第25話 呼べた名前と不確かな自我
「返事が言語を成してないじゃん」
「え?! で、デ、ででででで」
何だか傷の入ったCDを再生した時みたいになってしまった。
「動揺が過ぎるよ……」
(明石が冷たい目をしている!)
「でざーと……」
「違う回答導き出しちゃったよ……」
心なしか自分の目の焦点も合ってないような気がする。
「まだ、本調子じゃない?」
明石が心配して覗き込んでくる。
「んや、大丈夫……」
「……目の事とか、聞かないんだね」
「え!! 聞いてもいいんすか?!」
むしろそれが気になって仕方ない。
「フフ、デートしてくれたら教えてあげる」
悪戯っぽく笑うその裏に、いかほどの感情を抱えているのだろうか。
「じゃあ、着替えてきて」
そうして部屋の外に放り出されてしまった。
そしてここに来て一つ問題がある。
どういう服装が適当なのだ???
(……分からねえ)
携帯を取り出し、一木サポートセンターに連絡だ。
「お、何だ? まだ残りがあったか?」
多分、死体処理の話をしてるが今回は違う。
「明石の部屋の汚れは、俺が頼んでやらせて貰うよ。今回はそうじゃなくてだな……」
「おう、もったいぶるね」
一泊の間を置いて返答。
「……デートとやらにはどんな服装が良いのだ??」
「ブフッ。おま、くっ、あははははははは!」
「何だよぉ、笑うなよー」
「くっ、んん」
無理矢理咳払いをし、落ち着こうとする一木。
「まあ、お前が持ってるのジーパンと無地のTシャツくらいだろ?」
「うん」
「なら大丈夫だ、安心して行きなよ」
「ありがてえ!!」
電話越し、見えはしないが頭を下げた。
電話を切り、自身の部屋へと向かう。
(分かってんだろ?)
なりをすっかり潜めてた声がする。
「あぁ、分かってる」
確認してる。
大事なこと。
「本っ当に酷えな……」
自分は自分じゃ無い。本当の自分はあの時死んだはず。
一木の話をまとめると……
「お前、オリジナルだな?」
(そうだよ)
吐き捨てるかのように聞こえる。
「差し詰め、自分はコピー品の人格ってことか?」
(お前は今の体の人格。自分はてめぇの頭に入ってるICチップだよ)
「つまり一つの体に二つの記憶と人格があるのか」
(まぁ、そういうこと……)
「ふはっ!」
笑えてしまう。自分は、この出来損ないは。
「オリジナルから引き継いだ命令を、明石への恋愛感情と勘違いしてたのか……」
自分自身が偽物なら、この感情を果たして本物なのか?
夢のこともある。ここが現実なのかも分からない。
額に触れる。傷は、ある。
(まぁ、そう答えを急くなよ)
「は?」
声は、過去の来島は続ける。
(何で体が変わってんのか、お前自身がどうなっているのか、その答えは明石がくれる。心配すんな)
「……そう、か」
自分自身の認識すら危うい。
壊れそうだ。
「でも、まだ」
約束が果たせてない。あの時の言葉の続きを見つけれていないのだ。
「約束は守らないと」
その約束を果たす資格は、今の自分には無いのだろう。
偽物は本物にはなれない。
でも本物が、オリジナルの自分が見つけられなかった感情を今の自分は得てしまった。この気持ちすらも、偽物なのか。
自分自身が、信じられない。ここが現実か夢かすら分からない。
でも、
「(彼女の事は信じたい)」
せめて、願う。
そっと目を閉じる。
何を意識せずとも左手に革ベルトを巻く。
長袖のジャケットを着て、隠す。
大傘を持つ。日傘くらいの役には立って欲しい。
着替えを済ませ、身支度を調えて外で待つ。
しばらくすると、明石が部屋から出てくる。
「お待たせ!」
白を基調としたワンピースに、薄手の桃色カーディガン。
彼女の長い髪は結われている。確かハーフアップという髪型だっただろうか。
とにかく言える事は彼女の魅力が前面に押し出されて、とてつもなく……
「(ミィイン!!!)」
高鳴る鼓動が邪魔くさいので心臓の辺りを叩きながら、賛美の声を上げる。
「それはどういう反応なの?」
明石は困惑気味だ。彼女の目はまだ少し赤い。しかし目の周りのクマは少し消えたような気がする。
「いや~、ィイと思います。似合ってる。あっ……」
鼻血が出た。何かいかがわしいこと考えてたと思われないだろうか。
「だ、大丈夫?!」
(良かった!)
「ブッ、大丈夫だよ。優」
血は即座に吹き出し事なきを得る。
「ふふ」
明石が微笑む。
「ん?」
「何でも無いよ。善」
何処か上機嫌な彼女と晴れ渡った空が、寝不足の自分には少し眩しかった。
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