■ ノート（のーと）

私（わたし）達（たち）が知（し）るべき歴史（れきし）の一齣（ひとこま）です。今（いま）や世界（せかい）に冠（かん）たるトヨタ（とよた）自動車（じどうしゃ）株式（かぶしき）会社（がいしゃ）、トヨタ（とよた）グループ（ぐるーぷ）で見（み）れば２０１９（にせんじゅうきゅう）年（ねん）の生産（せいさん）台数（だいすう）は（わ）世界（せかい）で１０００万（いっせんまん）台（だい）を超（こ）えているとの事（こと）ですが、嘗（かつ）ては（わ）月産（げっさん）３００（さんびゃく）台（だい）にすべきか５００（ごひゃく）台（だい）にすべきかと悩（なや）んでいた時代（じだい）もあったわけです。

私（わたし）達（たち）は（わ）どうしても、成功（せいこう）した今（いま）の姿（すがた）に目（め）を奪惹（うば）われがちですが、最初（さいしょ）は（わ）誰（だれ）であっても苦労（くろう）するとい（ゆ）うのをちゃんと知（し）っておくべきだと思（おも）います。

■ 今日（きょう）の伏字（ふせじ）漢字（かんじ）（❶（いち）～（から）❻（ろく）は（わ）小１（しょういち）～（から）小６（しょうろく）、❼（なな）は（わ）中学（ちゅうがく）で覚（おぼ）える常用（じょうよう）漢字（かんじ）です）

　※ 日本（にほん）で暮（く）らす全（すべ）ての人（ひと）は、すべからくこれらの常用（じょうよう）漢字（かんじ）を知（し）っておくべきとされています。

小１,❶：年,車

小２,❷：外

小３,❸：動,安

小４,❹：産,良

小５,❺：製

小６,❻：値,段

■ 学習（がくしゅう）コンテンツ

　※ 読（よ）み仮名（がな）で漢字（『かんじ』）（『かんじ』）の様（よう）に括弧（かっこ）の付（つ）いた漢字（かんじ）は原書（げんしょ）で読（よ）み仮名（がな）が付（つ）いている漢字（かんじ）です。これらは伏字（ふせじ）から除外（じょがい）します。

作品（さくひん）名（めい）：國❹（こくさん）自❸❶（じどうしゃ）と價格（かかく）の問題（もんだい）

――自❸❶（じどうしゃ）❺造（せいぞう）工業（こうぎょう）の一大（いちだい）難關（なんかん）――

著者（ちょしゃ）名（めい）：豊田（とよだ）喜一郎（きいちろう）

　如何（いか）に❹（よ）い自❸❶（じどうしゃ）が出來（でき）ても、高價（こうか）で經濟（けいざい）的（てき）に使用（しよう）出（でき）ぬものでは（わ）役（やく）にたゝ（たた）ぬ。自❸❶（じどうしゃ）を使用（しよう）するか使用（しよう）しないかは（わ）結局（けっきょく）❻❻（ねだん）の問題（もんだい）に落付（おちつ）くわけだ。果（はた）して日本（にほん）では（わ）どれ位（くらい）の數（すう）量（りょう）を作（つく）れば國❹（こくさん）❶（しゃ）として適（てき）當（とう）な❻❻（ねだん）で出來（でき）るであらうか。之（これ）は（わ）誰（だ）れもが知（し）りたがる數字（すうじ）であるが、誰（だ）れも確答（かくとう）する事（こと）は（わ）出來（でき）ぬ。現在（げんざい）賣（う）れる❻❻（ねだん）で賣（う）らなくては（わ）ならぬ。賣（う）れる❻❻（ねだん）とは（わ）どの位（くらい）の❻（ね）であるか。少（すくな）くとも❷國（がいこく）❶（しゃ）より❸（やす）くなければ賣（う）れないであらう愛國心（あいこくしん）に訴（うった）へ（え）て賣（う）らうとしても、月（つき）に五十（ごじゅう）臺（だい）や百（ひゃく）臺（だい）は（わ）何（ど）うにかなるとしても、三百（さんびゃく）臺（だい）や五百（ごひゃく）臺（だい）と多量（たりょう）に賣（う）り捌（さば）く事（こと）は（わ）六敷（むつか）しい。矢張（やは）り❻❻（ねだん）で競爭（きょうそう）しなくては（わ）ならなくなる。殊（こと）に人（ひと）の癖（くせ）として新（あた）らしいものを❸（やす）く買（か）ふ事（こと）には（わ）一種（いっしゅ）の快樂（かいらく）を覺（おぼ）えるものであるから、必要（ひつよう）以上（いじょう）に❸（やす）く❻❻（ねだん）を叩（たた）かれる事（こと）は（わ）今迄（いままで）吾々（われわれ）が作（つく）つた機械（きかい）の販賣（はんばい）に依（よっ）て明（あき）らかである。政府（せいふ）關係（かんけい）で購入（こうにゅう）せられる❶（くるま）は（わ）或（あるい）は（わ）價❻（かち）だけに購入（こうにゅう）して戴（いただ）けるかも知（し）れないが、それ以❷（いがい）のものは（わ）必（かなら）ず叩（たた）ける丈（だ）け叩（たた）かれるに決（きま）つたものである。それを愛國心（あいこくしん）に訴（うった）へると云（い）う事（こと）は（わ）事實（じじつ）上（じょう）不可能（ふかのう）であらう。故（ゆえ）に❻❻（ねだん）は（わ）思（おも）ひ切（き）つて❸（やす）くしなくては（わ）ならないであらうし、又（また）そうしなかつたなら毎月（まいつき）何百（なんびゃく）臺（だい）と云（い）ふ❶（くるま）を捌（さば）く事（こと）は（わ）出來（でき）ない。如何（いか）に販賣（はんばい）技術（ぎじゅつ）を以（も）つてしても、又（また）如何（いか）に宣傳（せんでん）を巧（たく）みにするとしても、一時（いちじ）は（わ）それで何（な）んとか胡魔化（ごまか）す事（こと）も出來（でき）やうが長（なが）續（つづ）きは（わ）しない。❻々（だんだん）國❹（こくさん）❶（しゃ）の❻打（ねうち）が分（わか）つて來（く）ればそれ相當（そうとう）の❻❻（ねだん）で買（か）つて貰（もら）へるであらうが、それ迄（まで）は（わ）只（ただ）で持（も）つて來（き）たら御義理（おぎり）で使（つか）つてみてやらうと云（い）ふ程度（ていど）の考（かんが）へ（え）で、國❹（こくさん）❶（しゃ）を買（か）はれる方（ほう）が多（おお）いと思（おも）ふ。何（なに）も國家（こっか）の爲（ため）だと云（い）ふて、先（さき）に立（た）つて國❹（こくさん）❶（しゃ）を使用（しよう）してみやうと考（かんが）へ（え）られる方（かた）は（わ）極（ご）く少（すくな）い事（こと）と思（おも）ふ。矢張（やは）り新（あた）らしいもの丈（だ）けに金（かね）をかけて❹（よ）くしなくては（わ）ならぬが❻❻（ねだん）は（わ）うんと❸（やす）くしなくては（わ）ならぬ。國❹（こくさん）❶（しゃ）を作（つく）つて賣（う）らうとすればそれ位（くらい）の事（こと）は（わ）當然（とうぜん）考（かんが）へ（え）なくては（わ）ならぬのであるが果（はた）して其（そ）の❻❻（ねだん）で賣（う）つて將來（しょうら）成算（せいさん）がとれるかどうか。此（こ）の點（てん）は（わ）❺造（せいぞう）者（しゃ）として最（もっと）も考慮（こうりょ）を要（よう）する點（てん）である。

　幸（さいわい）自工法（じこうほう）が出來（でき）て或（あ）る程度（ていど）の無謀（むぼう）な❻❻（ねだん）の競爭（きょうそう）は（わ）防（ふせ）がれた。然（しか）し逆（ぎゃく）に之（これ）が出來（でき）た爲（ため）に❷國（がいこく）❶（しゃ）も内地（ないち）❶（しゃ）も以前（いぜん）より高（たか）くなる樣（よう）では（わ）申譯（もうしわけ）がない。少（すくな）くとも之（これ）が出來（でき）た爲（ため）めに、國❹（こくさん）❶（しゃ）が發達（はったつ）し其（そ）の爲（ため）に需要家（じゅようか）も❸（やす）い自❸❶（じどうしゃ）が買（か）へる樣（よう）にならなくては（わ）ならぬ。此（こ）の點（てん）吾々（われわれ）自❸❶（じどうしゃ）❺造（せいぞう）業者（ぎょうしゃ）には（わ）大（おお）きな責任（せきにん）がある。然（しか）し始（はじ）めからさう❸（やす）く出來（でき）ないのは（わ）當然（とうぜん）である。現在（げんざい）國❹（こくさん）❶（しゃ）として賣（う）れる❻❻（ねだん）を以（も）つて、經濟（けいざい）的（てき）に❺造（せいぞう）し得（え）る可能性（かのうせい）が有（あ）るか何（ど）うか❻❻（ねだん）を❸（やす）くするのは（わ）❹（よ）いが、其（そ）れが爲（ため）めに材料（ざいりょう）や❺作（せいさく）を惡（わる）くして使用（しよう）に耐（た）へ（え）ない樣（よう）になつたら、結局（けっきょく）何（なん）にもならぬ。此處（ここら）に國❹（こくさん）自❸❶（じどうしゃ）の出鼻（でぱな）に於（お）いて非常（ひじょう）な困難（こんなん）がある。❸（やす）くて❹（よ）いものを❺作（せいさく）すれば必（かなら）ず賣（う）れると云（い）ふ原則（げんそく）には（わ）何等（なんら）變化（へんか）は（わ）ないが初（はじ）めから❸（やす）くて❹（よ）いものが出來（でき）る筈（はず）は（わ）ない。此（こ）の難關（なんかん）を如何（いか）にして突破（とっぱ）するか。自工（じこう）法（ほう）は（わ）無理（むり）な競爭（きょうそう）、殊（こと）に❷國（がいこく）❶（しゃ）の如（ごと）き基礎（きそ）も充分（じゅうぶん）固（かた）まつた實力（じつりょく）のある會社（かいしゃ）のダンピングを防（ふせ）ぐ意味（いみ）に於（おい）て有効（ゆうこう）では（わ）あるが、正當（せいとう）なる競爭（きょうそう）に於（おい）ては（わ）矢張（やは）り自（みずか）らの力（ちから）に頼（たよ）る❷（ほか）致（いた）し方（かた）ない。

　私（わたし）の父（ちち）が自❸❶（じどうしゃ）を作（つく）らぬかと何度（なんど）云（い）ふたかわからない。而（しか）も其（そ）れを躊躇（ちゅうちょ）して三❶（さんねん）も四❶（よねん）も手（て）を着（つ）けなかつたと云（い）ふのは（わ）、此（こ）の點（てん）を考慮（こうりょ）したからである。先（ま）ず技術的（ぎじゅつてき）實力（じつりょく）の養成（ようせい）と經濟（けいざい）的（てき）實力（じつりょく）の養成（ようせい）をしてから其（そ）の❺作（せいさく）に取（と）り掛（かか）らねばならぬ。勿論（もちろん）自工（じこう）法（ほう）等（など）夢（ゆめ）にも考（かんが）へ（え）て居（い）なかつたので、乘用（じょうよう）❶（しゃ）二百（にひゃく）臺（だい）の❺作（せいさく）に對（たい）して、一（いち）臺（だい）當（あた）り何（ど）れ位（くらい）の損失（そんしつ）をして何（ど）れ位（くらい）續（つづ）けて行（い）けば國❹（こくさん）❶（しゃ）として認（みと）められる樣（よう）になるか、又（また）その❺作（せいさく）に相當（そうとう）した❻❻（ねだん）で買（か）つて貰（もら）える樣（よう）になるか、それ迄（まで）の辛抱（しんぼう）が果（はた）して出來（でき）るかどうかその辛棒（しんぼう）を爲（ため）し遂（と）げれば國❹（こくさん）❶（しゃ）として成立（せいりつ）しない理由（りゆう）は（わ）ないでもない樣（よう）に思（おも）はれる。他工業（たこうぎょう）が總（すべ）て❷國（がいこく）より❸（やす）くて而（しか）も❹（よ）いものを作（つく）り得（え）る能力（のうりょく）のある我（わ）が國（くに）が、自❸❶（じどうしゃ）の❺造（せいぞう）だけは（わ）何（ど）うしても❸（やす）くて❹（よ）いものが作（つく）れない理由（りゆう）は（わ）ないであらうと云（い）ふ考（かんが）へ（え）で過去（かこ）數（すう）❶間（ねんかん）技術（ぎじゅつ）の養成（ようせい）と會社（かいしゃ）の内容（ないよう）の充實（じゅうじつ）に努力（どりょく）して來（き）た。昭和（しょうわ）八（はち）❶（ねん）頃（ごろ）やつと技術的（ぎじゅつてき）基礎（きそ）も或（あ）る程度（ていど）迄（まで）出來（でき）た。會社（かいしゃ）としての經濟（けいざい）状態（じょうたい）も惡（わる）くない。此（こ）の際（さい）思（おも）ひ切（き）つて自❸❶（じどうしゃ）❺造（せいぞう）に當（あた）らねば、永久（えいきゅう）に手（て）を着（つ）ける事（こと）は（わ）出來（でき）ぬと考（かんが）へ（え）、思（おも）ひ切（き）つて其（そ）の❺作（せいさく）に取（と）りかゝ（か）つたのが昭和（しょうわ）八（はち）❶（ねん）九月（くがつ）一日（ついたち）である。凡（すべ）て事業（じぎょう）は（わ）手（て）をつけ初（はじ）めたならば一瀉（いっしゃ）千里（せんり）に遂行（すいこう）するのが却（かえ）つて經濟（けいざい）的（てき）である何物（なにもの）も振（ふ）り返（かえ）らずに進（すす）んでは（わ）見（み）たが何分（なにぶん）手馴（てな）れぬ仕事（しごと）である。此處（ここら）に三（さん）❶（ねん）間（かん）費（ついや）した事（こと）は（わ）御（お）恥（はずか）しい次第（しだい）である。

■ コンテンツ（こんてんつ）

作品（さくひん）名（めい）：國産（こくさん）自動車（じどうしゃ）と價格（かかく）の問題（もんだい）

――自動車（じどうしゃ）製造（せいぞう）工業（こうぎょう）の一大（いちだい）難關（なんかん）――

著者（ちょしゃ）名（めい）：豊田（とよだ）喜一郎（きいちろう）

　如何（いか）に良（よ）い自動車（じどうしゃ）が出來（でき）ても、高價（こうか）で經濟（けいざい）的（てき）に使用（しよう）出（でき）ぬものでは（わ）役（やく）にたゝ（たた）ぬ。自動車（じどうしゃ）を使用（しよう）するか使用（しよう）しないかは（わ）結局（けっきょく）値段（ねだん）の問題（もんだい）に落付（おちつ）くわけだ。果（はた）して日本（にほん）では（わ）どれ位（くらい）の數（すう）量（りょう）を作（つく）れば國産（こくさん）車（しゃ）として適（てき）當（とう）な値段（ねだん）で出來（でき）るであらうか。之（これ）は（わ）誰（だ）れもが知（し）りたがる數字（すうじ）であるが、誰（だ）れも確答（かくとう）する事（こと）は（わ）出來（でき）ぬ。現在（げんざい）賣（う）れる値段（ねだん）で賣（う）らなくては（わ）ならぬ。賣（う）れる値段（ねだん）とは（わ）どの位（くらい）の値（ね）であるか。少（すくな）くとも外國（がいこく）車（しゃ）より安（やす）くなければ賣（う）れないであらう愛國心（あいこくしん）に訴（うった）へ（え）て賣（う）らうとしても、月（つき）に五十（ごじゅう）臺（だい）や百（ひゃく）臺（だい）は（わ）何（ど）うにかなるとしても、三百（さんびゃく）臺（だい）や五百（ごひゃく）臺（だい）と多量（たりょう）に賣（う）り捌（さば）く事（こと）は（わ）六敷（むつか）しい。矢張（やは）り値段（ねだん）で競爭（きょうそう）しなくては（わ）ならなくなる。殊（こと）に人（ひと）の癖（くせ）として新（あた）らしいものを安（やす）く買（か）ふ事（こと）には（わ）一種（いっしゅ）の快樂（かいらく）を覺（おぼ）えるものであるから、必要（ひつよう）以上（いじょう）に安（やす）く値段（ねだん）を叩（たた）かれる事（こと）は（わ）今迄（いままで）吾々（われわれ）が作（つく）つた機械（きかい）の販賣（はんばい）に依（よっ）て明（あき）らかである。政府（せいふ）關係（かんけい）で購入（こうにゅう）せられる車（くるま）は（わ）或（あるい）は（わ）價値（かち）だけに購入（こうにゅう）して戴（いただ）けるかも知（し）れないが、それ以外（いがい）のものは（わ）必（かなら）ず叩（たた）ける丈（だ）け叩（たた）かれるに決（きま）つたものである。それを愛國心（あいこくしん）に訴（うった）へると云（い）う事（こと）は（わ）事實（じじつ）上（じょう）不可能（ふかのう）であらう。故（ゆえ）に値段（ねだん）は（わ）思（おも）ひ切（き）つて安（やす）くしなくては（わ）ならないであらうし、又（また）そうしなかつたなら毎月（まいつき）何百（なんびゃく）臺（だい）と云（い）ふ車（くるま）を捌（さば）く事（こと）は（わ）出來（でき）ない。如何（いか）に販賣（はんばい）技術（ぎじゅつ）を以（も）つてしても、又（また）如何（いか）に宣傳（せんでん）を巧（たく）みにするとしても、一時（いちじ）は（わ）それで何（な）んとか胡魔化（ごまか）す事（こと）も出來（でき）やうが長（なが）續（つづ）きは（わ）しない。段々（だんだん）國産（こくさん）車（しゃ）の値打（ねうち）が分（わか）つて來（く）ればそれ相當（そうとう）の値段（ねだん）で買（か）つて貰（もら）へるであらうが、それ迄（まで）は（わ）只（ただ）で持（も）つて來（き）たら御義理（おぎり）で使（つか）つてみてやらうと云（い）ふ程度（ていど）の考（かんが）へ（え）で、國産（こくさん）車（しゃ）を買（か）はれる方（ほう）が多（おお）いと思（おも）ふ。何（なに）も國家（こっか）の爲（ため）だと云（い）ふて、先（さき）に立（た）つて國産（こくさん）車（しゃ）を使用（しよう）してみやうと考（かんが）へ（え）られる方（かた）は（わ）極（ご）く少（すくな）い事（こと）と思（おも）ふ。矢張（やは）り新（あた）らしいもの丈（だ）けに金（かね）をかけて良（よ）くしなくては（わ）ならぬが値段（ねだん）は（わ）うんと安（やす）くしなくては（わ）ならぬ。國産（こくさん）車（しゃ）を作（つく）つて賣（う）らうとすればそれ位（くらい）の事（こと）は（わ）當然（とうぜん）考（かんが）へ（え）なくては（わ）ならぬのであるが果（はた）して其（そ）の値段（ねだん）で賣（う）つて將來（しょうら）成算（せいさん）がとれるかどうか。此（こ）の點（てん）は（わ）製造（せいぞう）者（しゃ）として最（もっと）も考慮（こうりょ）を要（よう）する點（てん）である。

　幸（さいわい）自工法（じこうほう）が出來（でき）て或（あ）る程度（ていど）の無謀（むぼう）な値段（ねだん）の競爭（きょうそう）は（わ）防（ふせ）がれた。然（しか）し逆（ぎゃく）に之（これ）が出來（でき）た爲（ため）に外國（がいこく）車（しゃ）も内地（ないち）車（しゃ）も以前（いぜん）より高（たか）くなる樣（よう）では（わ）申譯（もうしわけ）がない。少（すくな）くとも之（これ）が出來（でき）た爲（ため）めに、國産（こくさん）車（しゃ）が發達（はったつ）し其（そ）の爲（ため）に需要家（じゅようか）も安（やす）い自動車（じどうしゃ）が買（か）へる樣（よう）にならなくては（わ）ならぬ。此（こ）の點（てん）吾々（われわれ）自動車（じどうしゃ）製造（せいぞう）業者（ぎょうしゃ）には（わ）大（おお）きな責任（せきにん）がある。然（しか）し始（はじ）めからさう安（やす）く出來（でき）ないのは（わ）當然（とうぜん）である。現在（げんざい）國産（こくさん）車（しゃ）として賣（う）れる値段（ねだん）を以（も）つて、經濟（けいざい）的（てき）に製造（せいぞう）し得（え）る可能性（かのうせい）が有（あ）るか何（ど）うか値段（ねだん）を安（やす）くするのは（わ）良（よ）いが、其（そ）れが爲（ため）めに材料（ざいりょう）や製作（せいさく）を惡（わる）くして使用（しよう）に耐（た）へ（え）ない樣（よう）になつたら、結局（けっきょく）何（なん）にもならぬ。此處（ここら）に國産（こくさん）自動車（じどうしゃ）の出鼻（でぱな）に於（お）いて非常（ひじょう）な困難（こんなん）がある。安（やす）くて良（よ）いものを製作（せいさく）すれば必（かなら）ず賣（う）れると云（い）ふ原則（げんそく）には（わ）何等（なんら）變化（へんか）は（わ）ないが初（はじ）めから安（やす）くて良（よ）いものが出來（でき）る筈（はず）は（わ）ない。此（こ）の難關（なんかん）を如何（いか）にして突破（とっぱ）するか。自工（じこう）法（ほう）は（わ）無理（むり）な競爭（きょうそう）、殊（こと）に外國（がいこく）車（しゃ）の如（ごと）き基礎（きそ）も充分（じゅうぶん）固（かた）まつた實力（じつりょく）のある會社（かいしゃ）のダンピング（だんぴんぐ）を防（ふせ）ぐ意味（いみ）に於（おい）て有効（ゆうこう）では（わ）あるが、正當（せいとう）なる競爭（きょうそう）に於（おい）ては（わ）矢張（やは）り自（みずか）らの力（ちから）に頼（たよ）る外（ほか）致（いた）し方（かた）ない。

　私（わたし）の父（ちち）が自動車（じどうしゃ）を作（つく）らぬかと何度（なんど）云（い）ふたかわからない。而（しか）も其（そ）れを躊躇（ちゅうちょ）して三年（さんねん）も四年（よねん）も手（て）を着（つ）けなかつたと云（い）ふのは（わ）、此（こ）の點（てん）を考慮（こうりょ）したからである。先（ま）ず技術的（ぎじゅつてき）實力（じつりょく）の養成（ようせい）と經濟（けいざい）的（てき）實力（じつりょく）の養成（ようせい）をしてから其（そ）の製作（せいさく）に取（と）り掛（かか）らねばならぬ。勿論（もちろん）自工（じこう）法（ほう）等（など）夢（ゆめ）にも考（かんが）へ（え）て居（い）なかつたので、乘用（じょうよう）車（しゃ）二百（にひゃく）臺（だい）の製作（せいさく）に對（たい）して、一（いち）臺（だい）當（あた）り何（ど）れ位（くらい）の損失（そんしつ）をして何（ど）れ位（くらい）續（つづ）けて行（い）けば國産（こくさん）車（しゃ）として認（みと）められる樣（よう）になるか、又（また）その製作（せいさく）に相當（そうとう）した値段（ねだん）で買（か）つて貰（もら）える樣（よう）になるか、それ迄（まで）の辛抱（しんぼう）が果（はた）して出來（でき）るかどうかその辛棒（しんぼう）を爲（ため）し遂（と）げれば國産（こくさん）車（しゃ）として成立（せいりつ）しない理由（りゆう）は（わ）ないでもない樣（よう）に思（おも）はれる。他工業（たこうぎょう）が總（すべ）て外國（がいこく）より安（やす）くて而（しか）も良（よ）いものを作（つく）り得（え）る能力（のうりょく）のある我（わ）が國（くに）が、自動車（じどうしゃ）の製造（せいぞう）だけは（わ）何（ど）うしても安（やす）くて良（よ）いものが作（つく）れない理由（りゆう）は（わ）ないであらうと云（い）ふ考（かんが）へ（え）で過去（かこ）數（すう）年間（ねんかん）技術（ぎじゅつ）の養成（ようせい）と會社（かいしゃ）の内容（ないよう）の充實（じゅうじつ）に努力（どりょく）して來（き）た。昭和（しょうわ）八（はち）年（ねん）頃（ごろ）やつと技術的（ぎじゅつてき）基礎（きそ）も或（あ）る程度（ていど）迄（まで）出來（でき）た。會社（かいしゃ）としての經濟（けいざい）状態（じょうたい）も惡（わる）くない。此（こ）の際（さい）思（おも）ひ切（き）つて自動車（じどうしゃ）製造（せいぞう）に當（あた）らねば、永久（えいきゅう）に手（て）を着（つ）ける事（こと）は（わ）出來（でき）ぬと考（かんが）へ（え）、思（おも）ひ切（き）つて其（そ）の製作（せいさく）に取（と）りかゝ（か）つたのが昭和（しょうわ）八（はち）年（ねん）九月（くがつ）一日（ついたち）である。凡（すべ）て事業（じぎょう）は（わ）手（て）をつけ初（はじ）めたならば一瀉（いっしゃ）千里（せんり）に遂行（すいこう）するのが却（かえ）つて經濟（けいざい）的（てき）である何物（なにもの）も振（ふ）り返（かえ）らずに進（すす）んでは（わ）見（み）たが何分（なにぶん）手馴（てな）れぬ仕事（しごと）である。此處（ここら）に三（さん）年（ねん）間（かん）費（ついや）した事（こと）は（わ）御（お）恥（はずか）しい次第（しだい）である。

■ 原書情報（青空文庫）

図書カード：No.53532（旧字旧仮名）

https://www.aozora.gr.jp/cards/001362/card53532.html

https://www.aozora.gr.jp/cards/001362/files/53532_56385.html

底本：「豊田喜一郎文書集成」名古屋大学出版会

　　　1999（平成11）年4月15日初版第1刷発行

初出：「トヨダニュース　第六号」

　　　1936（昭和11）年8月25日

入力：sogo

校正：塚本由紀

■ 今日（きょう）の漢字（かんじ）の説明（せつめい）（カタカナは（わ）音（おん）読（よ）み、平仮名（ひらがな）は（わ）訓（くん）読（よ）みです）

❶：年：ネン・年（とし）・▲年（とせ）【時間（じかん）の単位（たんい）／１２（じゅうに）ヶ月（かげつ）／年齢（ねんれい）／一年（ひととせ）十年（ととせ）百年（ももとせ）千年（ちとせ）】

❶：車：シャ・車（くるま）【回転（かいてん）する軸（じく）を中心（ちゅうしん）とした輪（わ）／また輪（わ）の回転（かいてん）を利用（りよう）した道具（どうぐ）】

❷：外：ガイ・ゲ・▲ウイ・外（そと）・外（ほか）・外（はず）す・外（はず）れる・▲外（と）【ある範囲からはずれたところ／本体とは別のもの】

❸：動：ドウ・▲トウ・動（うご）く・動（うご）かす・▲動（やや）もすれば【位置（いち）・姿勢（しせい）を変（か）える／じっとして居（い）ない／人の振（ふ）る舞（ま）い】

❸：安：アン・安（やす）い・▲安（やす）んじる・▲安（いずく）んぞ【安（やす）らか／気（き）が楽（らく）に持（も）てる状態（じょうたい）／穏（おだ）やかに落（お）ち着（つ）いている／心配（しんぱい）や危険（きけん）や困難（こんなん）が無（な）い】

❹：産：サン・産（う）む・産（う）まれる・㋙産（うぶ）【物（もの）を創（つく）り出（だ）す／産（う）み出（だ）す／生（う）み出（だ）されたもの】

❹：良：リョウ・良（よ）い・▲良（やや）【良（よ）い／優（すぐ）れた人（ひと）や馬（うま）／好（この）ましい／質（しつ）が良（よ）い】

❺：製：セイ・▲製（つく）る【製（つく）る／物品（ぶっぴん）を作（つく）る／拵（こしら）える／布（ぬの）を裁（た）って衣服（いふく）を仕立（した）てる】

❻：値：チ・▲チョク・値（ね）・㊥値（あたい）・▲値（あ）う【数学（すうがく）で文字（もじ）や式（しき）などが指（さ）す数値（すうち）／値段（ねだん）・代金（だいきん）／数（かず）の大（おお）きさ／物（もの）の有用（ゆうよう）さを計（はか）った結果（けっか）】

❻：段：ダン・▲タン・▲段（きざはし）【他（ほか）より高（たか）い平面（へいめん）をもった所（ところ）／台（だい）を重（かさ）ねて次第（しだい）に高（たか）く登（のぼ）れるようにしたもの】

　※ ▲は常用（じょうよう）外（がい）の読（よ）み方（かた）です。㊥は中学（ちゅうがく）で、㋙は高校（こうこう）で習（なら）う読（よ）み方（かた）です。漢検（かんけん）・漢字（かんじ）辞典（じてん）の記載（きさい）に揃（そろ）えています。

　※ 漢字（かんじ）説明（せつめい）はモジナビ https://mojinavi.com/ の各（かく）ページを参考（さんこう）にしています。

■ 今日（きょう）の漢字（かんじ）の書（か）き順（じゅん）や詳（くわ）しい説明（せつめい）を知（し）りたい方（かた）は此方（こちら）をどうぞ。

小１,❶：年 https://mojinavi.com/d/u5e74

小１,❶：車 https://mojinavi.com/d/u8eca

小２,❷：外 https://mojinavi.com/d/u5916

小３,❸：動 https://mojinavi.com/d/u52d5

小３,❸：安 https://mojinavi.com/d/u5b89

小４,❹：産 https://mojinavi.com/d/u7523

小４,❹：良 https://mojinavi.com/d/u826f

小５,❺：製 https://mojinavi.com/d/u88fd

小６,❻：値 https://mojinavi.com/d/u5024

小６,❻：段 https://mojinavi.com/d/u6bb5

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★（通常（つうじょう）版（ばん））全部（ぜんぶ）の漢字（かんじ）にルビ（るび）を振（ふ）ってみたくはありませんか？

　　https://kakuyomu.jp/works/1177354055305889978/episodes/1177354055355902381

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★（カタカナ（かたかな）版（ばん））このクラシカル（くらしかる）なエッセイ（えっせい）にフリガナ（ふりがな）を！

　　https://kakuyomu.jp/works/1177354055324161539/episodes/1177354055409520370

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★（ローマ（ろーま）字（じ）版（ばん））こんな漢字（かんじ）にローマ（ろーま）字（じ）が振（ふ）れるわけがない！？

　　https://kakuyomu.jp/works/1177354055360859507/episodes/1177354055409533583

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https://www.aozora.gr.jp/

青空（あおぞら）文庫（ぶんこ）とは（わ）？

　青空（あおぞら）文庫（ぶんこ）は（わ）、誰（だれ）にでもアクセス（あくせす）できる自由（じゆう）な電子（でんし）本（ほん）を、図書館（としょかん）のようにインターネット（いんたーねっと）上（じょう）に集（あつ）めようとする活動（かつどう）です。

　著作（ちょさく）権（けん）の消滅（しょうめつ）した作品（さくひん）と、「自由（じゆう）に読（よ）んでもらってかまわない」とされたものを、テキスト（てきすと）とＸ（えっくす）ＨＴＭＬ（えいちてぃえむえる）（一部（いちぶ）は（わ）ＨＴＭＬ（えいちてぃえむえる））形式（けいしき）に電子（でんし）化（か）した上（うえ）で揃（そろ）えています。

https://www.aozora.gr.jp/guide/aozora_bunko_faq.html

Ｑ（きゅー）：青空（あおぞら）文庫（ぶんこ）って、何（なに）ですか？

Ａ（えー）：1997（せんきゅうひゃくきゅうじゅうなな）年（ねん）に始（はじ）まったボランティア（ぼらんてぃあ）活動（かつどう）で、誰（だれ）にでもアクセス（あくせす）できる自由（じゆう）な電子（でんし）本（ぼん）を、共有（きょうゆう）可能（かのう）なものとして図書館（としょかん）のようにインターネット（いんたーねっと）上（じょう）に集（あつ）めようとしております。現在（げんざい）は（わ）、日本（にっぽん）国内（こくない）で著作（ちょさく）権（けん）保護（ほご）期間（きかん）の満了（まんりょう）した作品（さくひん）を中心（ちゅうしん）に、ボランティア（ぼらんてぃあ）のみなさんの力（ちから）によって電子（でんし）化（か）作業（さぎょう）を進（すす）めています。青空（あおぞら）文庫（ぶんこ）は（わ）そういった電子（でんし）化（か）活動（かつどう）のための、またその成果（せいか）物（ぶつ）をアーカイヴ（あーかいゔ）しておくための場（ば）でもあり、そこからコピー（こぴー）された本（ほん）の集成（しゅうせい）や活用（かつよう）事例（じれい）もまた〈青空（あおぞら）文庫（ぶんこ）〉と呼（よ）ばれることがあります。詳（くわ）しくは（わ）「青空（あおぞら）文庫（ぶんこ）のしくみ」（http://www.aozora.gr.jp/aozora_bunkono_shikumi.html）をご一読（いちどく）ください。