第5話 髪を剃る。そして、男子高生を捨てる

 どれだけ長い間、航海しただろうか。海上の移動だけで、1週間は持つはずだった食料は既に底をついている。ということは1週間経ったのだろうか。わからない。本当に1週間分の食料があるのかすら。俺はなんたって食べ盛りの高校生だ。成人男性の食事よりも多めに食べているかもしれない。まあ、でもセカンドスキルの覚醒が終わってるってことは第二次性徴の終わりを意味するから、これからどんどん食べる量は加齢と共に減っていくだろう。


 それにしても頭が熱い。照り付ける太陽。俺の頭を紫外線から守る毛は既に消滅している。俺の頭部を守るものはなにもない。帽子すらもクソ親父から渡された荷物の中には入っていない。あいつ、本当に食料と水と救急セット以外のものを入れてねえな。使えねえ。着替えもないから、潮風がべったりとついたこの服を着替えることもできない。まあ、着替えたところで洗濯なんてものはできないが。


 進行方向に島が見えてきた。その島は遠目で見ても木が1本も生えていない。ただ、目の前に広がるのは断崖絶壁。あそこが名もなき不毛の地。俺が追放された場所か。


 段々とエンジン音が静かになって勢いがなくなっていく。丁度燃料切れを起こしたのか? 1週間も走りっぱなしでよく持った方だ。燃料の補充をしてないのにここまで持つということは、船乗りのスキル持ちの魔力と燃料のハイブリッドエンジンを搭載しているということか。船乗りの魔力で覆われた船は、燃料の減少が緩やかになる。一週間も魔力が持つなんて、相当優秀な船乗りだったんだろうな。そこまでして、俺をこの不毛の大地に送りたかったのか。


 船は浜辺についた。俺は船を乗り捨てて島に上陸した。俺はこの大地で生き延びなければならない。死ねば終わりだ。命は一つ。その一つは……世界の全を砕く復讐の一だ!


 しかし、妙だな。この島はそれなりに暑い。これだけの恵まれた気候があって、草木が育たないのは妙だ。植物の大半は温度が上昇すれば活発になる。もちろん、暑さに弱い植物もあるが……暑すぎて弱るほどの気候でもない気がする。


 それにもう1つ不可解な点がある。俺の体が全く日焼けしていないことだ。俺はこの数日間、ずっと太陽の光に晒されていた。そりゃ当然だ。日陰なんてないのだから。しかし、俺には全く日焼けの跡がない。袖を捲ってみても、全く黒くなっていない。


 もちろん、日焼け止めクリームなんて荷物の中には入ってないし、事前に塗ることもできなかった。一体どういうことだ……?


 まあ、そんなことはどうでもいいか。今はとにかく、この島で生き残ることを考えなければならない。そして、生活の基盤を気づいたら、本土に戻って……俺を見捨てた奴ら全員に復讐だ。最後には……この世界の最高神ハーゲンをも殺してやる。


 まずは水の確保から考えなければならないな。なにかしらの方法で飲める綺麗な水を探すか、作らなければならない。水が入っていたペットボトル。後は救急セットがあるからガーゼがあるな。これがあれば、ろ過装置を作れるか? 小石と砂と砂利はその辺にあるだろう……欲を言えば活性炭も欲しい。でも、植物が生えてない環境で活性炭を探すのも作るのも難しいか。


 俺は持てる知識をフル稼働させて、色々と思案した。こういう時こそ、まともに勉強しておいて良かったと思う。ちょっとした雑学がサバイバルで役立つということもある。人間はいつサバイバルが必要な状況に送り込まれるかわかったものじゃない。俺は身を以ってそれを知ってしまった。


 そういえば、俺が乗ってきたボートがあったな。もしかしたら、遭難した時のための積み荷があるかもしれない。そういう淡い期待を抱いて俺はボートを調べた。するとボートの甲板にトラップドアが付いているのを発見した。それを開けてみると中には色々な物資が入っていた。


 救命胴衣。ビニールシート。ナイフ。ライター。木炭。それと缶詰と水。尽きたと思っていた食料と水がまた手に入った。更に木炭が入っているのも偉い。これで、ろ過装置を作ることができる。ビニールシートも使いようによっては使える。正に天の恵みだ……おっと、天にはあのクソ神のハーゲンがいるんだったな。俺はもう2度と天や神に感謝しねえからな。


 俺は使えそうなものをリュックに詰め込んで、この島を探索することにした。まずは寝床の確保かな。手持ちの食料は大事に使おう。まだ手を付ける場合じゃない。


 この島にはどんな危険な生物がいるかわかったものじゃない……というか、生物が住めるのか? この島は。まあいいや。あんまり遠くに行かないようにしよう。近くで休めそうなところはないかと、俺はでこぼことした岩の地帯を進んだ。


 拠点にできそうなところは、湧き水の近くがいいな。古来から人は川や水の近くで文明を発展させてきた。水源から遠い場所にいると水を運ぶ労力というものが存在する。それはもう完全に時間と労働力の無駄である。その無駄がある国とない国。どちらが強いかは明白だ。


 とりあえず、泥水でもいい。水が欲しい。水さえ手に入れば、ろ過すれば水は飲める。


 俺はふと近くの岩の隙間に目をやった。そこから、にゅるっと何かが顔を出した。これは蛇か?


 蛇は俺に気づくと驚いたのか、すぐに岩の隙間に引っ込んでしまった。あの蛇は毒を持っているのかどうか。それすらもわからない。スマホがあれば、調べられたんだろうけど……あいにく充電切れだし、電池があったとしてもここまで電波もWi-Fiも届かないだろう。


 なんにせよ、そこそこ大きい蛇がいたことは確かだ。この島の生き物がこれだけなんてことはないだろう。ということは、やはり獣避けのなんらかの方法は欲しい。


 いっそのこと、仙術を使って分身するか? そして、交代で見張りをして寝ればなんとかなるはず。そう思って俺は自身の頭に手を伸ばした。しかし、手にある感触はスッカスカのツッルツルであった。そうか。俺は髪の毛がなくなったんだから、仙術を使って分身できないんだった。


 俺のセカンドスキルがとんでもないクソのせいで、俺のファーストスキルすら使えなくなってしまった。過去にハズレスキルと揶揄やゆされた能力たちも、メリットが少ないだけで、デメリットがあるわけではなかった。だが、俺のスキルはとんでもないデメリットを持っているのだ。それに比べれば過去のハズレスキルなんて可愛いものである。


 なんでよりによって、髪の毛を媒介にして仙術を使える俺にハゲるスキルが発現するんだよ。正に世の不条理さを嘆かざるを得なかった。


 だが、悪いことばかりではない。俺の仙術が封じられているのは髪の毛を使用した時だけだ。他にも色々な仙術がある。例えば、筋斗雲を呼び、空を翔ける術。その術を習得さえすれば、俺はこの島を出ることができる。


 脱出方法があるとわかった時点で希望が湧いてきた。だが、本土に戻ったところで何ができる。本土の大人たちは2つのスキルを使いこなす人間兵器がうじゃうじゃいる。そんなやつらが跋扈ばっこしている環境に無策で突っ込んだら、返り討ちにあうのがオチだ。


 せっかく、湧いた希望も現実を直視してしまったら、枯れてしまった。やはり俺には復讐は無理なのか? 例え仙術を極限まで鍛えたとしても、分身の術は使えないし、他にも仙術を持っている戦士はいる。その戦士は俺と違って有能なスキルを持っているかもしれない。どう考えても俺に勝ち目はない。


「はあ……」


 俺はためいきをつかざるを得なかった。腹も減ってきた。空腹になると嫌なことばっかり考えてしまうな。ああ、腹いっぱいチキンが食いたい。


「そこで何をしている!」


 上空から声がきこえた。俺は声がする方向に目を向けた。一際高い岩場の上に、金髪のポニーテールの女が腕組みをして立っていた。


「な、げ、原住民か?」


「貴様! 私の島になんのようだ!」


 女の表情は険しくて、とても俺を歓迎しているようには見えない。女の年齢は俺と同い年くらい。女の方が第二次性徴を終えるのが早いから、奴は高確率でセカンドスキルまで覚醒しているだろう。もし、戦いになったら……俺に勝ち目はないかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る