第36話 捨て子達とある男の裏切り
博士の部屋に付くと一木と島田、そして半年前の大規模襲撃を生き残った十人の仲間。しかし部屋には一木島田以外に四人の仲間しか居らず、部屋の中央には二人分の死体袋があった。
「
葦戸博士が問う。
「野木と井坂です。投入された実験体、伊庭と会坂にやられました」
一木が答える。
「な、会坂は無事が確認された筈だろう?!」
「脱走騒動の時から我々を裏切っていた様です」
「……何てことだ」
博士のショックは大きい。会坂は博士が担当していた実験体。その実情を全く知れていなかったのだから。
「会坂は脱出したあの日からこちらを裏切っていた? あぁ、だからか。会坂が発見されてからだったな。ここへの襲撃が増えたのは……」
「多分ですが、半年前の襲撃で全滅したと思われていた我々が会坂に接触。生きていた事が分かり、再び襲撃を再開したかと」
一木が補足する。
「でも何故あの時、接触した私と一木を殺さなかったんだ? 会坂の実力ならこんな回りくどい手を使わなくてもできただろう」
島田の疑問。
「人目の多い場所で話しかけたのか?」
葦戸博士が問う。
「いいえ、あいつの住んでるアパートを見つけたのでそこで……」
「あっ。アパートの中に誰かいましたね」
一木が情報を付け加える。
「あの……」
「どした?」
自分の横にいた生き残りの最年少、
「あの確か、会坂さんには僕と同い年の妹さんがいたはずです」
「ああ、でも彼女は脳核型の被検体だった。善の様に動き回る事はできないが反面強い能力を手に入れ厳重に隔離されていてな。脱出の時も助け出せなかったんだ。まさか、研究所の外に出れるとは考えられないぞ」
博士が説明してくれた事実。もし、妹の自由を交換条件に持ちだされたら……
「裏切りの理由もそこにありそうだな」
妹は会坂の大切な者だったんだろう、会坂にとって。だから研究所に組して自分たちの内通をやっていた。
脳核型は自分と会坂の妹の二人しかいない。成功体の彼女と違って自分は廃棄寸前だったが。博士の語る「能力」に警戒の必要がある。身体能力を強化されている心核型と違い、その機能コンセプトは個体によって違う。ほとんどの脳核型の仲間は発狂の末に死んでしまったが、彼女は唯一の成功体。
どんな地獄を見てきたのだろうか。同型として、少し気になる。
「まあ、方針は変わらない。逃げるぞ。これ以上君たちを死なせる訳にいかない」
博士の提案。でも……
「すいません、博士。俺はそれはできねっす。迎え撃ちます」
実験体の一人、
「死ぬかもしれないんだぞ……」
「でも、すいません。俺は博士達から逃がして貰って、たくさんの幸せを味わえたと思うっす。それに……」
「俺が囮になる。お前らは生きろ」
「ミィ兄、何でだよ! あんた奥さんも子供もいるだろ、あんたこそ生きてなくちゃいけないよ!」
幼い頃から、実験体たちに慕われてきた彼のあだ名を叫ぶ。一木が必死で止める。
「あのなぁ、聡司。お前も分かってるだろ? 会坂は実験体の序列一位。序列二位の杏華がいても勝てない。このまま逃げても皆殺しにされるだけだ。あとな……」
頭を掻きつつ、柄木は渋々といった様子で現実を伝える。
「俺たち
「でも! 博士が造る薬さえあれば寿命だって……」
心核型の生命維持用メンテナンス剤。これは博士が精製を一手に担っていた。
「これを見てみろ」
「なっ!」
作業服の袖をまくられた腕は、皮膚が黒々と変色していた。
「
「博士、気にしないでください。ここまで生きられたのだって博士のお陰なんですから」
「……くそっ」
博士は立ち上がると、トイレの方へ向かってしまった。
「あらら、逆効果だった……」
「ミィ兄、ほんとさ。もうちょっとこう、タイミングってあるだろう?」
「
「いやー、だってさ。しんみりするの嫌いだし?」
「それに迎え撃つって言ったって、ミィ兄一人じゃ秒ですり潰されんじゃん?」
「俺も行くよ。どうせ二十三歳だしなー、諦めもつくってもんよ」
「良いのかよ、宗司。お前漫画家目指してんだろ?」
「全然売れないから、未練ねえわ~」
「えぇ……」
ミィ兄困惑気味じゃないか。
「私も良いぞ。サポートするよ」
「お姉ちゃん?! 何で!」
「ていうかさ、ミィ兄。もうバラしていいでしょう?」
美紀が柄木に確認する。
「ん~、わかった」
「今ここに居ない二人を含めた年長組の寿命な、あと一ヶ月あるかどうかなんだよ。寿命に個体差がある事は知ってるだろ?」
「だからって、こんな自殺と変わらない……」
妹の文は食い下がる。当たり前だ。自信の姉が死地へ行こうとしているのだから。
「だとしてもさ、文。あんたまだ十七だろ? それに善、聡司、杏華、
「俺たちと違ってまだ寿命が残されてるんだからさ」
「杏華ちゃんと文ちゃんは女の子なんだからさ。命短し、恋せよ乙女ってな」
ミィ兄。名尾さん。美紀姉さん。死んだ野木さんと井坂。みんなそれぞれの人生がある。みんが一生懸命生きている。それは多分、会坂にとっても一緒なんだ。
一人立ち上がり、トイレに向かった博士を追う。
トイレからは歯をこれでもかと食いしばり、泣くのを必死に我慢している博士のうめき声が聞こえた。
「博士、すいません。話があります」
例えどんな結果になっても、明石の元に返る。でも人の幸せを踏み台にして生き残れる程、図太くは生きられない。壊させてなるものか。みんな、幸せで居るべき人なんだ。
「ははっ」
自分に出来る事をやる。
ああでも、明石に怒られてしまうかもしれないな。
子供みたいな心配だった。
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