第20話 心傷風景 ケース1 Ver2「父の置き土産」
「あ、やべっ」
少年は何か、悪戯がバレてしまった子供のような動揺の仕方をする。
近くにあった缶を倒し、中身が焚き火にかかる。
「あわわわわわ、火の手が弱まらねェ!」
「えぇぇ……」
彼がしていた焚き火は勢いを増し、橋に届きそうな程の火柱となる。
「まぁいっか、キャンプファイアだぜ」
「えぇぇ……」
炎が照らす少年の顔には、掻きむしったような痕がある。
「あららら、濡れちゃってるじゃん。ダメよお、女の子が体冷やしちゃ。焚き火当たっていきなさいな」
「ええぇ……」
状況理解が追いつかない。語彙力の著しい低下を感じる。
「え、でも……」
「んー、どしたの?」
少年の目は見開かれており、まともな人物ではなさそうな雰囲気。こちらの顔を覗き込むようにして、首を傾けている様は何処か不気味さすらある。
「あの火に近づくのはちょっと……」
「ゴメン、ちょい強すぎかな……オラァ!!」
「は?」
少年が手にした何かしらの液体の入ったボトルの中身を、焚き火へぶちまけると火の勢いは少し収まった。
「よし」
こいつは一体何者なのだろう。さっきから言動が意味不明過ぎる。
「着替えはどうするかな~」
何だか話が私の置き去りに進んでいる。
「え、ちょ、待って!」
「ん……了解」
少年は一切の行動を中止する。何処か、貼り付けた表情の不気味さも相まってロボットのような印象すら抱く。
「えっと、君は誰?」
「被検体番号二十九番、来島善。
意味の分からない単語の羅列、しかしかろうじて彼の名前は分かった。
そして、『被検体』という単語、その意味する所は……
「お父さんの……知り合い?」
「はい、お父様
見開いていた目も、軽薄そうな態度も消え去る。
少年が軍人のように直立する。報告する声も何処か無機質な感じすら漂わせて。
「……お父さんに、私を助けてって言われた訳?」
思い当たる節はある。
私を襲ってきた男子連中の内一人がはじけ飛び消え去った時、見た気がした黒い影。
「私を助けてくれてたのね……」
だったらさ……
「なんでさっき助けてくれなかったのよ!!」
不満が、怒りが爆発する。本来向けられるべきではない相手へと。
「助けた時もそう! なんであんなギリギリで……」
助けてくれた相手に向けるべきでは無い感情。
八つ当たり以外に何物でも無い感情と押さえつけてきたドロドロとしたモノが堰を切ったように溢れ出す。
「怖かった、辛かった、助けて欲しかったのに……」
「申し訳ありません。ご家族は護衛対象のため攻撃できませんでした」
あくまでも無機質に応答する少年。
「この……偽善者が」
吐き捨てるように言い放つ。
能面のように固まっていた少年の顔が歪む。
その様子に少し胸がすくような気分になる。
「あのなぁ、メソメソしてりゃ助けて貰えると思ってんじゃねぇぞ」
少年が感情を取り戻したかと思えば、口から出たのは予想外の糾弾。
「てめぇ、何から何までやられっぱなしで一つとして抗ったりしなかったじゃないか」
「うるさい……」
護衛と言っていたからだろう。
こちらの事を監視していたその様子を挙げ、少年は少女の罵倒に憎まれ口で応戦する。
「てめぇ、ろくに話した事無い奴の誘いにホイホイついて行ったり、母親を世話するばかりで壊れるに任せちまってる」
「うるさい!」
何なんだ、こいつは。
いきなり現れて、分かったような口を聞いて、意味不明な行動を取り、しかもこちらを馬鹿にしてくる。
「ふざけるな……」
ふつふつと、腑の中に溜まった汚泥のような感情が溢れ出す。
「ふざけるな! 私が! 私が何をしたって言うのよ! 何も悪いことして無いじゃん!! もっと上手くやれたことはいっぱいあったかもしれない……でも、そんなに責められるほどの間違いもしてないでしょ……何でよ、どうしてよ!!!!」
「……」
少年は答えない。無表情にこちらを見つめる。
「お父さんが何したって言うのよ! お母さんだっておかしくなって……あんな風になるべき人じゃなかった。なんで私は不幸にならなきゃいけないの?……何でよ、黙るな!! 答えろ!!!」
ささくれ立った感情は言葉を棘しく変わり、語気も荒くなって行く。
静かに、ずっと目を合わせていた少年の表情に変化はない。
その目が赤々と炎に照らされ輝くばかりで何の感情も宿していない。
「了解。まず秀典博士が殺害された理由として考えられる原因は二つ。
一、我々被検体。特に廃棄予定の個体を複数逃がした事による研究所側の制裁。
二、逃がされた被検体の中に研究所に内通していた者が居り、博士を殺害した可能性。以上です」
淡々と文章でも読み上げるかのように。
だがふと目につく、後ろ手に組んでいる少年の手から血が流れているのだ。
少しだけ、溜飲が下がる。
「ねぇ……お父さんとどんな関係だったの?」
このいきなり現れた少年は、少なくとも私の父からの命令で人を一人殺すだけの覚悟はあったことになる。
「お父様は、自分の担当研究員でした。お父様のおかげで自分は廃棄されずに済みました」
「そう……」
こいつの話を信じるならば、父への義理立てか。
「それとお父様よりにこれを渡せと仰せつかりました。『泣き虫ちゃん、誕生日プレゼントだぜ!』だそうです」
二つ一組のランプ形キーホルダー。私の誕生日に父が渡してくれるはずだったもの。自分の中の何かが弾ける。
「う、あ………」
それは幼い頃から父が私に言ってた言葉。男臭い、がさつな人だった。
『優は泣き虫ちゃんだなぁ』
もういない父が今は堪らなく恋しい。その喪失の実感が、今になってやって来る。
何かある度に泣いていた弱い私を、笑わせてくれた父、慰めるてくれた母はもう居ない。
苦しいな。
別離はただ悲しい。
お別れだ。
いっぱい泣いた。
焚き火に当たり、少年が掛けてくれた毛布に包まり泣き続ける。
私が泣いている間、少年は何か食べ物を作ろうとして失敗していた。
結局、食べられそうなものは先程炊かれていた白米のみ。
「あぢイ!」
……こいつ、やかましいな。
「ごめん、これしかないや」
「いや、多い」
三合近い量の炊かれた白米をプラスチックのお椀に盛っている。
「お腹減ってないの?」
「量がね、多すぎるの」
不思議そうな表情で見るんじゃないよ。
しぶしぶといった様子で少年は量を減らす。
少年は持っていた大傘を地面に刺し、パラソルのように使っている。
今は夜で空に太陽など無いというのに。
「何で、傘を差すの?」
橋の下に雨は降らない。時折、水滴が落ちるくらいだ。
「雨が、止まない」
輝く焚き火の炎だけが暖かく、冷たい雨はまだ止まない。
涙と嗚咽は止めどなく、月すら見えない曇り空。
少年は持っていた傘を開き、私へと差し出す。
橋の下には、雨など降っていないというのに。
「ずっと雨音がするのです」
何処か困ったような表情をして、彼は傘を私に差し出す。
「……」
涙を見世物とすまいという彼なりの心づかいか。
「ふっ」
八の字に寄せられた眉の微妙な表情も相まって。
少しだけ笑えた。
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