第30話 問われる覚悟と夢への入り口

 一木くん、島田さんの協力により善の体を回収。

 そして今、私はアパートに戻ってきた。


 手にするのは善の頭に入っていたICチップ。彼の頭の覚醒核の暴走を抑えるためのこの装置にはもう本来の力は無い。だがこれと追加の補助機器を使って彼の心傷風景に入る事が出来る。


「私が行きます」


 観測者が被るチューブの繋がったフルフェイスヘルメット。顔を近づけると微かに善の匂い。治療に使っていたのだろう。彼の血のような匂い。


「いいのかい、優ちゃん。深度3まで潜るんだな?」


 心傷風景には深度がある。深度1が抽象化された心傷の世界。被観測者が自覚出来ているトラウマが可視化される。深度2はそのトラウマの原因となった記憶。抽象化のプロセスは施されず、被観測者が当時受けた心的ダメージを観測者も負う事になる。そして深度3。最終深度にして、被観測者の無意識の世界。


「そうでもしないと善は帰ってこないから……葦戸博士、お願いです」


 一瞬の沈黙。


「分かった。じゃあ、準備を始めてくれ」


 モニターへ向き直り、博士の表情は分からない。


「ありがとうございます」


 こんな無茶をさせてくれる事に、善を助けてくれる事に。


「お礼は無事帰ってきてからだね……こっちこそありがとね」


「え?」


 私の我が儘で振り回してるのに、博士が何故お礼を言うんだろう。


「なぁに、善にはこいつには君が一番の薬ってことさ」


 機器への接続のため、チューブだらけになった善を見て博士は言う。


「私、自分を好きになってくれた人をここまでボロボロにして相当な悪女ですよね……」


 思わず、自虐が漏れる。そう思える程に善の姿は痛々しい。


「ふっ、はははは! 女冥利に尽きるってもんじゃないか!!」


 途端に博士は吹き出す。


「……そう、思えたら良いなぁ」


「君たちは考え過ぎなんだよ」


 博士の眼差しは優しく、子供を目にする親のようで。


「考えない獣よりはマシです」


 それでもムッとして言い返してしまう愚かな私が居る。


「若いねえ」


 うらやましがるような博士の言葉。


「さっ、準備は出来た。あと必要なのは優ちゃん。君の覚悟だ」


「はい」


 もう、泣いてるだけは嫌だから。どうしようも無い理不尽に抗いたい。


「深度2以降、抽象化プロセスによる精神保護は無い。心が弱ければたちまち精神崩壊を引き起こすだろう。もう一度聞く。それでも、行くかい?」


 答えなんて分かってるはずなのにそれでも聞いてくるのは、博士の不安の表れなんだろう。


「はい、行かせてください」


「分かった」


 何処か諦めたような、しかし嬉しそうな声。

 診察台に横たわり、ヘルメットの接続機を被る。複数の機械の起動音。


「接続開始」


 視界が暗転する。

 







 


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