第10話 ちゅーる
お昼前、キジトラが駐車場に着いた時に見たのは、チンチラが人間の女に気持ちよさそうに撫でられて喉を鳴らしているシーンだった。
時々現れては食べ物を置いていく奴だ。人間に猫達の憩いの場を荒らされるのは好ましくないが、こいつのおかげで最近は無駄に狩りをせずに助かっている面もある。キジトラの気持ちとしては微妙な存在だ。
だがしかし、今ここに先日の誓いを実行できる時が来てキジトラの胸は高揚している。キジトラは彼らに近づき声を出した。
「
その声に反応したのはチンチラだった。
「あ、キジトラ。この人すっごい美味しい食べ物をくれるんたよ!」
なんだと? ならば尚の事チンチラに独占させる訳にはいかないではないか。
「※※※※※※※※※※※※※※※※」
人間の女は微笑みながらキジトラに何か話しかけるが、キジトラには人間の言葉は分からない。
女は懐から指ほどの大きさのチューブ状の物を取り出した。それを開封してキジトラの前に差し出す。
キジトラはその物体に不信感を抱くが、そこから漂う芳醇な香りに心を奪われる。
先端にあるペースト状の物に鼻を近づけ匂いをかぐ。これは食べ物だ、凄く美味しそうだ。そう思うが早いかキジトラはその舌先でペーストを
…こっ、これはっ?!!!!!
何と言う衝撃、何と言う驚愕、彼はかつて食した事の無い美味なご馳走に夢中になって舌を動かし続けた。その間、人間が愛おしそうに彼の背中を撫でてくる。
キジトラは人間に触られるのを好まない。しかし、今だけはその嫌悪感すらも凌駕する食の快楽が優先されるのだ。
「※※※※※※※※※※※!」
大きな音に反射して、キジトラは咄嗟にその場を離れ物陰に潜む。
至福の食事タイムを邪魔されて、恨みのこもった視線で状況を把握すべく周囲を見回すキジトラ。
突然駐車場に別の人間の男が現れた。何か最初の人間に文句を言っているように見える。
「※※※※※※※※……」
「※※※※※※※※!」
何やら話をしているが、女の方が申し訳なさそうにペコペコと頭を下げている。よく分からないが、結局男が女を駐車場から追い出してしまった。
それきり、あの『食べ物をくれる人間の女』は現れなくなった。
キジトラはあの時食べたペーストの味を忘れまい、と固く心に誓ったが、わずか2日で忘れてしまった。
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