名もなき老人

ヤグーツク・ゴセ

これはとある老人の終わりの物語。

わたくしはあの丘に見える古びた小屋で1人住んでおります。そんな小屋にも皆さんお花を置いていってくれます。寂しく1人暮らしております。そんなわたくしにも楽しみというものはあります。



丘を降りたところにわたくしの孫が住んでおりまして、わたくしはよくそこへ伺うのですがいつも無視されてしまいます。その孫の家には黒い猫がおりまして、いつもわたくしを見ると近づいてきてくれます。目つきは悪いのですがかわいい猫でございます。とてもなついてくれています。わたくしはその猫を連れてどんどん丘から離れていきます。


海辺にはいつもセーラー服を着た1人の少女がおりまして、水遊びでもしているのでしょうか。いつも髪の毛が濡れております。少女はわたくしを見て笑いかけてくれます。少女もいつもついてきます。             


海辺から街へ出たところにスーツ服の男性がおりまして、いつも暗い顔をしています。いつもネクタイは不自然に乱れております。俯いたまま彼もついてきてくれます。わたくし達は多少変わった集団でしょうが誰もわたくし達を見もせず歩いていきます。


どんどん丘から離れていってわたくし達はススキの生い茂った草原まで出ます。そこでみなさん静かに空を見上げております。何もせずに。会話をすることもなくわたくし達は夜を迎えましてようやくそれぞれの家に帰ります。


わたくしも丘を登りまして小屋に戻ります。これがわたくしの楽しみでございます。それを毎日繰り返しております。




ある日。わたくしはわたくしの妻の墓にまいりましてお花を添えにきました。ふと、見るとわたくしの名前が刻んであるお墓がありまして目を疑いました。わたくしはまだ生きております。何かの間違いだろうと思ってその日は帰りました。




次の日。いつものように丘から降りていっていつもの面子で草原へと参ろうとしたところ。今日は黒い猫がいないようです。何かの用事だろうと思いました。



次の日。いつものように丘から降りていっていつもの面子で草原へと参ろうとしたところ。今日は猫と海辺の少女もいないようです。わたくしはスーツ服の男性と2人で草原へ参りました。



次の日。いつものように丘から降りていっていつもの面子で草原へと参ろうとしたところ。猫が孫の家の庭にいまして何やら土を見ています。不思議に思いましたが今日はわたくしについてきそうにありませんでした。わたくしは猫を連れずにひとりで海辺へ行きましたが今日も少女はいません。街へ行くと男性もいませんでした。今日はわたくし1人しかいませんでした。

帰り道。少女を発見しましてわたくしは少女の後を追いました。そこには少女と男性もおりました。そこは妻が眠っている墓場でして少女も男性もそれぞれ違う墓を見ています。わたくしは不思議に思いまして少女を見ると泣いております。男性も泣いておりました。

少女も男性も振り返ることは二度となかったでございます。




わたくしは理解したくなかったのですが涙が溢れてきましてわたくしの名前が刻んであります墓の前で全てを悟りました。海辺の少女は海でなくなっていたこと。

スーツ服の男性は窒息死でございましょうか。猫はわかりかねますが。では、わたくしはどうでしょうか。




猫も少女も男性もわたくしもこの世にいてはいけないようです。誰にも別れの言葉を告げることもなくわたくしはこの世を去ります。





みんなと毎日歩いた小さい旅は楽しかったです...。ありがとう。



少女の最後も男性の最後も猫の最後も見られませんでしたがわたくしは1人ではなかったでございます。寂しくなんかなかったでございます。





    さようなら。でございます。




小屋に置かれていた花は太陽に照らされてより一層美しく見えた。

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名もなき老人 ヤグーツク・ゴセ @yagu3114

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