第41話 託された願いともう少し

 『夢』が覚める。


 目の前のベンチで眠るように、動かなくなった友人を見る。背負った傷は数知れず、それでも前に進んだ彼の身体は、生きているのが不思議な程であった。


 捨て子でも無く、実験体でも無い彼を形容する言葉は一つだろう。

 ただ『兄』であったと。


みこと、おやすみ」


 せめて安らかに。

 『命』の名を持つ友人への供養になる事を願って。


 自分と対話している内に、眠る様に彼は『夢』の世界へ旅立った。スラムを歩いている時、視線を感じてため。発狂した女性と合わせ、声が聞こえる範囲へ暗示を掛けた。


 「(大丈夫、もう大丈夫だよ)」


 こんな言葉が、何の慰めになるものか。

 でも、もし人の共感を得て、その心を救えるなら。


 幸せな夢で飽和させる。


 『夢』の世界にいった会坂は、安らかな表情だった。

 たった一人の家族の為に命を賭した男へ敬意を払い、殺さなきゃいけない。


「もう大丈夫。もう頑張らなくていいから……」


 軋む彼の心臓は、覚醒核が蠢き続け、彼の身体を酷使させようとしてくる。虫によく似たそれは、人の悪意そのものに見えた。彼がもう悪夢みたいな現実に目覚めなくていいように、核を潰してとどめを刺した。


「あああぁあああああああああ!!!!!」


 一連の会坂への弔いを終え、叫ぶ。


「痛い。いたい。いがああああ!」


 心が痛い。仲間を友人を傷つけた。その感触が、後悔が消える筈など無いのだから。涙はもう出ない。目からはドロついた血が、口からは飢えた獣のようによだれが溢れる。


「ん……グ、ぁぁぁあああああ!!」


 苦しい。


「あああぁあああああああああ!!!!!」


 痛い。


「あぁぁあ、ああああぁあぁあああぁあああ!!!!!」


 死にたい。額の傷へ手が伸びる。


「あ………」


 でも、


「やることがある」


 会坂の『夢』を見た。

 あいつの命を奪った者として、せめてもの責任を果たさなければいけない。会坂の死体から、彼のナイフを見つける。度重なる使用か、もしくは別の理由で歪み続けたその刃は使用者のあり方によく似ていた。


「妹ちゃんに、せめて……」


 鼻血が出てきた。こんな人間離れした力を使う代償が軽いはずも無く、当然の如く身体には様々な負荷が掛かる。


 会坂が住んでいた部屋の前に立つ。部屋の中から、人一人分の寝息が聞こえる。ポストの中にナイフを投函する。


 会坂の遺体に手を合わせると、空から雨が降ってきた。アパートの階段、その軒先へ雨に濡れない所へ遺体を運んだ。ゴミ捨て場に、うち捨てられていたビニール傘を彼に掛ける。少し穴は開いているが無いよりはマシだろう。


「ごめんな。もう少しだけ、やることがあるんだ」


 自身の傘を握りしめる。

 およそ傘とは呼べぬ人殺しの道具をいつか手放せる日が来たのなら、それはきっと自分たちのような子供が居ない世界なのだろう。

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