第3話 薄毛は治療できる時代です
俺は自分のベッドの上に散乱した髪の毛を拾い集めた。そして、それを頭の上に乗せる。だが、それでくっつくはずがない。ハゲはハゲのままなのだ。
「ど、どういうことだ。なんで……どうして、俺の頭がハゲているんだ」
そう言えば、夢で何者かの言葉が聞こえた。この症例は聞き覚えがある。最高神ハーゲンが夢に出てスキルを授与するという奴だ。そのハーゲンは俺のスキルを『けがない』と言った。けがない……毛が無い……!
ま、まさか。俺がハゲたのはスキルのせいだって言うのか。こ、こんなことありえない。そ、そうだ。どうにかしてハゲを隠さないと。確か、ヒカリからクリスマスプレゼントに貰ったニット帽があった。貰ったはいいけど1度も被ってないやつだ。まさか、こんなことに役立つとは。
俺はクソダサセンスのロゴが入ったニット帽を被った。俺の寒かった頭頂部がポカポカと温かくなる。こ、これでハゲは隠せるよな。
俺は恐る恐る自室から出た。
「あ、お兄ちゃんおはよう」
妹の
「お、おはよう」
「どうしたのお兄ちゃん。そんな声が上ずって。それに室内なのにニット帽を被ってるのは変だよ?」
「そ、そうか? い、いやあ。折角彼女から貰ったプレゼントなんだから被らないと悪いと思って」
「それ、去年のクリスマスに貰ったやつだよね? お兄ちゃん。今はもう夏近いんだよ。そんな暑そうな恰好しないで」
う……確かに夏にニット帽は変かもしれない。暑苦しいやつだと思われるかも。で、でもハゲ隠しのためには仕方ない。
「おいおい。瑠奈ちゃんはサマーニット帽というものを知らないのか? 夏でもニット帽を被るお洒落男子はいるんだぜ」
「でも、それ素材がカシミアじゃん。冬用じゃん」
ぐうの音も出ない論破。なんでヒカリは冬用のニット帽を俺にプレゼントするんだよ! そうだな! クリスマスプレゼントだからだな! クリスマスは冬だからな!
「まあいいや。とりあえず、早くご飯食べちゃおう」
「あ、ああ」
俺たちはそのまま1階に降りて、両親が待っているリビングへと向かった。リビングには既に朝食が用意されていた。ソーセージエッグ定食。俺の好物だ。
「おはよう頼人。瑠奈……ど、どうしたの。頼人。その頭……」
「ふぇ……あ、ああ。最近HIPHOPに目覚めてね。ニット帽を被るようにしたんだ」
母さんは明らかに俺の様子を訝しんでいる。そりゃそうだ。今までニット帽を被ったことがない俺が急に帽子を被り出したんだ。
「頼人。せめて室内では帽子を脱ぎなさい」
「あ、いや。でも……」
「室内では帽子を脱ぐのがマナーだ。いくら自宅だからと言って、最低限のマナーを守らなければならんのだ」
くそう、父さんめ、正論を言いやがって。ロジハラで訴えてやる。
「で、でも父さん。俺はHIPHOPに目覚めていて、将来はHIPHOPで食っていこうと思っているんだ」
「いいから脱ぎなさい!」
父さんが俺の帽子に触れる。そして、そのまま帽子を床へと叩きつけた。
「あ」
瑠奈が思わず声を漏らしている。バ、バレた。終わった俺の人生。俺は高校生という年齢にしてハゲてしまった。今では親父、老人にすらハゲはいない時代。若ハゲなんて後ろ指を指されるだけの人生なんだ。
「お兄ちゃん……どうしたのその頭? 剃った?」
「へ?」
「なんだ。頼人。お前、なんかしでかしたのか? それで頭を丸めたのか」
父さんと瑠奈は勘違いをしてくれている。そうだ。このまま押し切ろう。
「い、いやー。別に悪いこともしてないし、願掛けというわけでもないし、出家もしないんだけどね。ただ、なんとなく最近お洒落坊主っていうのが流行ってて? 俺も頭を丸めてみようかなって思ってさ。あはは」
こうなったら誤魔化すしかない。良かった。中途半端にハゲてなくて。全部髪の毛が抜け落ちたお陰で、頭を丸めたものだと思われている。ありがとう坊主。サンキュー一休。
「頼人……あなた……ちょっと頭を見せなさい」
母さんは俺の頭を押さえつけてマジマジと頭頂部を見つめだした。う、首が痛い。
「やっぱり……毛根が死んでる……」
「な、なんだって!」
「嘘でしょ? お兄ちゃん」
母さんの衝撃的な発言で父さんと瑠奈も動揺を隠せない顔をしている。や、やめろ。俺をそんな目で見ないでくれ。
そういえば、母さんのスキルは観察眼スキルだった。これにより、母さんは物事の状態を正確に把握することができる。だから、俺の毛根の状態を見抜いたんだ。
「おい、頼人。どういうことだ」
「ど、どういうことだって……そんなの俺にもわかんないよ! 朝、起きたら俺の髪の毛が……ぬ、抜けていたんだ! きれいさっぱり! 全部、全部なくなってたんだよ!」
俺は叫んだ。心の底から叫んだ。朝早く叫んでご近所迷惑だとかそういうことは考える余裕はなかった。ただ、俺は魂の叫びをぶつけることしかできなかった。
「お兄ちゃん……可哀相。あんなにサラサラでツヤツヤな良質な髪の毛だったのに」
「全くだ。父さんの家系も母さんの家系もハゲはいなかった。だから、息子のお前もハゲる心配はないと思っていたのだが……こうなったら仕方あるまい。頼人。今日は学校を休みなさい」
「え?」
「父さんも会社を休む。だから、頼人。これから病院に行き、薄毛の治療を受けろ」
「で、でも父さん……」
「心配するな。金は父さんが出してやる。息子がハゲで苦しい思いをしているんだ。助けてやるのが父親というものだろう」
「と、父さん!」
俺は泣いた。こんなハゲ散らかした俺をまだ息子として認めてくれている。その優しさだけで胸がいっぱいになった。俺、父さんの息子で良かったよ。
「父さんの知り合いに薄毛治療に長けた医者がいる。通常なら、予約は年単位で待たされるほどの名医だが……父さんが口利きすれば今日中に診てもらえるだろう」
「ありがとう父さん」
「お兄ちゃん。薄毛治療がんばってね」
「そうよ。頼人。まだ毛根が死んだだけよ。今は、死んだ毛根も復活できるくらい医療技術が発達しているんだから」
瑠奈と母さんが
「頼人。学校には母さんから連絡しておくわ。ちょっとした風邪で病院に行くため休むと伝えておくね」
「うん。よろしく母さん。間違ってもハゲたから学校休むなんて言わないでね」
「もう。流石の母さんでもそんなこと言わないよ」
「あはは」と家族中が笑いに包まれた。良かった。薄毛が深刻にならない時代で。薄毛が治る時代で。
俺は父さんの車に乗り、そのまま病院へと出発した。こんなにも車を運転している父さんを頼もしいと思ったことはない。
近くの手頃の診療所ではなく、きちんとした専門機関での薄毛治療。そのため、場所は自宅より遠いところにあった。高速道路に入り、車をどんどんと飛ばす。そんなに遠いところまで連れてってくれて父さんには感謝の念しかない。
車を飛ばすこと2時間。県外をまたぎ、ようやくついた病院。そこで俺は診察を受けることになった。
「神室です。本日は息子の一件でお世話になります」
「神室様ですね。少々お待ちください」
父さんが受付を済ませて、俺は待合室で待っている。待合室には俺と同じく、ハゲ散らかしている人間もいるし、帽子を被って誤魔化している人間もいる。だが、いずれも頭頂部だけハゲていたり、ちょっとデコが広めだったりと、俺みたいに全部ハゲという人はいなかった。
「神室様ー。神室頼人様ー」
俺の番になった。俺は父さんと一緒に診察室へと向かった。ああ、希望への道。一時はどうなることかと思ったけれど、ハゲは治せる。これで俺の人生も元に戻るはずだ。
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