第31話 心傷風景 ケース0 「来、苦、狂」
暗闇の中。
私は私の自我を確かになってゆくのを感じる。
観測者と被観測者の自我が溶け、交わってしまわないようにする為の機器による感覚のマスキング。善はこれらの補助を受けずに心傷に潜っていた。だから彼の心には想像も付かないような負荷が掛かっていた。
そして視界が開ける。
まず見えたのは青空だった。
雲がちらほらと見えるが正に快晴といった様相。
そして地面、真っ白な砂が広がっている。薄く水が張っており、青空を鏡のように移している。涼しげな風が吹いて、周囲を見渡しても水平線と空の境界は曖昧だった。
そんな景色が何処までも広がっていて、まるで青空が移された鏡の世界に落とされたよう。
『アー、アー、優ちゃん聞こえる?』
頭に直接語りかけるように、葦戸博士の声がする。この世界を読み取るためのオペレーティング兼情報解析が博士の役割だ。返事をしようとするが声が上手く出ない。
『頭の中で喋りたい文字列を想像してごらん』
言われたとおり、言葉を文字として頭の中で想像する。
『話せました』
『よし、上出来だ』
辺りを見渡す。私の視覚をモニター越しに博士は共有している。
『まるでボリビアのウユニ塩湖みたいな場所だな』
聞いたことがある。塩で出来た湖が一万平方キロメートル以上も広がる絶景。
『博士、ここは心傷風景ですよね。なんでこんなに綺麗な場所が善のトラウマの世界なんですか?』
『まずい』
『え?』
博士の声はトーンの落ち方が事態の悪化を教えてくれる。
『心傷風景ってのは、トラウマの世界だ。しかも今はまだ深度1。トラウマを自覚することが出来てる段階だ。考えても見ろ。心の傷だとしても、傷が綺麗な訳が無いだろう?』
『え……それって』
『善は自身のトラウマを認識出来なくなるほどに心が壊れちまってるんだ』
希望が断たれようとしている。
『大丈夫、まだ手はある』
私のマイナスな思考を遮るように博士は言う。
『こちらでの解析と平行して、善の体の治療をする。君は深度2に潜ってくれ。行けるかい?』
迷っている暇は無い。
『行けます』
『そうか……無理はしないように』
次の深度に潜るため、視界が暗転するその刹那。
水平線と空の境界。そのかなり遠く。
傘がパラソルのように地面刺さり、それに引っかかるようにして黒いレインコートのようなものが風に揺れている。
そんなものを見た気がした。
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