第6話 捨てる髪あれば拾う髪あり

「貴様! なぜ黙ってる! 名を名乗れ!」


 金髪の女は俺を指さした。いきなり指さされるし、高圧的な態度にも腹が立つが、俺には戦闘能力がない。相手が戦闘向けのスキルを持っていたら、俺に勝ち目はない。大人しくこの女の言うことに従っておくか。


「俺の名前は神室 頼人だ」


「かむろ……禿かむろ……? ハゲか?」


「うるせえ! 俺がハゲだってことは見ればわかるだろ!」


 初対面の人に向かってハゲと言うなんて、なんて非常識な女なんだ。


「あ、すまない。悪かった。私の名前はマルガリータ。よろしく」


 マルガリータが崖の上から降りてきた。地面に追突する直前に、マルガリータがふわっと浮いて衝撃を緩和。そして、地面にゆっくりと着地した。


「ああ。よろしく」


 どうやらマルガリータに敵意はないようだ。争いにならなくて良かった。俺のスキルが2つとも使い物にならないなんてバレたら終わりだからな。


「よく考えたら、ハゲが私を脅かすことなんてありえないからな。ハゲに負ける私ではない」


「ハゲって言うな! 傷つくだろ!」


 俺は大声をあげて、マルガリータを非難した。目に熱いものがこみあげてくる。少しでも涙腺から力を抜いたら、涙がこぼれ落ちそうだ。どうしてハゲというだけでここまでバカにされなければならないのだろうか。理不尽な世の中だ。


「カムロ。お前は、どうしてこの島に来た?」


「俺だって、好きでこんな島に来たわけじゃない。この髪型のせいだ」


「いや、お前に髪はないから、髪型なんて言葉を使うな」


「確かに」


 ハゲに髪型なんて言葉は勿体ない。


「俺は、かつてはサラサラヘアーの持ち主だった」


「嘘つけ」


「嘘じゃない! だけど、俺はハーゲンとかいうクソ神のせいで、“けがない”という最低最悪のクソスキルを得てしまった。そのせいで、俺はハゲたんだ」


「な……お前、ハーゲン様になんてことを言うんだ。恐ろしい」


 マルガリータもハーゲンを信仰しているようだ。この世界の人はほぼ例外なく、ハーゲンを信仰している。俺もかつてはそうだった。こんなクソスキルを押し付けられる前までは。


「俺の国ではハゲに人権はなかった」


「そりゃそうだろ。どこの世界にハゲに人権を与える国があるんだよ」


 心が痛い。俺もかつては薄毛治療にいそしんでいたハゲたちをあざ笑ってた立場だ。だから、あまりマルガリータを強く非難できない。マルガリータの言葉はかつての俺の言葉と同義なのだ。


「俺は、家族にも友達にも社会からも見放されて、この不毛の島に追放されたんだ」


「へー。現代でも島流しってあるんだな」


 マルガリータが両手を腰にあててうんうんと頷いていた。


「いや、マルガリータも他人事じゃないだろ。マルガリータはどうしてこんな島にいるんだ」


「私がこの島に住んでいる理由か? 私には夢があった。そう。無人島に住むと言う夢がな」


「ん?」


 なに言ってるんだこの人?


「だから私は宝くじを買いまくった。1億ドルほどつぎ込んだな。それだけ。私は資金が欲しかったのだ。そして、運良く当選した。金額にして1000万ドル!」


「え?」


「手にした1000万ドルでこの島を買い取り、私はこの島に定住することにしたのだ。そう。私の無人島定住生活が始まったのだ」


 人が定住している時点で無人島ではない。そのツッコミを入れたら、この人のアイデンティティが崩壊しそうなので、あえてスルーしよう。


「でも、マルガリータ。どうしてこの島に住めるんだ?」


「え? どういうことだ?」


「この島はテレビもないし、ラジオもないどころか食料があるのかどうかすら怪しい。そんな環境でよく生きてこられたな」


「ああ。それなら心配いらない。私のファーストスキルはアグリコラ。不毛の大地に恵を与える能力だ。その力で私は、この島を開拓している」


「な、なんだって!」


 正に地獄に仏だ。マルガリータに媚を売れば。この島で生活できるかもしれない。農業を手伝う見返りとして、食料を分けてもらえれば、餓死の心配はないだろう。


「あ、ちょっといいか?」


 マルガリータは俺に近づいて、俺の頭に手を伸ばした。そして、俺の頭をゆっくり優しく撫でる。


「な、なにをする」


「しー。大人しくしていなさい」


 照れ臭くなった俺は退避しようとするが、マルガリータはそれをさせてくれなかった。女の人に頭を撫でて貰えるのはいつ以来だろうか。まさか、こんなハゲ頭を撫でてくれる人がいるだなんて思わなかった。この暖かい感覚悪くはない。


「うーん。ダメか。私のアグリコラなら、この頭に栄養を与えられるかも……? って思ったけど」


 マルガリータが俺の頭から手を離した。


「そ、そうなんだ。ありがとう」


「でも。ふふふ。お前の頭ってツルツルでスベスベしててなんだか心地いいな。また気が向いた時に撫でてもいいか?」


「え?」


「なんていうか……髪の毛を撫でているより落ち着くっていうか。嫌いじゃないというか。やっぱりハゲにはハゲの使い道があるんだな」


「う、うぅ……あああああ!!!!」


 俺は思わず泣き叫んでしまった。


「お、おい。どうしたんだ」


「ひっぐ……えっぐ……」


「泣くな。水分がもったいないだろ」


 確かに、この無人島のサバイバル下では涙で水分を失っている余裕はないのかもしれない。けれど、俺は初めて自分ハゲを認められた気がして、涙が抑えられなかった。



「落ち着いたか?」


 ひとしきり泣いた後、マルガリータがレースのハンカツを差し出してくれた。俺はそれで涙を拭いて、顔を上げた。


「ありがとう。マルガリータ。あ、これどうする? 洗って返せばいいか?」


「あ、いや。大分使い古したやつだし、お前にやるよ」


「なにからなにまで悪いな」


「カムロ。私はお前が、私の無人島生活を脅かす者だと思って、攻撃を仕掛けようとした。けれども、お前はここに追放された可哀相な奴だ」


 可哀相……なんかそう言われるとプライドが傷つくような。俺はこれでも彼女持ちで成績優秀だった男子高校生だ。底辺に落ちることなんて全く想像できなかった。


「だから、私の島にいさせてやる。今日からお前は私のペットだ!」


「ペ、ペット!?」


「ああ、そうだ。人扱いしたら、無人島じゃなくなってしまうからな。あはは」


 いや、だからマルガリータが定住している時点で無人島ではないんだってば。


「ハゲのペットか。うーん。悪くない。なあ、ハゲって何を食うんだ?」


「えーと……人間と同じ物を食べても大丈夫だと思う」


「そっか。なら、このジャガイモを食え」


 マルガリータは、俺に向かってジャガイモを投げた。俺はそれをキャッチした。この芋は……ふかしてすらいない。ただの芋だ。


「え? 生のまま食えと?」


「そうだ。うめえぞ~」


「いやだよ。加熱処理させてくれよ」


「え? ジャガイモって生で食うものじゃないのか?」


 どこの世界の常識だよそれは。


「マルガリータ。火を起こしたことってあるか?」


「ない」


「え? じゃあ、この無人島で今までどうしてきた?」


「火? いるのか? それ?」


「ええ……」


 今日び原始人でも火を扱えるのに、なんなんだこの女は。確かボートの積み荷に木炭があったな。それを燃料にして上手いこと火を起こせないだろうか……?


「あはは。カムロ。お前もしかして、ハゲの癖に頭がいいのか?」


「ハゲの癖には余計だ!」


「頭の外見は悪いのに、中身はいいんだな」


「やかましいわ!」


 人と出会えて友好的な関係を気づけたのはいいんだけれど、ハゲを弄られるのは辛い。まあ、ハゲ差別や罵倒はされてないだけマシだけど。

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