7章 雨が止んだ、その先に

第35話 少年の願いと少女の望み

 君が願った。

 自分も願った。


 頭に掛かった霧は晴れ、痛みは君が溶かしてくれた。でも辛い日々を、どうしようもない過去を忘れた訳じゃない。


 忘れる事など出来ない。


 自分の傷が、君の火傷が現実を突きつける。現実すら曖昧な世界では、その傷だけが君が生きてる事を教えてくれる。


 だから、傷も、痛みも、過去も、その全てを受け入れて前に進もう。


 自身の罪に向き合って、人の傷に寄り添う為のこの力。君の為にこそ使って狂おう。


「自分は……いや、は君と生きることを願うよ」


 単なる言葉が、如何ほどの慰めになるものか。

 でも、間違い無く自分は変われた。


「君がくれた言葉を嘘にしたくないんだ」


 自分自身へ言い聞かせるように。

 生きる理由なんて、それくらいなものだが。十分だろう。


 随分と長い、自分語りだった気がする。


 トラウマに向き合って、喚き散らして、ぶっ壊れて。

 やっと自分を許せた気がする。


 自分が目覚める数時間前、研究所の私兵によって襲撃が来たらしい。かなりの人員を投入してきた様で警備兵の中に実験体も混じっていた。一木と島田が迎撃。他の潜伏していたメンバー達も応援に駆けつけてくれた。


 現在、自室一○二号室にて脳にある覚醒核の点検。およびICチップの再接続を行っていた。そして何故か部屋には明石もいる。


「勝手に一人で、先走ってー」


 ご立腹気味の明石が口を尖らせながら糾弾してくる。


「ぐうっ」


 ぐうの音は出た。


「残される側の事など考えもしなくってー」


 痛い。さっきから脇腹を割りと強い力でつつかれている。


「その癖、私の為だって理由づけして死んじゃうんだ~。あーあー」


「……」


 正直言って全くその通りなので何にも言えない。


「……大丈夫だから」


 不機嫌そうだった明石の声が優しくなる。


「私は君のお母さんみたいに死んだりしない」


「……」


「私は死んだりしないよ」


「……ほんとに?」


 自身の中に猜疑心が溢れて行くのを感じる。みんな居なくなる。みんな自分を置いて何処へ行ってしまう。脳裏に焼き付き離れない、母の死はおよそ自らの大切な存在全ての死を見させられる心傷に成り果て……


「また!」


 グルグルと回る自己嫌悪から明石の声で引き戻される。


「今、考え事してたでしょ?」


「……うん」


 彼女の両手で頬を押さえられ、引っ張られている。あと顔が近い。


「全く、好きな女の子が話してる時に考え事するとは良い度胸だ」


「全体的に自分が好かれているという自身がすごい」


 たまには反撃してみよう。


「自信も何も、善は好きでもない子にここまでするの?」


「確かに……」


 論破された。


「あ~か~し、しなないでくれえ~って行ってたの覚えてるんだからね」


「うわぁ、やめてぇ! 今すぐ忘れてぇ!」


 何時だったか明石の死ぬ夢を見たときに、取り乱した僕は彼女の部屋の前で喚き散らしてた。


「あれ今思えば、かなり不審者だったよねー」


「ぐおおおおおお」


 明石は笑いながら言うが、醜態を見られた自分としては羞恥心が刺激されすぎる。起き上がり支度を始める。


「……行くの?」


「うん、多分研究所も本気だ。実験体まで出してきたんだから」


「そうだね」


 彼女の表情は晴れない。


「大丈夫、君のお母さんがいたらちゃんと保護するよ」


 彼女の表情は晴れない。むしろより不機嫌になっていった。


「お母さんはどうでもいい。絶対帰ってくるって約束して」


「ええ……良いの? ん~、わかった。帰ってくるよ。一木や島田だっているんだ。そうそう死にはしない」


 まあ、死んでも脳みその核さえあれば、葦戸博士がストックしてる来島善のクローンに核移植すれば復活出来るが、彼女はそれを良しとしないだろう。


 この体を偽物だと言うこともできる。でも彼女が、明石優が『来島善』だと自分を認識してくれている。事情や背景、その生まれを知っても。


 なら自分も過去に決着をつけねばならない。


「じゃ、行ってくるね」


「……うん。いってらっしゃい」


 このやりとりに、幸せを感じてしまう弱さを。

 振り払うようにして、博士の部屋へと急いだ。






 


 

 




 

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