第21話 ストレンジャー
――深夜のコンビニはいい。
昼間であれば、東京は外国人が多くなったとはいえ、さすがに目立つ。黒髪で茶色い瞳はカラーコンタクトで黒くしても、彫りの深さと高い鼻が目立って、周囲に違和感を走らせる。
今度の相手は、周りの人間の精神状態の変化を敏感に察知するらしいから、自分たちの存在を探知される可能性がある。
その点、深夜のコンビニは少々違和感のある客に対しても寛容だ。もともと日本人は日常の危険に対して鈍いのだが、この時間にここで働く店員はその最たるものだ。店を守るどころか、自分の命さえも無防備に晒している。
ラウルは日本のうどんを気に入っていた。柔らかいのに腰があって歯ごたえを感じる。スープに入っている化学調味料はいただけないが、最近の先進国の料理はみんなこんなものだ。アメリカなんかもっと酷い。
何よりも素晴らしいのはお湯をかけて、ちょっと待てば食べれるところだ。これに比べれば、アメリカの缶詰料理は犬の餌のようなものだと思っている。
棚に並んだお気に入りのうどんを食べようとしたとき、表に違和感を感じた。犯罪者特有の荒い呼吸の気配がする。もしかしたら店員が予期していない、危険がやって来たのかもしれない。
面倒は厳禁だ。ラウルは手に取ったうどんを棚に戻し、今日の買い物を諦めて店の外に向かう。戸口を出たところで、目が座った男とすれ違う。肩から下げたスポーツバッグの中に右手を入れたままだ。おそらく凶器を握っているのだろう。
面倒が起きる前に一刻も早く立ち去ろうと、足を速めて仲間の待つ家に向かった。
家の中に入ると、リリアクとヤニスが話し込んでいた。
「お帰り、ラウル。おや、お目当てのうどんは売り切れだったのかな」
手ぶらで帰って来たラウルに、ヤニスが笑いながら問いかけた。
「トラブルの恐れがあった」
ラウルが低い声でポツリと答えると、遠くでパトカーのサイレン音がした。
「予感的中だね」
「予感ではない。周囲の状況から判断したまでだ」
「はは、細かいな」
ヤニスがやれやれというように、両手を横に広げて笑った。
「そろそろ日本に来て一カ月経つ。まだホージョーの屋敷へアタックしてはダメか?」
ラウルは自分よりも若いヤニスに、許可を求めるように訊いた。
「うーん、それなんだが、向こうには相当頭のキレる奴がいて、ギスケを襲ったことから、僕たちの狙いに気づいたようだ。ホージョー屋敷にキュウケの戦士を集めて、守りを固めたみたいだ」
「だから、なんだと言うのだ。一人ならともかく、今回はファカルシュでも最強と言われる三人が揃ってるんだぞ。強行して、とっとと国へ帰ろう」
ラウルが慎重なヤニスに苛つく様子を見て、今迄黙っていたリリアクが口を挟んだ。
「苛つかないでよ、ラウル。僕たちは力比べをしてるんじゃない。あくまでも仕事としてここに来たんだ」
「グリムスターのな。俺はもともとこの仕事に乗り気じゃなかった。なぜ、大伯父はあんな腐った連中に手を貸すことを承諾したんだ」
ラウルの本音にヤニスはやれやれという表情を見せた。
「プロ失格だよ。僕らは大伯父の指示に従って仕事をする。それ以上でも以下でもない。ファカルシュで栄誉ある狼の称号を持つあなたが、そんなことを言ってはいけない」
「でもヤニス、こんなに苛つくこと自体が、既にやつらの術中に嵌っていると思うんだ。ラウルの言うように、そろそろ何らかの仕掛けをした方がいいね。もちろん考えてるんだろう」
リリアクはヤニスに信頼の証である微笑みを送った。
「まあね。奴らはまったく屋敷から出ないわけじゃない。特にサトミと学校に行く連中は毎日のように外出する」
「屋敷の外で狙うのか?」
「あの屋敷には我々にとってはよくない力を感じる。ホージョーコーマだけならともかく、力のある者が集まった状態を襲うのは危険だ」
ヤニスはあくまでも慎重に進めることを主張する。
「一人に三人なら確実だな」
リリアクが賛同する。
「個別に狙って、確実に仕留める。仕事だから手段は問わない」
ヤニスの笑い顔が凶悪な影を含み始めた。
「分かった。お前に従う」
ここではラウルは神妙だった。やっと動けることが嬉しかったのかもしれない。
「彼らは侮れない。ギスケを倒したときに感じなかったか? 奴のガードはなぜか我々には効かなかったが、倒れる瞬間に何か危険な技を出そうとしていた。発動する直前のエネルギーには脅威を感じた」
リリアクは恐れているような表情は見せずに、淡々と述べる。
「それは俺も感じた。だが奴はそれを放つ前に倒れた」
ラウルは儀介の最後に出そうとした攻撃を大して気にしない風だった。
「そう、彼は明らかに我々に対して油断していた。それだけのことだ。今度は奴らは警戒している。だからギスケのときとは勝手が違う。それに我々はギスケを殺せなかった。奴の技に備えた瞬間に、屋敷の者を総動員する余裕を与えてしまったからだ。完全に勝利したわけではない」
ヤニスの言葉は、三人の痩身の男たちの間に、しばしの沈黙を生んだ。
最初に口を開いたのはリリアクだった。
「そうだね。僕たちはファカルシュの名に傷をつけてしまった。今度はしくじれない」
ヤニスは、リリアクをじっと見つめた。
一番年若いリリアクの真剣な表情に、最年長のラウルが慌てた。
「お前たちが責任を感じる必要はない。全ては最も経験が多い俺の判断ミスだ。少し奴らを甘く見ていた。この国の緩んだ空気に侵されていたのかもしれない。ここからは仕事のことだけを考えよう。ファカルシュの名誉のために」
ラウルの低い声が空気を震わせ、二人は深く頷いた。
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