第48話 奪われる夢と偽善の代償

 動かない少女から手を引き抜く。彼女の遺体の目を閉じさせ、金槌男の元へ急ぐ。


「来るな!」


 太刀女が涙を流し、太刀を振り回して怒鳴る。かたわらには片手を失い、呻く金槌男。


「勝手に行きやがって! 聡司はお前を助けたいって言って、こんなになって……なんで、なんでぇ……」


「……」


 謝ることも出来ない。正直、見覚えがあるこの二人にもう今の自分では何を話しかけ良いのか分からない。もう、何も分からない……


「ここ、壊すから。逃げて」


 出血により、意識が朦朧としている金槌男。太刀女が彼に肩を貸し、二人が去る背中を見送る。さっきから脳がグルグル回り続けてるように、いや自分が回っているのか? 吐きそうだ。


 中央制御室、中には数名の白衣の研究員達がいるはず。殺さないと。自爆装置を解除されては意味が無い。


「あ」


 ポーチにはもう弾が無い。


「クソ、滅茶苦茶やりやがってガキが!!」


 制御板裏に隠れていた白衣が姿を現す。手には拳銃。警備兵から奪い、左手のベルトに隠していたナイフを引き抜き、投擲。しかし、急所を外してしまい殺し損ねる。


 まだ息のある白衣の研究員を閉じた傘で撲殺する。自分に怯え、向かってさえ来ない他の研究員。部屋の中央にある制御板。厳重に黄色と黒のしまに囲まれたガラスの中にある赤いボタン。


「はは、分かりやすい……」


 たたき割ろうと左手を振り上げる。


「やめろ!」


 大声で制止してくるのは眼鏡を掛けた白衣の男。


「これだけの価値ある研究資料を、この国を救う可能性を君は破壊するのか?!」


 脂汗を滲ませて、随意分と勇ましい。片手を後ろに隠してるのは何かな?


「まだ間に合う。それだけの性能を見せたんだ。君の命も保障される。これだけ出来るなら軍への即入隊、昇格も可能だ! 悪くない話じゃないか?」


 金、地位、名声。それらがあれば、心に空いてるこの穴は埋まるのだろうか。自分のとても大切な何か。ずっと足りない。でもずっと褪せない。


 ■、君の名前をを呼びたいよ。


「そこに■はいないんでしょ?」


「は? ■?」


 眼鏡の男の理解出来ないといった表情。


「そうだよなぁ。分かんないよなぁ」


 この狂気が、苦しみが、虚しさが、理解などされてなるものか。


「■の居ない場所も、世界も、未来も、そんなものは願わない」


 目をを閉じる。浮かび上がるのはある人物。顔は黒いクレヨンで塗りつぶされた様に思い出せない。忘れてしまったはずなのに、あまりにもその人存在のが大きくて、こんな虚しさ耐えられない。


「はは」


 申し訳なさげな、乾いた笑いが漏れる。自分の事なのに、記憶は虫食いで実感さえ持てない。眼鏡の男が怪しげな動きを見せる。


「別に撃っても良いけどさ」


 ビクッと身体を震わせ、眼鏡男の息が荒くなる。多分コイツは本命では無い。今自分の背後で震えてる演技をしてる女性研究員が自分を撃ち殺す算段なのだろう。傘では片方を防ぎきれない。なら……


「(君の頭を撃ちなさい。そうすればこんな悪夢からは解放される)」


 二人の研究員のこめかみに、自らが握った拳銃が当てられる。


「「え?」」


 二人分の声。二人分の銃声。

 状況を飲み込む時間すら与えられず、二人は息絶える。こめかみに小さく空いた穴ポコは弾丸が彼らの頭蓋の中で跳ね回ったのだろうか。また赤い花が咲いた。


「アネモネみたいだ」


 赤い花弁の血液。中心のピンクはグチャグチャになった脳みそなのだろう。おぼつかない思考のままに安全装置を外し、保護ガラスをたたき割る。勢いそのままに自爆装置を起動。


 複数の機械音。職員の脱出を促すアラートが鳴っている。何処か薄ぼんやりとした認識は、今見ている光景すら現実なのかあやふやにさせる。


「帰らなきゃ……」


 ふらふらと出口に向かう。廊下に出る。途中で研究所の人間に鉢合わせたらその度に傘を振り回し、潰し、貫き、血と臓物に塗れ、それでも進む。


 赤色灯が点滅する施設内は、いつだったかここから脱走したことを思い出す。生きる為に必死だった、その為だったら何でもやった。そんな汚泥をすするような思い出。


「あ!」


 声のした方向を振り向く。廃棄室手前に、先程助けた少年。姉の救出を任せろと言ったくせによりにもよって自分はこの子の姉を殺してしまった。本来なら合わせる顔も無い。でも、今はそれより成すべき事がある。


「君、ここから出ないと……」


 少年に、施設からの脱出を促す。純朴そうな少年の表情が、歪む。


「なんで?」


「え?」


 目を見開き、喋るときには鼻ジワが寄る。激情を抑える、その手には拳銃。握るまだ小さな手は震えていた。


「なんでお兄さんにお姉ちゃんの血が付いてるの?」


「は?」


 少年は自分の右手を握る。その力は少年のものは思いがたく、右手が軋むのを感じる。そして少年の長い髪に隠れた額に縫合痕があった。


「君は、脳核型ブレインコアタイプ……」


「うわあぁあぁあぁぁああぁああ!!!」


 少年が絶叫する。掴んだ右手はそのままに拳銃を片手で構え、発砲。発砲。発砲。発砲。


「ウッ、ッン、ガッ、んん!」


 掴まれた右手を振りほどき、少年の拳銃を叩き落とす。最後の一発だけは左手で受けた。三発は腹に当たった。近距離で撃たれた為に火傷を伴い、激痛が走る。当たり所が悪かったのか、それとも内臓に当たったのか出血が酷い。


「あ、あぁ」


 少年は後ずさる。その手の震えは、拳銃の反動によるものか、人を傷つけた恐怖によるものか自分には分からない。彼に言わなければならないことがある。


「ゴメン、ね」


「え」


「君の、お姉さん……助け、られなくて……ゴメンね」


 一言、発するごとに激痛が伴う。でもそれ以上に溢れるのは、涙と後悔。戸惑う少年を置き去りに、自分はうずくまってしまう。


「ゴメ、ン。ゴメン……」


 謝ったところで、少年の姉は帰ってこない。逃れようも無く、彼女を殺したのは自分。結局変わらない。変えられない。名前みたいに生きられない。


「……」


 無言で少年は先程叩き落とされた拳銃を拾う。この子に撃たれるなら仕方ないのかもしれない。


 でも、まだ死ねないんだ。


 退避勧告のアラートが酷くうるさい。傘を握り、構える。こちらを数秒見つめ、自らの口に拳銃を突っ込む。


「やめろ!!」


 拳銃を少年の口から引き抜き、取り上げようとして抵抗される。


「っぐ、ぁああ!」


 暴発した弾丸が太ももに当たる。


「それだけはやめろ! ウオェ……」


 やはり内臓にもダメージがある。出血が止まらない。


「何やっても生きろ。何があっても生きろ。勝手に死のうとするんじゃねえ!!」


 血反吐をまき散らし叫ぶ。

 ああ、そうだよ。まだこんなとこじゃ死ねないんだ。


 呆然とする少年の襟首を掴み、廃棄室に入る。侵入したときに破壊した壁穴はまだ健在。廃棄口に近づく。


 断崖上にある廃棄口。下はてられた実験体達の遺体がある。申し訳ないけどクッションになってもらおう。背後で轟音と共に、炎が迫って来るのが分かる。


「舌噛むなよ」


 小脇に抱きかかえた少年に一声掛け、廃棄口から飛び降りた。




 



 






 


 

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