第22話 死闘
智成は時間の進みの遅さにうんざりしていた。学校生活の大半を占める授業こそ、彼にとっては無駄な時間に他ならない。この時間にいつも思い出すのは、執事の鍋島の厳しい教育だった。
少弐家では十五才をもって大人とみなす。そのため中学を卒業するまでに、智成に課せられた学習課題は膨大だった。鍋島が師と成り、その全てを叩きこまれた。
鍋島の教え方は、真剣での立会に似ている。教わっている最中にも、身体を一刀両断されるような激しい気をぶつけられる。気を抜いて臨めば、一瞬で気絶しかねない厳しさだった。事実集中力を切らして、椅子から転げ落ちたこともある。
そのかいあって、智成の知識レベルは十五にして大学卒業レベルに達した。十五才の誕生日に鍋島の教育は終わり、その年の九家会議には父の名代として出席した。
少弐家で生きていく上で学歴は必用ない。本来であればの少弐家の一員として、家業の運営に加わるのが常だったが、鍋島は進学を勧めた。人の上に立つためには、もっと人を知らなければならないと言われた。
高校に行ってはみたものの、そこで過ごす時間は退屈で溜まらなかった。本来の目的である学習の必要がないのだ。時間だけが持て余すほどあった。
智成は鍋島の勧めに従い、演劇部に入部した。これは面白かった。元々人を知らない智成は、俗に言う大根役者だった。生まれて初めて同級生から叱責される。それが心地良かった。演技は一向に上達しなかったが、夢中に成った。
そこで知り合ったのが礼美だった。
礼美が神樹であることはすぐに分かった。生まれて初めての感情を持て余しながらも、智成の恋心は急速に大きくなる。演技も少しずつ上達し、ようやく端役をもらえた。そんな矢先に父智明から東京への転校が命じられた。
東京の北条家には明良という同年代の神樹がいると聞かされた。父の指示は明良と連携して素目羅義の動きを牽制しろというものだった。
だが、事態は儀介が倒され、思いもかけぬ方向に展開し始めている。
長い授業が終わり、智成は教室に一人でいた。礼美が演劇部顧問の呼び出しを受けたので、帰って来るのを待つことにしたのだ。礼美は九州では演劇界のホープとしてそれなりに有名だった。演劇顧問はそれを知っていたらしい。
教室の隅から殺気を感じた。
――ここではまずい。
何も知らないでいる同級生たちを巻き込みかねない。
智成は一人で教室を出た。行く先は明良が杏里紗の取り巻きを叩きのめした場所だ。学校を案内してくれた樹希が、嬉しそうに最初に教えてくれた。
「もういいだろう。姿を現せ」
背後と左右に人の姿が見えた。三人とも痩身で背が高く、髪の毛こそ黒いが顔立ちは明らかに外国人の風貌だった。年はやや上に見えたが、意外と同じぐらいかもしれない。
「ファカルシュ家の者か?」
答えはないが、間違いないだろう。
智成は死を覚悟した。背後の男は、まさに今攻撃を掛けようとしている。その圧力は八雲や雷の比ではない。左右の者たちは力の気配がないのが逆に不気味だった。
背後の男の殺気があまりにも兄弟で、左右の二人の動きにまったく気づかなかった。こうして囲まれた時点で既に負けている。
背後の男の動きは速かった。智成が放ったドリル上の風の槍を軽々と交わし、一瞬で間合いを詰める。男の尖った爪が智成の顔面に向かって繰り出される。瞬時に首を曲げて避けたが頬を掠める。ざっくりと切れて血が噴き出した。
「くっ」
智成の右足が男に向かって蹴りだされたが、これもスリッピングで交わされ、男の左手の爪が智成に向かって突き出される。
「ぐはっ」
先ほど放った風の槍がブーメランのように方向を変えて、男の背中に直撃した。
男のバランスが崩れたところを、足払いで仰向けに倒し、マウントポジションを取る。
――もらった。
智成の右拳が男の顔面に直撃する瞬間に、背中から胸に衝撃が走った。
右に立っていた男が、声を放ったのだ。
声は人が聞き取れない程高い周波数で、音波に成って智成の背中を貫き、肺を突き破って右胸から飛び出た。
智成の攻撃の瞬間を狙った必殺の一撃だった。
左でなかったので即死は免れたが、肺に穴をあけ死を一歩ずつ引き寄せて来る。
血を吐きながら、仰向けに倒れる智成を三人の男が見下ろす。
「智成!」
礼美だった。周囲には明良、樹希、八雲、雷、それに杏里紗の姿もあった。掠れる視界の中で六人を確認し、「遅いぞ」と心の中でつぶやく。
八雲のイカヅチが三人に向かって放たれ、三人とも背後に飛びのく。
同時に左の男に雷が、右の男に明良が、背後にいた男に礼美が対峙した。
その隙に樹希と杏里紗は、倒れている智成の下に駆け寄る。
「お前ら、よくも――」
礼美が右ストレートを繰り出すと、男が左へスリッピングして避けたが、礼美の左拳の周りには風が渦巻くように回転し、男の左の頬肉を削ぐ。
更に礼美の左のハイキックが男のテンプルを襲う。今度はスリッピングせずに大きく後方に呼び退いた。
男は頬の血を左手で拭い、その血を舐めて言った。
「かまいたちか」
男の全身から金色の光が漏れ始め、手や顔に毛が生え始めた。目が耳の方向に伸びて、口から牙のようなものが覗き始める。
「油断するな、礼美」
礼美の背後から正臣の声がした。
「ラウル、退くぞ」
右の男が戦闘の中止を宣言すると、三人は背後に向かってダッシュして消えて行った。
「追うな!」
追撃しようとする礼美を、正臣が声で制止する。
智成は瀕死の状態だった。目を閉じて歯を食いしばり、荒い呼吸が痛々しい。
「智成、目を開けろ!」
叫ぶ礼美の目は血走っている。
「杏里紗、どんな状態だ」
「肺の穴が塞がりません」
杏里紗は、思念を発し過ぎて青白くなった顔を正臣に向ける。
急いで杏里紗の手の上に正臣が両手を重ねる。
智成の呼吸がだんだん力を無くしていく。
「智成!」
「目を開けろ!」
「頑張れ!」
明良たちが口々に声を重ねるが、智成の耳には届かない。
礼美が跪き、智成の顔を見下ろす。
「絶対死なせないからね」
礼美の唇が智成の唇に重ねられる。礼美の身体が青白く輝き、その光は智成の身体に吸い込まれて行った。礼美が意識を失って智成の横に倒れる。
「礼美!」
八雲が駆け寄って礼美を抱き起し、呼吸を確かめる。
「大丈夫、気絶しただけ」
「肺の穴が塞がった!」
杏里紗が回復を訴える。
「よし、このまま北条屋敷に運ぶぞ」
正臣の指示で、雷が智成を背に負って立ち上がる。
「よくやった、杏里紗」
正臣が杏里紗の頭を抱えて労う。
ホッとして気が抜けた杏里紗の両目から、一筋涙が零れ落ちた。
八雲が抱えていた礼美を正臣が背負う。
「明良、セバスチャンに電話して、ベッドを二つ準備してもらってくれ。それから北条家の主治医も呼んでくれ」
「了解!」
明良の声が明るく響いた。
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