第27話 彼女のサンドウィッチと幸せの涙
しばらく歩くと、街を一望出来る高台の公園に着いた。
遊具はほとんど無いのに、やたら屋根とベンチを合わせた休憩所みたいなものばかりがある。
その一つに腰掛ける。明石が座るであろう所は事前に少し払っておく。せっかくおしゃれしてるのだ。服が汚れては気分も萎えてしまうというもの。
下の街より少し標高が高い為か空気も風も涼しく感じる。ベンチに腰掛けた明石は手荷物に入れていたものを出す。
「これ、すごいでしょ。あの短時間で作ったの」
バスケットだったか。籠に入れられいるのはサンドウィッチ。
「すげえ、美味そう」
(もうちょっと気の利いた言葉はねぇのかよ)
全くもってその通りだが、剥き出しの感動を飾り立てる語彙力は持ち合わせていない。
「ふふ、でしょ?」
得意げな彼女の表情が映る。胸の内に浮遊感に似た温みを感じる。
「一緒に食べよう」
彼女が呼びかける。自分は頷く。
「えっとね、卵とジャムと……ゴメン、あんまり味の種類は期待しないで」
作ってくれた事自体が嬉しい。恥ずかしそうに頬を掻くその仕草に見とれてしまう。
「すごいや、これ貰ってもいい?」
手近にあったものを指さす。
「どうぞ~」
手に取る。パン生地は柔らかく、中身は卵だろうか。甘そう匂いがする。
「う、美味い」
(嘘つけ、お前に味を感じる機能があるわけないだろうが)
その通りだ。味覚はすでに失われている。だからって彼女にそれを伝える必要はないだろう。
「へへ」
彼女の頬が緩む。合わせて自分も頬を緩める。
視界が少しぼやけるのは何故だろう。
「……どうして泣いてるの?」
「え?」
明石に言われ、自らの頬に触れる。
手には水滴が付く。
「うわ、なんかごめん。情緒がタップダンスしてやがる」
「それはバッドなマインドだね」
二人してふざける。この笑みをどうか永遠に。
願い乞う。
あまりにも積み上げるものだから、まるで呪いみたいになっている。
爽やかな風が吹き抜ける高台で、いるのは自分たち二人だけ。
「なあ、優」
「何?」
風に吹かれた髪を抑え、彼女は応じる。
「聞きたいことがある」
「……」
彼女は目を伏せる。これは聞いても良いのか、分からない。でも、もう引き返せない。
「君は……」
(やめろ)
口周りの筋肉が、突如として自由を失う。
(知らなくて、良いこともある)
気遣いなのだろうか、過去の自分は、一体何をそんなに恐れているのか。
このままじゃダメなんだ。
偽善の果てに得てしまった感情の
この胸に灯ってしまったのだ。
過去の自分からの枷を振り払うように、続ける。
「君は誰だ?」
困ったように彼女は笑った。
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