第47話 穴空きの思い出と喪失の連鎖

 人間の記憶は脆い。


 海馬と呼ばれるそれは、脳の内にて記憶情報に関与し保存する。しかし記憶は劣化してしまう。暖かな団らんも、忌むべき過去の傷さえも、いつかは泡沫の如く消えてしまうのだろう。


「ただいま!」


 勢いよくドアを蹴破る。そこは『スギノ園』の実験場。子供達はここで戦闘訓練を受ける者。実験を受ける者といる。しかし共通して、子供達に関わる研究者の居る場所でもある。全ての研究情報、警備統括システムがある中央制御室。そこには研究情報抹消を目的とした自爆装置があるだろう。それを起動出来れば、脱走したメンバーへの時間稼ぎには十分なはず。


 ここは研究スペースとはいえ、研究員達も護身用の拳銃程度で武装している。警戒はおこたれない。先程、警備兵から奪った拳銃で目に付いた白衣は射殺していく。


「ん?」


 手術台の上で震える子供。後輩に、なるのだろうか。刺激しないよう近寄り、言葉を掛ける。


「廃棄場の方へ行けば、抜け穴がある。警備はしばらくは来ないと思うから……」


 拳銃を渡す。身を守る程度はここの子供達なら出来るだろう。


「お姉ちゃんが……」


 声に驚く。伸ばしっぱなしにされた髪と中性的な顔立ちで分からなかったが男の子だったのか。


「お姉さんが、どうかしたのかい?」


 目線を合わせ、話を聞く。


「研究員の人に、連れいかえて……」


 放していく内に少年はボロボロと泣き始めてしまった。


「あらら、泣かない泣かない。男の子だろぉ」


 自分のことは放っておいて、こういうときばかり先行する男の子理論。とはいえこの子の姉は連れて行かれた。この子の様子から見るに、年齢は十才手前ぐらい。覚醒核の定着診断だったのだろう。この子より年上くらいの姉は……


「いいかい? 君のお姉さんは必ず助ける。だから、(大丈夫)」


「……分かった」


 少年は泣くことを止め、走り出す。せめて彼の道行きの助けになればと暗示を掛けた。


「さて約束しちゃったしなぁ、助けなきゃ」


 独り言を垂れ流しながら、歩みは止めず。背負い込み、抱え込む。自分の姿は本っ当に……


「救いようがないなぁ!」


 大きな独り言。記憶から何か大切なものが抜け落ちていくのが怖いから、強がってみる。研究所の中央制御室前に着く。


 相変わらずの白い壁。目的の扉の前、三人のボディアーマー、防弾ヘルメットに身を包んだ兵士がいる。実験体、それも実戦投入が決まったレベルの子供達。フル装備でお出迎えか。


「ははは」


 幸いなのは女性が一人だけということ。多分彼女がさっきの少年の姉なのだろう。廊下は一本道、相手もこちらも逃げ場は無い。


「まぁ、一人も殺さないけど」


 殺さなくて済むほどの力は手に入れたんだから。なのに先輩の時は使えなかった。驚いて、苦しくて、耐えられなかった自分への後悔に、心が壊れてしまいそうだから、せめて……


「(君達には帰る場所がある。銃を捨て帰りなさい)」


 この子達を救えるように。


「「「……」」」


 三名とも無言。


 瞬間、傘を開く。数発の発砲音と着弾。当たりはしなかったが、全員の狙いは的確。傘を開かなかったら蜂の巣だった。


「なんだよ、ヘルメットに細工でもあるのか?」


 だとしたらまずい。実戦投入レベルの実験体相手に、暗示無しでは自分は勝てない。しかも三体。


「詰んでるんだよなぁ」


 三人の得物は一人はスタンダードな拳銃と鉈、もう一人はショットガンの銃剣オプション。そして『お姉ちゃん』は手斧ハンドアックスと大口径拳銃かぁ。殺意高いなぁ。


 傘から垣間見る三人。相当に訓練されている事が分かる。糞みたいな大人達のエゴで、歪められた。当たり前に享受される未来も、奪われた。先輩のように……


「あああぁあああああぁあああ!!!」


 視界が赤く濁る。

 目の前の敵を……


「落ちつけって」


 知ってる声がする。

 声のした方へ振り返る。


 あれ、知ってる。この人達、誰だっけ?


 一人は色の抜けた髪をしてるは金槌を右手に持ち、左にはノミを持っている男。もう一人は抜き身の太刀をもった狂犬みたいな目をした女。


 本能的に、飛び出す。『お姉ちゃん』に閉じた傘を突き出し、ヘルメットの破壊を試みる。


 ショットガンの奴に、金槌男は襲い掛かる。銃剣部分に金槌を引っかけ、銃口を逸らす。同時に左手のノミを脇、ボディアーマーの隙間へと滑り込ませる。


 太刀女は鉈持ちの相手をする。牽制に鉈持ちが発砲するが、彼女お構いなしに近づき得物を振り下ろす。鉈で受けたが受けた瞬間鉈は折れ、血飛沫が上がる。


 金槌男、太刀女が相手した二人は動かなくなった。


 手斧を躱し、肩に掠った銃弾の痛みはそのままに。組み敷きヘルメットを取り、目にした光景に固まってしまった。


「は?」


 虚な目。口端から垂れる唾液。何より、首筋の血管に執拗なまでに打ち込まれた注射痕。この腫れ方は知っている。■の母親にも打たれてた薬の……


「え? ■って誰?」


 思考が止まる。


「ガァアァァ!」


 少女が再び動き出す。


「馬鹿!」


 金槌男が引き抜いたノミで少女を牽制。おかげで少女は拳銃を手放した。太刀女はもう一度袈裟斬りで動き出した鉈持ちの身体を両断する。起き上がったショットガン持ちは発砲。金槌男の右手が吹き飛んだ。金槌が宙を舞う。


「聡司ぃ!」


 太刀女が叫ぶ。凶相をさらに歪ませ、


「シアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」


 ショトガッン持ちは人の原形を止めないまでに切り刻まれる。


「ウウウウウウ」


 獣のような唸り声を上げ、少女は手斧を構える。


「(や)」


 やめろと叫ぼうとして止める。今暗示を使うとなぜか味方してくれた二人も暗示が掛かる。


「何でだよ!!」


 ボディアーマーの耐久力と何かしら薬物による効果で打たれようが構わず突っ込んでくる。飛びかかる少女に、傘に仕込まれた散弾を見舞う。片膝をつく少女の心臓を目がけて。いつものように右手に力を込めて貫く。


「あ……しょう、た」


 一瞬、少女は正気を取り戻し口にしたのは弟の名前か。その一言を呟くと、彼女は動かなくなった。


「約束、守れなかったな……」


 もう、嫌だ。









 




 

 


 


 









 










 



 

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