第21話 心傷風景 ケース1Ver2「道化のファイル」

 少年は私が少し吹き出すと、合わせてへらへらと相好を崩す。

 すると何処か軍人めいていた冷たい雰囲気は嘘のように消え、年相応の笑顔ではにかむ。


「やっと、笑った」


「この状況で笑える私はかなり凄いと思う」


 小匙一杯程度の自画自賛。

 

「んんっぎゅううううう! しゅごいいいいいい!!!」


「えぇぇ……」


 いきなり少年は奇声をあげる。


「ほ~う、これはウケないのか……」


 どうやら私を笑わせようと道化を演じてくれたようだ。

 にしてもやり方が独特過ぎる。


「こう、ね。もうちょっとウィットに富んだ感じでさ……」


 私は何のアドバイスをしているのだろう。

 売れない芸人同士の会話じゃあるまいし……


 少年の名前は何だったか。


「来島、来島善!!」


 屈託無く笑い少年は名乗る。


「そう、私はね。明石優。まぁ、お父さんから聞いてると思うけど」


「よろしくね!」


 この幼い少年のような雰囲気から違和感すら感じる。最初の軍人めいた口調は来島善という少年本人の意思とは別なのか。


 でも、


 見開かれた赤い瞳は、最初の様な不気味さはない。

 少し阿呆な印象は持ってしまうが、一時こいつを頼る他に道はない。


「死ぬ気で守ってね」


 冗談めかして、言ってみる。

 父に義理立てしてるだけで、こいつ自身はまだ信用できない。


「いいよ~」


 やけに軽い。

 疑念は深まるばかりだ。


「取りあえずね、明石博士の助手だった葦戸博士がいるとこに保護しようと思ってるんだけどそれでもいい?」


「葦戸さん?」


 父の研究助手で、何度かあった事がある。家族ぐるみの付き合いだった。

 ひょろ長で若いのに白髪の絶えない幸薄そうな人物だ。


「自分たち被験体の恩人だよ。君のお父様も含めてね」


「ねえ、お父さんは何をしてたの?」


 研究所。善の発言より、人体人体実験をしているのは間違い無い。

 父は制裁を加えられた。この少年達を逃がした事によって。


「君のお父様は、真人類計画。その中でも新型の脳核型ブレインコアタイプの研究を行っていたよ」


「さっきから気になっていたんだけど、ブレイン何とかって一体何なの?」


 善は急に難しい顔をする。

 まさかとは思うが……


「あんまり分かってなくて」


「だと思ったよ」


 当たって欲しく無かったけど。


「あ、でもお母様に渡す筈だった資料なら持ってるよ」


 母がの状況を見て譲渡を断念したのか。

 レインコートの懐から、ビニール袋に入ったファイルを取り出す。


「はい」


 渡された青い表紙のファイル。

 表紙には、『真人類計画 覚醒体 重犯罪者遺伝子における脳核型の作成』とある。


「私が読んでも良いの?」


「え? いいんじゃない?」


 適当ぉ……

 まぁいい。父がやっていた研究。

 何故殺されなければならなかったのか、少しでも良い、今は知りたい。


 ファイルを開く。

 ごく普通の、字体。重く感じるのは何故だろう。



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・真人類計画の最終到達目標

→人間本来の能力覚醒による進化実現。


基本情報

心核型ハートコアタイプ

 →心臓に覚醒核を移植。運動機能上昇における戦闘型。拍動上昇により脳認識、運動機能の両方において人間以上。

 →拍動上昇による心臓の劣化が著しく定期メンテナンスは必須。寿命は男女ともに平均の三部の一以下。

 既存被検体多数。


脳核型ブレインコアタイプ

→脳機能、個体の研究コンセプトにより覚醒核を移植。位置は不確定。比較的移植部位の機能が簡易な心核型に比べ、複雑な機能を有する部位への移植。

→複数の個体の発狂、脳機能低下を確認。心核型より慎重なメンテナンス必須。

 能力覚醒済み個体:1  覚醒途上個体:1(結果により廃棄可) 廃棄予定:3


 対象犯罪者:来島育敏くるしまいくとしの遺伝確認。

 対象事件:一家強盗殺人事件

     


 担当研究員:明石秀典  担当個体:来島善


 研究コンセプト『共感』

 →心核型のPTSD防止目的。

 →脳機能拡張による心核型の心的外傷治療、予防。

 →来島育敏の先天的共感性欠如、精神病質(通称:サイコパス)の遺伝による自己防衛。


 

備考:研究個体と面会、重犯罪者の遺伝子を持つとは思えない純粋な子供だ。

   手術以後の経過観察を実施する。

   

   また面談で本来無いはずの非覚醒状態「共感性」の存在を確認。

   以後の実験において発狂の可能性有り。

   抑制剤投与、ストッパー追加移植を提案。



--------------------------------------------------------------------

 


「……」


ここまで読んで、そっとファイルを閉じた。

 

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