第28話 弾ける狂気と未来への灯り
その微笑みに、如何ばかりの思いが込められているのか。自分は理解することなんて出来ないのだろう。
「おかしな点がいくつもあるんだ」
彼女は答えない。それでも自分は続ける。
「研究所で自分が与えられたのは『共感』に関する能力。それが『心傷風景』だなんて訳の分からないものに変わっていた。頭を撃たれた所為だと思ってたけど、抜けてた記憶は明石の事、研究所に関する事……」
気付かない振りをしていた方が良かったのだろうか。
「明石優には、火傷があった。隠し方はまあ雑だったけどさ……今朝から見てるが君には火傷が無いんだよ」
自らの額に触れる。傷は、ある。
「でもな、何回も頭に手を突っ込んでるうちに記憶も少しずつだけど戻ってきた……」
彼女は
「ごめん、今ここが現実なのかも自分は分からない。だからなのか、君は本物の明石優には見えてないのかな……」
彼女からの答えは無い。
「君は誰? いや、違う。え? 何で、違う。違う。違う違う違う違う違う違うんだ!」
認識が歪む。視界が揺らぐ。
不安定が可視化される。
(明石がおかしいんじゃねえ、てめぇがとっくにイカレただけだうろが)
現実が自分を否定する。
遠くで雨の音がする。
(生きてちゃダメなんだよ、お前は)
彼女が自分を抱き留める。彼女の鼓動が聞こえる。
それ以外の雑音が、消えた。
「大丈夫、落ち着いて。私はここに居るから」
泣きじゃくる子供を落ち着かせるように、彼女は語りかける。
「あ、あ? ああ……」
言葉が意味を成してくれない。
「ねえ、善」
優しい声。まるで寝た子供にこっそりと語りかけるように彼女は話す。
「初めて会った時の事は思い出してるのかな?」
首を立てに振り、精一杯の肯定の意思を示す。
絶えず何かに怯えるかのように震え続ける自分を抱きしめ、彼女は続ける。
「あの夜のね、思い出が……あなたのくれた言葉や笑顔があったから、泣いたとしても明日には泣き止む事が出来るの」
抱きしめる明石の腕に力が入る。
「強くなったでしょ」
そういって微笑む。なのに今にも泣きそうで。
傘はあるのに、雨が止まない。
灯りが無いんだ。
震える出来損ないの手を彼女は掴み、自身の左頬へ触れさせる。
そこには確かに、彼女が生きている証が、
火傷痕があった。
「ね、大丈夫」
傷なのに、彼女の痛みの証拠なのに、もはやそれでしか認識が出来ない自分がとてつもなく大嫌いだ。
「醜い日々を、眠れない夜を、一つずつ越えて私は今ここに居る。あなたが居なかった半年間頑張ったんだよ」
この子は、自分と関わらなければ幸せだったのではなかろうか。彼女の不幸は出来損ないの自分が関わった所為で……
「でもね、それが出来たのはあなたのおかげ」
水面に雫が落ちるように、自分の中で何かが変わる。
「あなたと夜中にラーメン食べたじゃない?」
視界が戻ってゆく。
「たった一夜の思い出がね、いくつもの辛い夜を塗り替えてくれた」
真っ直ぐ、自分の目を見て彼女は言う。
「その一夜はあなたが居たから為し得たの。これからもまだ夜は来るでしょ? だから、どうか私と一緒に居て。」
世界が新たに色付いてゆく。
「例え動機が狂気でも、あなたは私を救ってくれたの。貴方の言葉が、笑顔が私の生きる希望なの」
出来損ないに、そんな言葉はもったいなくて。
「私は私を肯定する。もう死のうとしたりなんかしないよ。ただ私を信じて、助けてくれたあなたを、肯定する為に」
夢なのだろうか。こんな言葉は、もっとまともな人に贈られるべきで出来損ないには身に余る。
「だから笑おう。笑い合おう。辛かった過去も、消えない傷も、暗くて見えない未来も、あなたと一緒なら怖くない」
感覚が、認識が、この体が求めていたのは今目の前の女の子に送るべき言葉。未だ持ち合わせぬそれを、それでも探し続ける権利を君はくれた。
「一緒に笑おう」
泣きながら君は笑う。
君が語る未来が、その笑みが、狂気の暗闇を照らす灯りになる。
だからこそ。
どんなに狂気に塗れても、君が望んだ未来の為に。
ラブコメみたいな日々を。
愛し笑える日々を願うのだ。
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