第40話 博士のため息とこの世界のこと

「はぁ~」


 自然とため息が出る。糞みたいな事ばかりだから。勢いよくこの部屋に向かって来る足音が聞こえる。


「博士、善が!!」


 アパートにて。

 来島が会坂のところへ行った事に、一木が気付いてしまったようだ。


「大丈夫、知ってるよ」


「……知ってて、行かせたんですか?」


 一木の表情が歪んでゆく。それは怒りか悔しさの為か。


「あいつ一人じゃ絶対死ぬ。なのに!」


 過保護だね。

 一木は自身の周辺人物に対して過剰なまでの保護反応を示す。周囲の人間に対して、自己保存を優先させがちな他の実験体には見られない反応だ。


「大丈夫だよ、一木。お前は勘違いしてる」


 根本的な部分で、もしくは最初から。


「勘違い?」


 自身の机の引き出しをあさる。

 あった。


「博士、どういうことです?」


「こういうこと」


 一木の驚いた表情。当たり前だろう。

 彼に見せたのは、あるファイルの一ぺーじ


「え? いや、分かりません」


「マジかよ。ほらここ、よく見ろ」


「ん、何ですか。『精神の汚染』?」


「そう。善のことだよ」


 もしくは人並みの人生を夢想する憐れな兵器。


「あいつが本来持ってる『共感性』。それを逆流させると考えてみろ」


「逆流?」


「仲間、恋人。来島善は自分自身が共感した人々が見た悪夢を肩代わりする。それを逆にするのさ」


「悪夢を見せる事ができるって訳ですか?」


「そうだ。しかし、それには善に共感させるためのトリガーが必要になる。他者に共感するには何が必要だと思う?」


「会話……コミュニケーションでしょうか?」


「そう。普通は会話などのコミュニケーションが基本だ。だが、テレビに出てるドラマなんかの登場人物に共感することだってあるだろ?」


「確かに、そうですね」


「なればこそ、自身の『共感性』。つまりは見たものや感覚を強要し、無理矢理善の『悪夢』を見させられた人間がはどうなるのだろうな……」


「それって……」


 一木が腰に下げた金槌に手を伸ばす。彼の度重なる実験によって色素が薄くなった髪が逆立つ。


「来島善の発する言葉。表情。仕草。果てはあいつの姿をその目に入れるだけで対象は発狂するようになるだろうな。全く、立派な兵器になったもんだよ……」


「あんた、善をモルモットにしやがったのか!?」

 

今にもこちらの頭をかち割りそうな表情で一木が怒鳴る。でもな、決定的に勘違いしてるんだ。


「大丈夫だよ」


「何が!?」


 こちらを殺しそうな程怒っているのに、金槌を持つ手が震えているのは実に一木らしい。


「だってよ。あいつ、優しいから」


 優しい兵器など、あるものか。


「それにさ。せっかく洗脳にも近い力を手に入れても多分、善は幸せな夢を見せるんじゃないかな」


 彼は願う。誰かの為に。


「……」


 沈黙する一木。善の親友であるからこそ、彼の人となりを理解している。


「もう世界すらおかしくなっちまってる」


 世間は三度目の世界大戦に浮かれてる。この島国に資源などあろうものか。いや、あるじゃないか、人間という名の資源が掃いて捨てる程……という着想より彼ら実験体は造られた。


 戦争に関する諸々の準備の為か、もしくはゆるゆるとこの国は終わっていたのか。今や街頭で人が殺されようが警察すら動きはしない。そんなスラムの様な地域が点在するまでにこの国の治安は崩壊していた。


 別段この国がおかしいというだけでは無い。


 ホワイトハウスは敷地内で行われた虐殺のせいで白い壁は赤く染め上げられていた。かのビッグベンは自爆テロで根元から吹き飛んだ。北の大地では新生社会主義国が誕生。連日の粛正に人口は右肩下がりだそう。世界の中心を名乗っていた国は国内で起った暴動と饑餓によって、人が人を食うこの世の地獄が市井しせいで見れるそうだ。


「だからこそ……なのかもな」


 糞を積み上げ、塗り固めたかのようなこんな世界でせめてこの子達だけでも助けられないかともがいた。でも……


「子供は成長するもんだなぁ」


 親代わりの事なんて何一つしてやれなかったけど、少なくともあいつは、来島善は私、葦戸幹人あしどみきとの最高傑作だ。これだけは胸を張って言えるだろう。


「お前と島田もな」


 玄関で立ち尽くす一木に声を掛ける。


「え、あ」


 褒められ慣れてない一木があたふたとする様は少し面白い。


「あっはははは、はぁ……」


 せめて彼らの道行きを照らさねば、傘持ちの少年が命を賭した覚悟に答えねばなるまい。


ため息というよりは、


「はぁ~」 


息の仕方を忘れない為の、確認作業。


「やるか。準備するぞ」


 一木に呼びかけ、研究所にしかける準備をする。

 伸ばしっぱなしの白髪を後ろに束ね、また机に向かった。


 


 


 

 


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