第2話 神に見放された大地

 学校の授業が終わり、部活動が終了した頃。俺は恋人を迎えに体育館に来ていた。


 女子バレーボール部の時期キャプテンと評されている少女。かつら ヒカリ。栗色のウェーブがかった髪の毛が特徴的な女子だ。本人は癖っ毛を気にしているのだが、俺は可愛くていいと思う。


「あ、頼人! 迎えに来てくれたんだ」


「ああ。一緒に帰ろう」


 俺はヒカリと一緒に帰ることにした。少し制汗剤の臭いがするヒカリ。練習の影響からか少し汗ばんでいる。


「ねえ。頼人はそろそろセカンドスキル発現した?」


「いいや。俺はまだ覚醒していない。まだまだ成長期ってことだ」


「いいなー。頼人は身長高いのにまだ伸びるんだ。私はもう、セカンドスキルが発現しちゃったからもう身長伸びないんだ」


 バレーにとって身長はかなり重要な要素である。ヒカリは女子にしては身長が高い172cmではあるが、バレー部のエースを張るには少し身長が足りない。当人はバレーで活躍したいからもっと身長を伸ばしたかったらしいが……


 まあ、俺も背が高い女子は嫌いじゃない。ヒカリはバレーボールをやっているだけあって、肉付きがとてもいい。スポーツウェアに着替えたヒカリの肢体の眩しさは目のやり場に困るくらいだ。俺がドギマギとした反応を見せると、ヒカリは「彼氏なんだからもっと堂々と見ていいのに」と俺を茶化してくる。そういう、俺をからかってくる悪戯っ子の一面も見せるヒカリが好きだ。


「ねえ。頼人のセカンドスキルはどんなものになるんだろうね」


「ああ。俺のファーストスキルと相性がいいものがいいな」


「頼人のファーストスキルってなんだっけ?」


「俺のファーストスキルは仙術。修行次第で色々な術を身に付けられるスキルだ。だが、修行コストが非常に高くてな。俺は髪の毛から分身を作り出す仙術しか会得できてないんだ。達人クラスにもなると10や20くらい仙術を持っているのが当たり前になるんだがな」


 髪の毛から分身を作り出す仙術。俺は昔、西遊記の孫悟空に憧れていて、その技を使ってみたいと思っていた。ちなみに今修行しているのは雲を呼び出し、その上に乗って移動する仙術だ。これさえあれば登下校も楽になるだろう。


「へー。髪の毛から分身を作るスキルかー。頼人の髪の毛はサラサラで艶があるからなんだか勿体ないね。そんな美しい髪の毛を分身のために使うなんて」


「おいおい。男が髪の毛を褒められたってそんなに嬉しくないぞ」


「えー。そうかなー。女子だったら絶対喜ぶよ。ってか、頼人って髪の毛手入れとかしているの?」


「んー。風呂上りにドライヤーかけるくらいか?」


「それなのに、そんなサラッサラでツヤッツヤの髪の毛なの。むー。羨ましすぎてハゲそうだよ」


「おいおい。ハゲるだなんて滅多なことを言うなよ」


「あはは。そうだね。ハゲなんて人権ないもんね」


 この世界にハゲに人権はない。一昔前ならハゲは遺伝子や環境の影響で仕方ないという一面もあった。だが、今は医学が発展していて薄毛も治療できる時代だ。無限に髪の毛を伸ばせる剛毛スキルという一見価値のなさそうなスキルだが、これも毛根移植技術の発展により見直されてハゲの治療に役立てられた。これにより、金持ちが薄毛治療と剛毛スキル持ちに大量に投資した。そのお陰で今では安価で薄毛が治療できる時代。


 そんな時代にハゲなんているわけがない。ハゲは見た目も悪いし、心象も悪い。薄毛を治すのは、寝癖を直すのと同じくらいの感覚と言われて、ハゲのままいるのはマナー違反ということだ。全裸で外を歩くのとそんなに変わらない扱いを受ける。「キミはどうして服は着るのに、髪を植えないんだい?」なんて責められるのがオチだ。


 どうしても薄毛治療のお金を捻出できないハゲに対しても、国が補助金を出してくれる。それにも関わらずハゲを治療しないのは、飼い犬に狂犬病のワクチンを接種させない飼い主並に白い目で見られても仕方ない。そういうものなのだ。


「ねえ。ちょっとお腹空かない? ちょっとカフェに寄って行こうよ」


 ヒカリが俺の腕を掴んで、駅前のカフェを指さした。このまま駅に行けば俺とヒカリは別れてしまう。電車で進む方向が反対方向なのだ。ヒカリと一緒にいる時間を長くするために、俺はカフェに行くことを了承した。


 カフェはとてもお洒落な雰囲気で、天井に変な扇風機みたいなものが回っている。あれは一体なんなんだろう。長年の謎だ。


「いらっしゃいませー」


 俺とヒカリはカウンター席に隣り合って座った。ヒカリはメニューを見て、うーんって唸っている。


「ねえ。頼人。このフレンチトーストとピザトーストどっちがいいと思う?」


「俺はどっちを食べているヒカリも素敵だと思うよ」


「もう! そういうこと訊いているんじゃないの! 私が素敵なのはいつものことでしょ!」


 無駄に自信満々な態度。ヒカリは自分が可愛いと信じて疑っていない。そういう堂々と自分の可愛さも自覚しているところも好きなんだよな。


「俺はジンジャーエールでいいや」


「えー。カフェに来たのにジンジャエール? そんなのファミレスでも飲めるじゃん!」


「フレンチトーストもピザトーストもファミレスで食えるけどな」


「ああ言えばこう言う! そんなんだと女の子にモテないよ」


「俺はヒカリにモテていればそれで満足だ」


「んな! もうそういう恥ずかしいことを言う! そんなこと言ったって、ここを奢ることくらいしか何も出ないよ!」


「ごっとさんです」


「んな! 謀ったな!」


 本当にヒカリは単純で扱いやすくて好きだ。正に俺の理想の彼女。俺はこれからもヒカリを大切にしていこうと心に誓った。


 お互いの注文が決まり、店員に告げる。俺のジンジャーエールは秒で出てきた。ヒカリのピザトーストは少し時間がかかるようだ。


「まっだかな。まっだかな」


「うめええ。ジンジャーエールうめえ」


「ねえ……頼人」


「ん?」


 ヒカリが思い詰めたような表情をしている。何があったんだろう。


「私のファーストスキルは知っているでしょ。跳躍力強化。これにより、私はバレーボールの選手として活躍できたんだ。大好きなバレーボール。それに役立つスキルを得られて私は本当に幸せだった」


 ヒカリのジャンプ力はとても優れていた。男子にもヒカリのジャンプ力に勝てる人物はウチの学校には存在しない。


「だけどね、私のセカンドスキルが、メイドスキルだったの。家事やサポートが得意になるスキル。これじゃあバレーボールに役立てることができないよ」


 ヒカリの目が潤んでいた。いつ涙が零れてもおかしくない。それほどまでにこのメイドスキルというものが嫌だったのだろう。


「ねえ、知ってる。プロのバレーボール選手は……ううん。バレーボールに限らず、メジャーなスポーツの選手はみんなファーストスキルもセカンドスキルもそのスポーツに特化したものを得ているの。プロにギリギリなれないラインの人たちも同じ。スキルが2つとも有能なのはスタートラインでしかないの。それに対して私は有利になるのはファーストスキルだけ。私はもうプロを目指せない。勝てないよ……プロを目指す資格すら与えられないよ」


 ヒカリはこれまでバレーボールのプロ選手を目指してがんばってきた。それだけに、セカンドスキルが思ったようなものでなくてガッカリしているのだ。


「そうか……それは辛かったな」


「うん。辛いよ……私がこれまで頑張ってきたのはなんのためだったの。こんなことなら、最初からバレーなんかやんなきゃ良かった」


 誰もが望むスキルを与えられるわけではない。ファーストスキルとセカンドスキルの方向性が一致するとも限らない。跳躍力強化とメイドスキルなんてどう組み合わせればいいのかなんて俺にはわからない。


「ヒカリ……その上手く言えないけどさ。俺はヒカリがどんなスキルを持ってたとしても、ヒカリはヒカリだと思うし、俺が好きな女の子であることには変わりないと思う。ヒカリが自分を嫌いになっても俺は絶対にヒカリのことを嫌いにならないから!」


「うぅ……ありがとう。頼人」



 その後、俺はヒカリと別れた。ヒカリは別れ際に俺に笑顔を見せてくれたが、その笑顔もどこか寂し気だった。やっぱり、心の中では自分の運命を呪っているんだろう。こればっかりはどうしようもないのだ。


 俺はそのまま自宅へと戻り、自室のベッドの上に寝そべった。そして、そのまま泥のように眠るのであった。


『神室 頼人』


 誰だ……俺の名前を呼ぶのは。


『お前はこの瞬間から第二次成長期を終えた。よって、お前にスキルを授与する。お前のスキルは“けがない”』


 けがない? なんだそれ? 聞いたことのないスキルだ。


『目覚めよ。神室 頼人。お前は人類の希望の光なのだから』



 なんだ夢か。なんだろう。なんだか頭が軽い感じがする。スースーしているし変な感じだ。


 ん?


「な、なんじゃこりゃあああ!!」


 俺は驚愕した。俺の枕元には俺のおびただしいほどの髪の毛が置いてあったからだ。この髪の毛は一体何なんだ?


 俺は反射的に頭を触った。その時、俺はこの髪の毛の正体に気づいた。


「こ、これ……お、俺の髪の毛なのか……?」


 ツルっとした肌触り。鏡を見なくてもわかる。残酷な悲劇が自分の身に降り注いだことに。

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