第14話 激闘
一、二、三、…… 十、十二人が座れる北条家の食卓は、橋本一家に加えて、九家の来襲を心配した零士と智成、礼美が残ったのでほぼ満卓状態だった。
この急な人数増加に対応して、何事もなく料理を準備したセバスチャンの執務能力は、いつもながら鮮やかとしか言いようがない。
ハンバーグをメインにサラダとスープが十セット食卓に並ぶ。橋本の娘
橋本と奥さんの
その姿に母性本能が刺激されるのか、綾香、樹希、礼美の三人は目を細めて微笑んでいた。
「奏音ちゃん、美味しい?」
綾香が我慢しきれずに話しかける。
「うん、お母さんのお料理の次に好き」
奏音の答えに、セバスチャンの顔に笑みが浮かぶ。コーマや明良がどんなに賞賛しても、勤めを果たしただけだと無表情な彼には珍しい。
橋本夫妻を除き、ほぼ全員が食事を終えてお茶を飲んでるところで、庭先から「カア」とツノの啼き声がした。
「いらしたようですね」
コーマの言葉に全員が頷く。
「私はここで、橋本夫妻と綾香を守ります。セバスチャンは入り口を、零士は二階からの侵入に備えて階段の下を、明良と智成は申し訳ないが、庭に出て敵の正面部隊を迎え撃ってください」
「私たちはどうすればいいですか?」
樹希と礼美が口を揃えて戦闘参加の意思表明をした。
「ここにいてくださいと言いたいところですが、その顔ではどうやら無理そうですね。では、明良と智成を手伝ってください。いいですか、危なく成ったら迷わず退却するんですよ」
「見くびるな」
礼美が勢いよく、先に持ち場に向かった智成を追いかける。
「コーマさんも気をつけて」
樹希も明良の後を追う。
「橋本さん、良美さんと奏音ちゃんを怖がらせないように、平気な顔でいることが、あなたの戦いですよ」
昼間のことを思い出したのか、青い顔で立ちすくんでいた橋本は、コーマに言われて武者震いをして笑顔を見せる。
――綜馬クラスが六人、戦闘員クラスが十八人か
明良がツノからの伝達で、来訪者たちの概要を把握する。
右側では智成が腕を組んで目を瞑り、静かに敵を待っていた。
「明良!」
後方から樹希の声がする。できることならコーマの近くにいて欲しかったが、樹希の性格を考えればいたしかたない。隣では礼美が静かに智成の背後に立っていた。
暗闇から綜馬の姿が浮かび上がる。
その後ろには、綜馬の倍はあるような巨人が控えていた。
「ヒヒ、一日に二度会うとは、お嬢ちゃんと儂は本当に縁があるようじゃの」
樹希も残っていることが分かって、綜馬の目に好色の色が浮かぶ。
「同じ九家の者ではないですか。ここはおとなしく、引いてもらうわけにはいかないですか?」
「無理じゃのう。それより嬢ちゃんをこの儂の嫁にもらえんかの」
「交渉決裂か」
明良の言葉が終わらぬうちに、綜馬の両脚が後ろに跳ね上がり、前のめりに地面に叩きつけられた。綜馬は苦も無く立ち上がり、気味の悪い笑みを浮かべた。
「早いのう。だが、儂には効かんぞ。だんだんとお主の思念の入り込むタイミングが分かってきたしのう」
右横から戦闘員の一人が明良に走り寄り蹴りを放つ。右足が明良の後頭部に届く瞬間に、男の身体は左膝から崩れ落ちて、後頭部を地面に打ち付けた。直後に左に駆け寄った男の右拳が顔面に向かうが、左足がポンと宙に浮いて、右足を軸にして右側頭部から地面に倒れこんだ。
「お見事!」
綜馬が手を叩きながら明良に近づく。
距離が一メートルに迫った瞬間に、今度は背中から地面に叩きつける。だが攻撃は二段階だった。綜馬の背後にいた二メートルの巨人が、倒れこんだ綜馬を飛び越えて明良に向かう。伸ばした右手が届く瞬間、巨漢の顔面に灼熱の拳が叩き込まれた。
「樹希!」
「明良には指一本触れさせない」
樹希が大きく息吹をする。
智成の目の前には、長い黒髪が印象的な美少女が立っていた。
「八雲ではないか、上杉も素目羅義につくのか」
「義のため」
「何が義よ。あんなかわいい子のお父さんを狙ってるくせに、笑わせてくれるわ」
「お前たちには大義は分からん」
八雲の横に並ぶこれも頬を深紅に染めた美少年が、礼美に向かって言い放つ。
「お前たち?
智成は相変わらず言葉にうるさい。
「問答無用」
雷が地面を蹴って宙に飛び、智成に蹴りを放つ。
「甘い」
礼美がその蹴りを、これも蹴りで受ける。
「イカヅチ!」
八雲が右手を上げて智成に向かって振り下ろすと、頭上に光が生まれ智成を貫かんと稲妻と成って宙を走った。
「アラシ」
智成は頭上に竜巻を発し、空気を屈折させ稲妻を逸らす。同時にイカヅチに乗じて屋敷に向かって、智成の横をすり抜けようとした六人の戦闘員を逸れた稲妻が貫く。
「コーマ殿!」
智成の呼び声で周囲に思念の壁が立つ。
隣の明良たちも同様に囲われた。
「八雲、これで我らを倒すか、引く意思を見せぬ限りは、ここから出ることはかなわぬぞ」
智成は強敵を楽しむかのように、ニヤリと笑った。
零士は、コーマの結界で明良と智成が包まれた間隙をついて、屋根に上った八人の思念を察知した。
「
名刀のごとく鋭い思念に、自分に対する者が何者かに気づき、その強さを予感し顔を歪ませる。
二階の窓が壊される音が聞こえ、次いで八人が屋敷に侵入した気配がした。
階段の上に侵入者が姿を見せ、階下の零士に飛び掛かってきた。
「鉄拳」
零士の右腕が肩から思念によって黒く染まり、右拳が侵入者の顔面に炸裂する。
一人目の侵入者は意識を失って床に倒れる。
「キエー」
裂ぱくの気合を込めた思念刀が零士の頭に向かって振り下ろされた。
零士は黒く染まった右腕で、思念刀を受け止めるが、僅かに思念刀が勝り、黒く染まった皮膚が薄く切れた。黒い腕から血が滴る。
「クサナギか、やっかいなものを持ち込みやがって」
「クサナギで皮膚一枚とは、狛犬の鉄拳も頑丈なものだな。だが、いつまでもつかな」
顕恵は涼しい顔でクサナギに更に強力な思念を注ぐ。
零士もそれ以上切られぬよう、右腕に思念を込め続ける。
他の侵入者が、顕恵の背後から零士の両脇を襲った。
物凄い拳風が起こり、二人の侵入者が昏倒する。
セバスチャンの左右のストレートが、フットワークも鮮やかに二人の顔面を捕らえたのだ。
「零士様、微力ながら助太刀します」
その瞬間、零士たちもコーマの結界で包まれた。
全ての戦闘領域を思念結界で包み終え、リビングには静寂が戻った。
「戦いは終わったのでしょうか?」
心配そうに橋本が訊いてきた。
「いえ、まだ三か所で戦いは継続しています。こちらに侵入できないように、それぞれを結界で包んでいるので、その様子が分からなくなっただけです」
コーマはにこやかな表情を崩さない。
「みなさん大丈夫でしょうか?」
「まあ、敵も半端なく強いですから、勝つことは難しいでしょうが、負けることはないと思いますよ。それにここはツノの支援に包まれた地ですから、少しだけこちらに分があります」
「ツノってなあに?」
奏音が可愛らしい表情でコーマに尋ねる。
「私たちの守り神よ」
綾香が優しく答える。
「彼らの勝利を信じて、我々は祈りましょう」
コーマの言葉に素直に従い、良美が手を合わせて祈り始めた。それを見て奏音も手を合わせて目を瞑る。
「さて、残る一人が来るか来ないか」
コーマはサキヨミを始めて静かに目を閉じた。
「少し疲れてきたようじゃのう」
明良の額に脂汗が浮かぶ。
もう何度地面に叩きつけたか分からない。普通の人間なら、全身の骨がぐしゃぐしゃになっていてもおかしくない。この老人の底知れぬタフさとスタミナは底が見えない。
一方、樹希はまだまだ元気だ。ツノの思念と綺麗にシンクロして、より強力な左右の拳は既に六人の戦闘員の意識を奪った。
残るは巨漢一人だが、これがなかなか倒れない。既に六発の拳をヒットさせたが、その都度起き上がって来る。
「女、私は武田家の嫡男、武田
「なめるな」
樹希がセバスチャン譲りの剛拳を放つ。兵馬がこれを胸で受け止め、両腕を振り上げ組んだ両拳を樹希めがけて振り下ろす。
「兵馬!」
明良が叫ぶと、兵馬のバランスが崩れ横倒しに倒れた。
その一瞬のスキをついて、綜馬のショルダーアタックが明良の胸に激突した。
明良が二メートルほどぶっ飛ぶ。
「明良」
樹希が明良の傍に駆け寄り、綜馬の二撃目を牽制する。
「もう引かぬか、儂はお前たちと殺し合う気はない。今のお前たちでは我らを抑えきれぬ。ここまでやれば分かるであろう」
綜馬は明良たちに引き際を提示した。武田伝統の五分の勝ちを拾おうとしている。
「そんな訳に行くか! ここは僕たちの屋敷だ。ここで戦う以上、百戦百勝でなければ北条とは名乗れない」
明良は立ち上がり、綜馬を牽制する樹希を背後に回す。倒されたときに口の中を切ったのか、溜まった血をペッと吐き出す。
「若いのう。では仕方ない。兵馬行くぞ」
綜馬の背後に犀の像が浮かぶ。綜馬が体当たりの構えをとり、兵馬がこれに倣う。
思念が凝縮して前方に鋭角なツノが形作られる。
「最後じゃ」
二人がダッシュで明良に向かってきた。
カア、ツノの啼き声が結界の中に鳴り響く。
明良の目に映る綜馬と兵馬の身体が、十六進数のデジタル信号に変わる。十六進が流れ続けながら、ゼロゼロを指し示した。
その瞬間明良の思念が細い糸と成り、犀の防御を掻い潜って二人の脳に突き刺さる。
明良の目の前で二人の突進が止まり、口から血を吐き出した。
綜馬は地面にゆっくりと崩れ落ち、兵馬は立ったまま気絶した。
「明良?」
二人の返り血を浴びて血塗れの明良に樹希が声をかける。
「血圧を十倍にして、肺に穴を開けた。もう大丈夫だ」
明良は力が抜けて片膝をつく。
「明良は大丈夫なの?」
「なんとか」
樹希が明良を抱きしめて、地面に押し倒す。
次の瞬間、樹希の柔らかい唇が明良の唇に押し付けられていた。
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