第34話 君の笑顔と生の確認

 金属を、引っ掻くような音がする。


「博士、まだですか!」


「あと、もう少し耐えられないか?! くそ、こんな時に……」


 誰かの声が聞こえる。


「よし、意識は回復してきた。優ちゃん、もう大丈夫だ!」


 そこに、いるのか。


「善、聞いて。今、研究所の襲撃が来てるの。私……」


 視界が開けた。明石が映る。その左頬には火傷。


「ゴメン、続き後で良いかな?」


 博士、明石、返り血で汚れた刀を持つ島田。大体状況が分かった。全員自分を見て驚いてるが今は後回しだ。


「明石、少し待ってね」


 明石が頷くその姿に奮い立たせた殺意が萎えそうになる。


 島田の後ろに、全身から血を流しそれでもまだ動き続けるボディアーマーをした研究所の私兵が居る。


「感動の再会の前に、まずは掃除かな」


 兵士は島田に拳銃を向ける。島田に気付かれ、下から振り上げられた刀に拳銃を持った腕は切り飛ばされる。彼は悲鳴一つ上げず、残った腕でナイフを抜く。


「やるじゃん」


 兵士の行動を凶悪な笑みを浮かべながら島田は賞賛する。

 島田の背後に隠れるように踏み込み、急速に近づいた自分に兵士はナイフを振る。上体を逸らしナイフを避け、腕にしがみ付く。顎を少し切られた。


「島田!」


「ナイスだ」


 島田の居合いの構え。目では追えない抜刀に、兵士の首が地面に落ちる。


「「いえ~い」」


 博士の部屋の外、兵士の血しぶきが噴き出し二人の実験体がハイタッチする。


伊庭いばのバイタル消えました!!」


「撤退だ!」


 少し離れたところで怒号が聞こえる。伊庭というのはこの兵士の名前だろうか。


「待てや、ゴラァ! 腰抜け共が、逃げんじゃねえ!! ぶっ殺してやる!!」


 一木の怒声が聞こえる。


 部屋の外に出ると返り血にまみれ、目を血走らせ肩で息をする一木。右手に持つ金槌は釘抜きの部分にピンク色の肉塊が付着したままだ。


「おっふ、姉御落ち着かせてあげてや」


 怖くて近づけないので島田に頼んでみる。


「ったく、しょうが無いな」


「あらやだ、嬉しそう」


 照れ顔の美少女とシチュエーションは良いのに、右手の刀と返り血が最高に残念だ。


「あ?」


「ヒェ、何でもねえっす」


 こちらを睨む顔は悪鬼のよう。


「ん」


 島田は両手で一木を迎えるように差し出す。


「……」


 一木が島田を見て動きを止める。ゆっくりと島田に歩み寄り、糸が切れた人形のようにその胸へと倒れ込む。島田に抱き留められ、一木は大人しくなった。


「よしよし」


 親友二人の無事は確認出来た。


 部屋に戻り、明石の様子を見る。騒動も一段落したからか、葦戸博士とアイスを食べていた。


「二人は怪我無かったか?」


 博士の問い。


「一つも無かったですな。全部、返り血でしたよ」


「良かった良かった。お疲れ様だ。あ、冷蔵庫にアイス入ってるから食べて良いぞ」


 かなり血生臭い事があった直後なのに、このユルさ。嫌いじゃ無い。


「コーラとソーダと、葛餅味だって」


 はにかむ明石の笑顔に目を奪われそうになる。


「一つだけ異色過ぎない?」


「意外と美味いぞ」


 なんとも言えない色をしたアイスを持った博士が言う。


「……で、私に何か言うことに無い?」


 明石の笑顔に、圧を感じる。


「あ、え、お??」


 言うべき言葉はある。肝心の言葉が見つからない。


「……じ、自分は生きてて、良いのかな?」


 何で出てくる言葉がこれなんだよ、出来損ない。


「……ねえ、善」


 俯いた顔を上げ明石の目を見る。


「っが!」


 明石の拳がみぞおちに入る。


「当たり前じゃん!!」


 明石は表情を歪ませ、その語気は荒々しい。


(え? 怒ってる?)


「勝手に死のうとしてさ、何回も何回もどうやって助けようとしても……自ら危険に飛び込んでいくじゃない!」


(そうでもしないと、釣り合いがとれないだろ)


「犯罪者の落とし子なんだから……」


「関係ない!!」


 自分の言葉に被せるように明石が叫ぶ。


「誰が親とか関係無い! 何を成したか、どうやって生きるかでしょ?」


「(……)」


「貴方は、それを身をもって示して来たじゃない!」


「何を成しても『善』になんかならない」


「それは違う! 貴方の名前は、願いだよ」


「ね、がい?」


 望まれぬ子供が、その命に何を願われたというのか。


「善い人で、あって欲しい。そう、貴方のお母さんは願ったはずよ!」


「でも、人を殺した! 暴力も数えきれないぐらいしてきた……結局抗えないんだよ」


「諦めるの?」


「(……嫌だ)」


 心からの叫びだった。


「どうして?」


「君がいる」


 雨の音が止んだ。


「貴方はどうしたい?」


「生きたい、やりたいことがたくさんある。でも……」


 が消える。


「でも?」


 こんなこと甘えだと分かってる。でも、君の許しが欲しい。


「いいのか……こんな出来損ないが、生きても」


「何度でも言う。生きて。私と一緒に生きて」


 君のくれた未来が灯りになった。


「……生きたい」


 願った。願ってしまった。

 泣きじゃくって、のたうち回って、苦しみもがいて、それでも生きる。もし許されたなら、願われたなら、叶えなきゃいけない。


 だって、君が笑ってくれるんだから。

 理由など、それだけで十分だ。


「……甘え」


 溶けかけたアイスを咥えて、博士が呟く。

 東の空に、光が見えた。





 





 


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る