第44話 最後の食事と描いた呪い
「ジャムパン食わない?」
目の前に居る皮膚を無惨に焼かれた少女は、まだ自分が学校に行っていた時、再三に渡って助けてくれた先輩。
「せ、先輩……?」
動揺が、隠しきれない。あの快活で明るい、少しダルそうな口調の彼女は、今やその全身を何かしらによって焼かれ、ボロ布を纏った無惨な姿になっている。
「おっとぉ」
ずり落ちたボロ布。その隙間から浮き出た肋骨。火傷で分かりにくいが殴打された痕も見受けられる。
「その傷は一体……な、にが?」
自分の中の日常。壊れて欲しくない穏やかで、暖かな思い出の中の人。
「あ、これぇ? 廃棄の時に薬品掛けられちゃってえ」
「は?」
今、何て?
「あ、そっかぁ。知らないのかぁ」
脳が上手く働いてくれない。
「私、実験体だよぉ。君たちのねぇ、監視してたんだぁ」
思考が止まる。
「あ、でも大丈夫。一回もぉ、君や一木くん、島田さんの情報は研究所に渡してないよぉ」
「え? ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。え、は? どういう……」
情報が多い上に、急すぎて理解が追いつかない。
「ええ~、じゃあすぐそこの公園行こうよぉ」
「すいません、自分……」
「研究所、行くんでしょぉ?」
「え?」
何故、分かった?
「抜け道、教えて上げるぅ。だからさぁ、ちょっとお話しよ?」
多分、微笑んでいるんだろう。
「……分かりました」
承諾すると、先輩は歩き出す。その後ろに続く。少しでも変な真似をすればその頭を吹き飛ばせるように傘の引き金に指を掛ける。
「私ねえ、研究所から君たちの捜索を命令されてたんだぁ」
「それで、自分たちを見つけたって訳ですか?」
「そう~」
頭をふらふら揺らし、彼女は歩く。
「ここいいじゃん」
ベンチを見つけ、先輩は腰掛ける。自分は先輩を正面に、立ったままにする事にした。
「ほらぁ、半分あげるよぉ」
ビニール袋からジャムパンを出す。今はもう懐かしい、購買の菓子パン。
「先輩がジャムパンを人に分けるなんて……」
胸中に湧く感傷は、軽口でかき消す。
「フフフ~、君は特別なんだよぉ」
「それは光栄です」
先輩に渡されたパンの欠片を口に入れる。味が、しない。
「おいしぃ?」
「はい」
これくらいの嘘は許して欲しい。
「でしょ~」
凄惨な傷を負い、それでも消えない先輩の明るさが辛い。
「ねえ、初めて会った時覚えてる?」
数時間前、暗示を会坂に使ってから所々自分の記憶が曖昧になっている。気取られたくは無い。
「パンツ見せたんでしたっけ?」
「ハハハ! まぁ、それよりも酷い痴態だったかもねぇ」
マジかよ。自分は一体何したんだ。
「君は初めて話した時から面白い奴でねぇ。こんなゴミみたいな世界でぇ、まるで漫画の登場人物みたいに活き活きしてたよぉ」
「漫画みたいって、イタい奴じゃないですか?!」
「あははは! 自分で言っちゃってるよぉ。こんな感じで話してると面白くてぇ、なんだか普通に学生をしてるような気分になっちゃってぇ。やっすい青春ラブコメみたいだったなぁ」
笑っているうちに、眼球から溢れた水分を彼女は拭う。
「君と校舎裏でおしゃべりしてるあの時間がねぇ。楽しかったんだぁ、私」
「そりゃあ、良かったです」
取り留めも無い会話。
「あんまりにも楽しくってさ。研究所の命令は絶対なのにさぁ。私、報告さぼちゃってぇ」
「……」
「研究所にバレてぇ、廃棄されちゃったぁ」
この人に救われていた。あまりにも、返せない程に。
「なんかぁ変な薬液掛けられてぇ。廃棄場に捨てられちゃってね。死ぬに死ねなくてさぁ」
実験体は普通の人間より生命力が強い。
「そっからさぁ、スラムに潜ってさ。男の人に襲われたりしてねぇ。こんな感じだから抵抗も出来なくてさぁ」
あぁ、内臓が熱い。
「あ、でもでもぉ。優しい人はちゃんとお金置いてってくれるんだぁ」
「もういい!!」
「何でぇ?」
これ以上、聞きたくなかった。
「もう……良いんです。話さなくていいから、先輩」
何で、自分が泣いてるんだ。辛いのは先輩なのに、どうして貴方が泣かないんだ。
「ごめんねぇ、辛い気持ちにさせちゃったねえ」
「なんで、どうして……」
違う。謝らせたかった訳じゃない。
「研究所に入りたいなら、私が捨てられた廃棄場がこの通りを行った先、河原を遡ればぁ、施設の廃棄口があってぇ。そこから入れるよぉ」
得たかった情報をやっとくれる。
「じゃあ……」
彼女と話すのが辛かった。
「最後にさ、もう一つだけぇ」
先輩にレインコートの裾を掴まれる。
「来島くん……いや善。お願い」
もう彼女の方を向くことも、目を合わす事も出来なかった。
「私を殺してえ」
額を中心に、脳を中から掻き回されるような不快感が伴う。答えなんて、決まってる。
「出来ないよ……先輩」
自分はさっき、彼女の行動によっては殺そうとしてたのに、何でこんなに引き金が重いんだろうか。
「じゃあ、とっておき」
彼女は目を閉じる。
「?!」
唇に柔らかな感触。それがキスだということ、何故したのかということに思考は奪われフリーズする。
「善、好き」
彼女が頬から一筋、涙を流して。
彼女が傘をいつのまにか奪い、銃口を彼女自身の顎に向けている事に気付けなかった。
「やめてくれぇぇぇえええ!!!」
彼女は引き金を引く。その瞬間、世界から音が消えたよう。倒れる彼女の遺体もスローに見えた。
「あ、あ」
真っ赤な血の海に飛び散った肉片が浮かぶその様は、彼女が好きなジャムパンの中身によく似ていた。
「あぁ」
額に触れる。
すると底には確かに傷があり、今見たものが現実だと教えてくれる。
「ああぁああ」
好意を伝えられたその瞬間、目の前に浮かんだのは伏見灯じゃない誰か。
「あああぁあああああああぁあああああぁあああ!!!!!」
心が壊れそうだ。
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