第45話 喪失の繰り返しと見えてる世界

 命に、いくらほどの価値があるのだろう。


 一概にいくらと定義づける事は難しい。

 無垢な子供と人の命を弄んだ犯罪者の間には、埋めがたい溝があるように。


 自分の命はいくらだろう。


 ずっと考えてる。結論は出てるのに。

 多分、便所紙ほどの価値も無い。


 先輩の遺体が目の前にある。


 濃厚な血臭と彼女の匂いが混ざって、自らの深いところで何かが高ぶっていくの感じる。どんなに紳士ぶろうと、その根底には母親の命を奪うまでに追い詰めた父親の血を、蛮族的な獣性を感じる。


 度重なる発狂。


 まだ雨が降っている。この雨が実際に降っているものなのか。もう自分には分からない。その雨がやけに赤く見える。先輩の脳みそや吹き飛んでバラバラになった眼球の残骸が混じった血溜まりは、同じくらい赤い血の雨で塗りつぶされた。


 少なくとも、出来る事を。


 先輩の遺体を整える。手を腹の上に置き、飛び散った骨や肉を集める。あまりにもグチャグチャになりすぎて、どれが何処にあったものなのか分からないけど。レインコートを脱ぎ、先輩の遺体に掛ける。そのままにしておきたく無かったから。


 一通り、遺体を整える。


 祈りはしない。彼女の魂の安寧を願うなら、彼女を傷つけた糞共に血を見せる事であがなわなければ誰も報われない。


 傘を拾い、河原に出る。


 ここで何か大切なものが思い出があった? 気のせい。そのはず。ギリギリと脳に額に痛みが走る。額にある傷痕は、肉が膨れて気色悪い。忌まれ、狂った自分のあり方に相応しいというもの。


 河原を遡っていくと、スラムに似合わぬ仰々しい建物が見える。切り立った崖の上にあり、建物から川へ伸びた排水溝のようなところ。その下におびただしい人間の死体がある。山のように積まれたそれは、研究所から棄てられた実験体達の遺体なのだろうか。


 近づいていくと、廃棄口からまるでゴミでも捨てるかのように人間のパーツが落ちてきている事が分かる。中には死にきれず、うめき声を上げる者もいる。


 そのうちの一人、先輩と同じように全身の皮膚が焼かれている人に近づく。


「あ……あし…………あして」


「(うん、お疲れ様。今は、ゆっくりおやすみ)」


 そう言うと苦しそうだった呼吸は落ち着く。もう苦しまなくて良いように、右手に有らん限りの力を込め、その心臓を貫いた。最早血は吹き出さず、実験の果てに無理矢理生かされていた事が分かる。


 死体の山を踏み越え、崖をよじ登る。


 レインコートはもう無い。必要無い。この姿を見せるのは生かしておく必要の無い糞にだけ。全員生まれてきた事を後悔させてやる。


 よじ登った先、無機質な機械が人をバラバラにする為の部屋だった。恐らくは廃棄時に同時に使われると思われる薬液の臭いで室内は溢れていた。


 部屋の端に小窓が見える。部屋の上にはダストシュートような構造が見える。あそこから廃棄される実験体を投下するのだろう。


 もう、上る必要が無い。


「見てるな? 糞共」


 小窓に視線を送る。


 左手に持った鉄芯入りの鉄パイプを壁に突き刺す。コンクリートの壁の前に、先端の鉄芯は曲がってしまう。しかし、この武器の本質は貫通することじゃない。


「吹き飛べ」


 仕込まれたヒモを引き、鉄芯を起爆する。轟音と共に、コンクリートの壁を破棄。小窓の先には、警備兵が二人。白衣の男が一人。一様に驚いた顔で自分を見ている事に吐き気を覚える。多分彼らは人間なのだろうが、自分の視界では蛆に似た何かがこちらを見ている様にしか見えない。


 傘に仕込まれたグリップを引き、素早く警備兵の二人を射殺する。白衣の男には接近し、閉じた傘を振り下ろす。まず右手を折った。何だか豚に似た悲鳴を上げてるが気にしてはいけない。左手も折って、


「これで良し」


 白衣の男を引きずる。コイツは盾にしよう。廃棄部屋の監視室と思われるこの部屋のドアを蹴破り、施設の廊下に出る。一面、白い壁のこの施設は弄んだ命の分、ここに居る奴らの血で染めよう。直ぐ近くの天井には、監視カメラが見える。わざわざ見える位置に行き、深呼吸をする。


「(見ろ、首に虫が湧いてるぞ)」


 憎しみを持って、殺してやる。楽には死なせない。その命を魂を尊厳を、すり切れ削れて悪夢に落ちろ。


「さぁ、便所掃除だ」


 便所の糞は流さなきゃいけないんだよ。






 







 


 










 


 

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