着く。


 しばらく擦っていると火切り棒から煙のようなものが出てきた。


「お! 火がついたか? カムロー?」


「いや、まだだ。煙は発生しても火がついているとは限らない。削られた木くずから煙が出てくるかどうかで判断しよう」


 ここで冷静さを失っては台無しになってしまう。土俵際こそ慎重に立ち回らなければならないのだ。


 ぽろぽろと落ち始めている木くずから煙が出てきた。もう十分に温まったころだろう。枯れ葉と枯れ草で組んだ火種に煙がでている木くずをパラパラと入れる。


 火種に細い息を軽く入れる。1度……2度……3度……! 木くずが赤く点灯し、それが枯れ葉と枯れ木にも広がる……着火した! 今だ、この火種をかまどの中の木炭にシュウウウゥゥゥゥウウウ!!!! とエキサイティンしたい気持ちを押さえて、そっと置く。火は燃え広がっていき、木炭にも火がつく。炭の力で炎の勢いが増してついに俺はこの無人島に火を起こすことに成功したのだ。


「やった! ついに火の文明を手に入れることができたぞ!」


 ものすごい感動だ。スイッチ1つで火だろうが、電熱だろうが出せる時代。だが、原始的な方法で火を起こすというのも案外悪くはないものだ。火を扱えるのは人権。獣と人を分ける一種の境界線なのだ。おかえり文明社会。


「よし。この串にジャガイモを刺して炙って食べるぞ」


 ジャガイモを焼くだけの簡単な料理。それは現代人視点の話だ。火も十分に起こせないような無人島生活者にとっては、それだけでも大変に困難なものである。それにしても、ボートの材質に木材が使われていて助かった。加工がしやすく汎用性が高い材料。お陰で串を作るのにも困らなかった。


 ジャガイモを回転させながら全体的に火を通していく。近づきすぎると焦げてしまう。そうなれば、折角マルガリータから貰った食料が無駄になってしまう。この無人島生活では食料1つ無駄にすることはできない。たった1つの食料の喪失が生死をわけることも十分考えられるのだ。


「ンッン~! いい匂いだ。カムロ!」


 程よく焼きあがってきたので、俺はジャガイモを2つに割った。その片方をマルガリータに差し出した。


「くれるのか?」


「ああ。焼いた芋は旨いから食ってみろ」


「ありがとう」


 マルガリータが俺から芋を受け取ろうとする。マルガリータが芋に指を触れたその瞬間、マルガリータは「あっつ」と言い、そのまま手を引っ込めた。


「え? そんなに熱かったか?」


 俺は焼き立てのジャガイモを持っているが、特に何にも感じない。ほんのりとした心地よい温かさはあるが、手で持てないほど熱いとは感じないのだ。


「カムロ! 貴様よくそんな熱いもの持てるな! さっきまで火にかけていたものだぞ」


 言われてみればそうである。常識的に考えれば火で炙ったものは手で持てないくらい熱い。しかし、俺はその熱さを感じない。もしかして、俺の感覚がなくなってるのか? そう思って俺は、指を1本開いてみる。しかし、開いた指には火傷の跡は見受けられなかった。ジャガイモの温度が何度かはわからない。けれど、高温のものを長時間持っても皮膚が全くただれてないのは異常事態である。


「どうしたんだ……俺の体……」


 俺は腹が減っていたのでそのまま気にせずジャガイモを半分食らった。特に味付けをしていない素材本来の味。飽食の時代を生き抜いた俺からしたら物足りないが、生で食べるよりは100倍マシだ。


 一方でマルガリータは少し冷ましてから、もう半分のジャガイモを食べた。「うめえ。うめえ」言いながら食べていたのが印象的だった。そりゃ、ジャガイモの生食した後じゃ、旨いに決まってる。


「ふう。それじゃあそろそろ一服するか」


 マルガリータはポケットから、タバコの箱とライターを取り出して、慣れた手つきで1本タバコを咥えてライターをカチカチと操作する。ん? なにかがおかしい。


 マルガリータはライターの火をタバコを近づけて、そのまま煙を吸い込んだ。


「ふぅー。あー。やっぱりこの銘柄は落ち付くなー。カムロも吸うか?」


「いや、俺は未成年だから吸えない」


「あはは。気にすんな。ここは無人島。法律もなにもないさ」


「そう言う問題じゃない。それより問題なのは、マルガリータ。お前、ライター持ってるのか?」


「ん? ああ。そうだ。タバコを吸うために持ってきた」


 俺は頭が痛くなった。意味が分からない。なんなんだこいつは。


「マルガリータ。お前火を起こしたことないって言ってたよな!」


「点けたことはあるけど、起こしたことはない」


「あはは。確かに、ライターで火を点けるなら起こすとは言わないよな。あははは……! 一休さんかテメェーはよォー!」


「それはこっちのセリフだハゲ!」


 うぐ。確かにハゲ頭という点では、俺の方が一休さんに近い。反論できない。


「お前タバコを吸う癖によく火はいらないとか言ったな?」


「ん? 私は、カムロもタバコが吸いたいと思って、火が要るのか? って訊いたんだぞ? まさかジャガイモそれを焼くとは思わなかったからな」


「そっちの意味での要るかよ!」


 俺はこの無人島生活で報連相が大事だということを痛感してしまった。俺が一言、マルガリータに簡単に火を点けられる道具はあるかと訊けば済む話だったんだ。そうすれば、わざわざこんな手間をかけて火を起こす必要はなかった。


 コミュニケーションは全てを解決する。そりゃ。社会ではコミュ力が高い人が重宝されるわけだ。

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