最終章 心傷風景

第43話 変わり果てた貴方と変わらない偏食

 研究所、『スギノ園』に向かう。


 夜明けまではまだ時間がある。確かもう少し程で、警備の交代時間だったはず、そこを狙って侵入するのが良いだろう。


 思えば、研究所と自分たちが潜伏する街は歩いて行ける程に近い。そして研究所の直ぐ傍まで、スラムが拡大して居る事にも気付く。


 夜の暗さに、雨まで降り出したものだから空はなお暗く。月の明かりさえ見えやしない。傘を持っているのに差さず、レインコートを羽織っている。銃口に雨水が入らないようにしなければならないから。


くさいねえ。におうねえ。出来損ないの臭いがするねぇ。」


 道中、壊れかけの街頭に照らされているボロ布を被った人物。敵意は感じないが手には何か入ったビニール袋を持っている。足を引きずるようにして歩き、こちらに近づいてくる。ボロ布の隙間から見える足はボロボロに崩れており、しわくちゃの老人のようにも思えた。だが声が妙に高く、若い。


「何だよお。無視してんじゃねぇよお! てめぇも捨てられたんだろお?!」


 そう喚きながら、こちらのフードを剥がし覗き込んでくる。しかし、老人だと思っていたそれは火傷によって皮膚がただれ変色した自分と年代もあまり変わらない少女だった事が分かる。ボロ布以外まとっておらず、胸部の膨らみで判別してしまった事に罪悪感が心中に広がる。


「あ」


 少女の声を出し、止まる。自分もあまりの光景に息をのんでしまった。


「あ……まずい」


 姿を見られた。暗示を掛けようとして止める。彼女の目が見えていない事が顔を向き合わせた時、顔面の皮膚も焼けただれ、その目は何処にも視点はあっておらず、光を失っている事が分かる。


「あんた、心臓の音が普通……って事は人間かぁ。臭いはどっかですれ違ったぁ?」


 彼女は実験体が分かるのだろうか。聴覚と嗅覚で人を判別してる。心音、もしくは体臭が判別材料。目の前の少女への警戒を強める。


「ゴメンねぇ、驚かせちゃったぁ。あんた、あんまり研究所の方に近づかない方がいい。さらわれちゃうよぉ」


 スラムの住人なのだろうか。忠告してくれる。彼女の火傷を見た時、自分の中で大きな何かが掛けているような違和感を覚えたのは何故だろう。 


「ありがとう」


 礼を述べると彼女はまたこちらに向き直り、小走りでこちらに近づいてくる。顔を寄せてくるのだが近過ぎる。


「ちょ、何ですか?」


 彼女は無言でこちらの額に触れてくる。


「君、来島くん?」


「え?」


 時間が、急に鈍化したかのような感覚に囚われる。目の前の光景に、脳が理解を拒んでいる。呼吸の仕方を忘れたかのように息苦しい。語尾がダルそうな独特の口調。


「う、そ……だ」


「酷いなぁ。へへ。まぁ、こんな見た目じゃ分かんないよねぇ。ゴメン、ゴメン」


 彼女が持つビニール袋には微かな見覚え。嘘だ。信じたくない。


「今日のパンツは青のトランクスなのかなぁ?」


 冗談を言うような気軽さで、彼女がビニール袋から出したのは見覚えのあるジャムパン。


「ふ、しみ、せ……」


あかりでいいぜぇ。後輩くん」


目の前に居るのは変わり果てた伏見灯ふしみあかりだった。


 



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