第42話 それぞれの証明と喪失の始まり

 会坂のアパートから、仲間に見つからないように自室に戻った。


 傘に内蔵された銃の弾を腰のポーチに入れる。いくつかの弾は銃に込め、いつでも発射できるようにする。元もかなり物騒だったが、もはや傘の様相は形ばかりになってしまった。


 玄関に行き、取り外していた前の武装を手に取る。炸薬入りの鉄芯を射出し、対象に突き刺さると同時に爆発する火器。先端の鉄芯は一度射出すると次弾の再装填が難しい。会坂との戦闘を意識してより連射性と命中率の高いショットガンにしたが、火力としてはこちらが何倍も上だった。傘の偽装が取れ、ヒモの付いた鉄パイプといった見た目になっている。コイツも持って行こう。

 

 黒いレインコートを羽織る。自らの姿を視認され、むやみに発狂させない為の安全装置。背が伸び、丈が合わなくなっていることに少しばかり嬉しさを感じてしまうのは弱さなのだろうか。


 鏡を見る。

 

 瞳が崩れ、中からの出血によって瞳は赤く濁っている。正直、何でこの状態で失明してないのかが不思議でならない。


 昔の状態に戻ってしまった。でも明石と会った時と同じ姿だ。もしかしたら彼女は喜んでくれるかもしれない。


「ふっ」


 愚にも着かない思考はこれから起る事への逃避にも見える。こんな時に感傷が湧いてくるもんだからおかしくて笑ってしまう。

 

 左手に巻く、皮ベルトは度重なる使用でささくれてる。一木のベルトには鋲が打ち込まれており、さながら古代ローマの拳武器。セスタスのようになっていた。彼曰く、若者特有の尖りを表現したらしい。尖りというにはあまりにも血生臭く、彼がその鋲を活かして殴った相手は顔がパンパンになっていた。


 島田に至っては、研究所時代の訓練教官に気に入られ貰った日本刀を後生大事に持っている。やたらに人の血を吸った刃は少し赤みを帯び、柄には一木も持っていた謎のキャラクターのキーホルダーが付けられていた。


 それは兵器として育てられ、人間にして貰えなかった捨て子達の証明。自身は人間であると、血と臓物の果てに見いだした人間性。


 ある者は狂気の果てに、触れたことすら無い感情を手に入れた。


 ある者は依存の果てに、仲間たちの尊厳を守った。


 ある者は限界の果てに、自身を守る愚か者の笑みを見た。


 ある者は奔走の果てに、夢の中に沈んで死んだ。


 彼ら実験体もそして自分自身も、結局は何処か同じ所をグルグルと回っているような気がしてならない。皆それぞれの理由であの『スギノ園』に来た。


 それぞれが、地獄を見た。およそ人間の心があるならば耐えきれなかったその地獄。果てには生きていると都合が悪いからという理由で殺されそうになっている。


 生きてるだけでこのような苦悩が伴うなら、いっそ手放してしまえば楽なんだろう。それが出来ないのは、大切な……


「あれ……大切な……何だっけ?」

 

 額の傷が痛む。


「まぁ、いいや」


 額が痛むなど、いつものこと。

 ただ『研究所を襲撃しなければいけない』と。


 それだけは覚えていた。

 


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