第15話 決着
「なあ八雲、いい加減に引かんか? これ以上頑張っても絶対に我らを抜けん。お主は私に対して相性が悪すぎる」
八雲はイカヅチを悉く逸らされて、直接打撃に攻撃を切り替えたが、智成の体術は八雲のそれを上回り、悉く交わされている。
上杉家執事直江雷は、礼美に対しスピード勝負を挑んでいた。
雷の脚力は、常人が肉眼では捉えることができないスピードでの移動を可能にし、礼美を取り巻く空間の八方から攻撃を繰り出す。一方、礼美は全ての攻撃に遅れることなく的確に対処し、雷のスピードを無力化していた。
「ねぇ、いい加減にこの攻撃やめたら。この攻撃をいくら続けても、あなたに勝ち目はないわよ。私もいい加減に飽きちゃった」
「うるさい! その減らず口を二度と叩けなくしてやる」
雷は思念を集中し始めた。それは残留思念となって、雷の右手をどす黒い赤に染める。
「もはや、毒手が掠めるだけで、お前は内臓がボロボロになる」
「雷!」
八雲が咎めるように雷の名を呼ぶ。
「その技は禁じてあるはず。血迷うでない」
八雲の必死の静止は雷には届かない。
「あーあ、それは止めといた方がいいと思うぞ」
礼美の危機に、智成は人ごとのように忠告する。
「もう遅い! 死ね、唐木田礼美!」
雷が極限スピードで、礼美を襲う。雷の突きを余裕で交わした礼美はニヤリと笑う。雷はバックハンドで手刀を振り抜く。その手刀は礼美の髪の毛を一筋切っただけで、宙を流れる。雷の体制が無防備に成った一瞬の隙に、礼美の渾身の右ストレートが雷の右頬を撃ち抜いた。雷は昏倒して地面に臥す。
「礼美の握力は百二十キロ、背筋力は二百八十キロだ。雷はまあ左頬骨陥没に左眼球損傷、首は鍛えてるみたいだから、脳は揺れて意識を失う程度か。早く連れて帰らないと、左目を失明するぞ」
智成の勧告に八雲は唇を震わす。
「雷は侍、戦いで失明しようと悔いはないはず!」
八雲は自らが禁じ手といった思念の毒を右手に集め、智成に振りかざした。
「かまいたち!」
二つの竜巻が八雲の身体を襲う。
「いやあー」
八雲の革つなぎは、僅かな革を残して全て切り刻まれて、地に落ちた。
胸を両手で抱えて八雲が蹲る。
智成の頭を礼美が力いっぱいはたく。
「お前はエロ親父か!」
「いや、攻撃やめてくれないし、毒手が出たし、顔や身体に傷付けると可哀そうだし」
智成は頭を撫ぜながら、礼美に言い訳する。
「年下の女の子にすることじゃないでしょう」
礼美が智成のシャツを引っ剥がし、八雲に渡す。
「ごめんね、これ着てから伸びてる奴らと一緒に退散しな」
八雲は唇を噛んで、下を向く。
智成は一番の重傷を負って地に伏せている雷を見ながら、礼美に抗議した。
「礼美の方が相当酷いことをしてると思うぞ。俺は八雲の身体を傷つけてはいない」
礼美は形相を変えて智成を睨んだ。
「婚約者が毒手に襲われて、必死で抵抗した結果にけちをつけるわけ。あんたが二人とも倒せば済んだ話じゃない」
智成は、別に上杉の当主が来たわけではなく、この二人なら助成も必要ないし、勝手に参戦したのは礼美ではないかと思いながらも、これ以上の打撃を避けようとぐっと我慢した。
「では、里見の応援に駆け付けるか」
零士は顕恵との対峙を既に二十分近く続けていた。一瞬でも思念を緩めれば右腕は切り落とされ、身体は一刀両断される。
セバスチャンは北畠執事
まさに身を焦がすような時間だった。
「おい顕恵、お前は何で素目羅義のくそ爺に加担してるんだ。日本のことを考えたことはないのか!」
「素目羅義は我ら九家を統べる家だ。それに逆らうことは帝に弓退くことに成る」
「お前の家は元々の家柄は公家じゃないか。帝の下人であった素目羅義の下風に留まる義理はないだろう」
「祖先は力と引きかえに素目羅義と約を交わした。今更私の代で裏切ることはできない」
「馬鹿言ってるんじゃないぞ。エノラゲイが広島に近づいても、素目羅義は何もできなかったじゃないか。このままあの爺に従っていたら、日本はもう一度核の被害国になるぞ」
顕恵の目は悲しい色に染まっていた。
「もうやめろ、これは宿命だ」
顕恵は全ての思念をクサナギに集中し始めた。零士は右腕を捨てる覚悟をした。切り落とされた瞬間、左手に全ての思念を集めて、顕恵に一矢報いる。
突然結界が解けて、一陣のつむじ風が顕恵を襲う。咄嗟に反応した顕恵は後方に飛びのいた。
「里見殿、いささか諦めが早くないか」
声の発する先に、智成が礼美と共に立っていた。
「おお、すまぬ、助かった」
「政治遊びに没頭しすぎて鉄拳の力が衰えたのではないのか?」
言いたい放題だが、正直右腕を救ってくれた智成に感謝して、零士は黙って言われるがままにした。
「少弐か、上杉は敗けたのか」
「武田も負けて庭でのびてるぞ」
「ええい、当てに成らぬ者どもめ」
顕恵と頼近は階段を背にしながら、零士と智成を牽制する。
「大丈夫か?」
明良が樹希と共に戻って来た。
「退くぞ」
顕恵が頼近に声をかけて、二階に消える。
床に倒れていた者たちも、頼近に
「零士殿、セバスチャン殿、お見事でした。それでは」
最後に頼近も俊足の動きで二階に駆け上がり消えて行った。
「敵は退散したようですね」
コーマが綾香に車椅子を押されて、皆の前に現れた。
「武田、上杉、それに北畠がやってきた。武田と北畠は当主が自ら来ている」
「顕恵はやはり手強かった。少弐が来るのが、後一歩遅かったら俺の右腕はもうなかっただろう」
「明良も相当やられたみたいですね。あばら骨を痛めましたか。思念ももう尽きる手前ですね」
コーマが心配そうに樹希に支えられている明良を見つめる。
「ここが屋敷でなかったら負けてたと思う。ただツノの力を借りて、思念干渉の一つ目を放つ感覚が分かったような気がする」
明良の顔に充実感が漂っていた。
「樹希もいい働きをしたようですね」
コーマに褒められ、樹希も嬉しそうだった。
「ねぇみんな聞いて、智成が十六才の女の子の服をずたずたにして、ほぼ裸にしちゃったのよ。これじゃあ綜馬の爺と同じだよね」
礼美はまだ許してなかった。クールな顔をしてるがなかなか執念深い。
「何を馬鹿な。決していやらしい気持ちではないぞ。なかなか諦めないから、身体を傷つけるよりはと思っただけだ」
「最低!」
綜馬が嫌いな樹希が怒っている。
「智成君、いくらなんでも、その女の子はトラウマになっちゃうよ」
綾香も呆れたように言う。
「里見、右腕が助かったのは私が間に合ったからだよな」
「俺は女の子を庭で裸にするぐらいなら、右腕をくれてやるかな」
女性軍の勢いが怖くて、零士は裏切った。
智成は味方がいなくなり、元気がなくなる。
「まあまあ、窮地の我々を何の見返りも求めず救ってくれたんだ。やり方はまずかったけど、彼を責めないでくれ」
コーマのとりなしも歯切れが悪い。
「次会ったら、謝るんだよ」
「分かった」
智成はしょんぼりしてしまった。
とりあえず、セバスチャンの提案でリビングに行ってお茶を飲むことにした。
皆が無事な姿を見せると、奏音が駆け寄って来て智成に抱きついた。
「お兄ちゃん、おかえりなさい」
奏音は人懐こい智成に一番懐いていた。
みんなに責められた後だけに、智成は嬉しくなって奏音を抱きしめた。
「ありがとう、本当にありがとう」
礼を言ってるうちに、智成の目から涙が零れた。
「お兄ちゃんどうしたの? どこか痛いの?」
奏音が心配そうに訊いてくる。
「いや目にゴミが入っただけだ」
智成の元気が復活した。
「皆さん、本当にありがとうございます。この御恩は決して忘れません」
橋本が深々と頭を下げる。
「橋本さん、まだ終わったわけじゃない。最初の打ち合わせ通り、我々は閣僚の不正をマスコミとネットに流します。それに成功すれば、あなたは狙われなくなります」
明良が厳しい表情で、これからの行動を告げる。
「分かっています。私は家族のためにどんな罰を受けようと生き延びます」
「うまくいって、良美さんと奏音ちゃんのところに戻れたら、北条ファンドで働きませんか? あなたが力を貸してくれれば、とても助かります」
「あなたは、私のような者を拾ってくださるんですね。何でもします。いややらせてください」
明良の申し出が余程嬉しかったのか、橋本の目にも涙が光った。
「次は俺の腕の見せ所だな」
零士がやる気満々で、コーマに視線を合わせた。
「もちろんです。情報戦をどう制するかは、零士と明良に掛かっています」
戦いがクライマックスに向かうことを、ここにいるみんなが感じていた。
敵の反撃がより激しくなることも、覚悟の上だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます