第26話 言えない言葉と木漏れ日の願い
春だというのに、日差しや風の匂いの中にもう夏の気配を感じる。
(地球温暖化だろうか)
明石に傘を差し、日陰を作る。
もちろん自分が傘を持っている。
(傘持ちの面目躍如だな)
「ねぇ」
明石の弾むような声。
「何?」
語気が自然と緩む。
「その傘って何で出来てるの? 前に銃弾跳ね返してた気が……」
「ああ、うん。特殊繊維だっけな。何か蜘蛛の糸と同じような構造と強度の糸を編み込んだらしい」
自分の持つ傘。明石が預かっていたこれは研究所時代に自分に合わせて作られた武器だ。
「自分は新型被検体だったからな。研究所側が専用の武装を与えてくれたんだよ」
(まぁ、結局覚醒も中途半端だったから廃棄されそうになったんだけどな)
旧型に分類される
今までスッポリと抜けていた記憶が補完されてゆく。そうして行く中で新たな疑問も浮上する。
なぜ一木や島田も記憶の無い自分に合わせていたのか?
復活した記憶を辿る限り、自分が事切れる瞬間に彼らはその場にいた気がする。ならば明石とも会っている筈だが、自分の前では初対面な振りをした。しかも研究所の実験内容も知っていたのではないか……
一体何故?
疑念だけが深まる。
今更気付いたが彼女はそこそこ荷物を持っている。並んで歩くのに、彼女の荷物を見て見ぬ振りは出来まいて。
「荷物、持とうか?」
「良いけど中身見たらダメだからね。着いてからのお楽しみ」
そういえば何処に向かっているのだろうか。
「ねえ、善」
明石の呼び声。まだ昨日の疲れを感じさせる。
「何でさ、武器を傘にしたの?」
「あぁ、上手く思い出せないんだけど、すごいどうでもいい理由だった気がする」
「そっか」
そう言って微笑む。傘が少し風に吹かれ、日の光が彼女を照らす。
「何処に向かってるの?」
明石に聞いてみる。街の中心とは反対方向に向かっている。
「ここからちょっと行った公園がね。凄く眺めが良いの」
「ほう、ピクニックというやつですな?」
「初めてでしょ?」
悪戯っぽく、こちらの子を覗き込む。
「まぁ、ね」
普通に生きることすら許されぬこの身では、同じ実験体の誰かと以外に出かけるなど想像すら出来なかった。
街路樹のある歩道を二人で歩く。
新緑から漏れる陽光に願う。
どうか彼女の道行きを照らしてはくれないか。
自分の存在が許されるのなら、彼女の傍にいたい。
なんたる傲慢。なんたる身の程知らずか。
(それでも)
横に視線をずらす。微かに口元の緩んだ明石の姿。
(たとえどんなに狂気に塗れても、自分は君の幸せを願う)
自身にしか聞こえない過去の自分の声すら願う妄執は、自身の命を度外視した……
(どうか笑っていてくれ)
救いようのない偽善だった。
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