5章 せめて一時の幸せを

第24話 二回目の初めましてと傘持ちの行方

  眩しい。

 雑に閉められ、隙間が空いたカーテンから朝日が差し込む。


 目を開ける。

 明石の部屋。繋いだ右手のその先に、静かに寝息を立てる明石。

 昨晩の暴虐が嘘のように静かだ。


「やっと起きたか。この野郎」


 軽めのチョップが頭部に当たる。

 鍵をかけ忘れていたのか、一木が部屋に入ってきていた。


「その様子だと思い出したか?」


 自分の血に濡れた姿が何よりの証拠。

 

「すまん」


「いいさ、死体は掃除しといた。でもお前、一人死にかけのまま放置するなよ」


 ため息を吐き、一木は小言を宣う。


「残しといた奴どうなった?」


 まぁ、どうなろうが気にしないが。


「まぁ、則バラしたんだが凄いぜあいつ。あんなのでも被検体だったぞ」


 あの年齢で。

 つまりは……


「自分たちの先輩か……」


「あぁ、そうなるな」


 例え、被検体達は大人になっても研究所で使われる事に変わりは無い。

 一木にバラされた奴のように、刺客としてこちらに送られてくる事も多い。

 恐らくは半年前に、明石の母親を薬漬けにしやがった連中の一人。


「俺たちに殺されなくても、近いうちに死んでたさ」


 その言葉は、自分への気遣いなのだろうか。

 自分が背負わなくていいように、庇ってくれている。


「あの時、俺たちの到着がもう少し早ければお前は死なずに済んだ」


「過去のたらればを言っても仕方ないさ」


 そう、だからこそ。


「なぁ、一木」


「おう」


「優に合わせて演技してくれてたんだな」


「まぁ、三日と経たずにバレたがな」


 はずかしそうに頭を掻きつつ、一木は目を逸らす。


「……ありがとう」


 無二の親友へ、掛ける言葉はこれ以外にありはしない。


「気にすんな。とりま、お帰りってとこだな」


 やっと、本来の姿になれたような気がする。

 そして、思い出すべき過去の記憶も、この額の傷が出来た理由も取り戻せた。


「自分は今、どうなってるんだ?」


 素朴な疑問。自分は確かに頭を撃たれ、死んだはず。

 なのに何故か生きている。


「えっとだな、とりあえずお前はあの時死んでる」


「まあ、そうだろうな」


 はらわたこぼして、頭ハジかれたのに生きてたら驚きだ。


「頭のICチップがゲームのセーブデータみたいになっていて、それをクローンに移植したんだよ」


「えっと、つまり?」


 ちょっと話が難しい。


「今のお前は、中身のデータはそのままに機種変更されたスマホって感じだな」


「その割にスマホほど頭良くねえけどな」


「ぶははは! いいね、その例え」


 ん~、そこはかとなく笑い事ではない気がする。


「鏡見てみ、ほい」


 手鏡を渡される。

 そこには気が触れたかのように見開かれた目。

 しかし、瞳は黒かった。


「えぇ、目。これ自分のじゃない……」


「本物は明石さんが持ってるよ」


「OH……マジかよ」


 部屋を見渡してみる。

 一見、物が少ないが台所近くに謎オブジェ。


「まさか、な……」


 黒い幕が掛けられて居たので取ってみる。


「ははは! ビンゴじゃん」


 いや、一木よ。笑い事でないぞ。

 自分の目が、好きな女の子の部屋に飾られてるの何かとても複雑な気分だぞ。


 ホルマリン漬けというやつだろうか。

 謎の液体に浸された赤い瞳。

 自分の目がそこにある。


「なー。これって間接的に、自分が明石の部屋覗いてる事になるのかな?」


「うわー、えっちだ」


「「ヒッ?!!」」


 おい、自分はともかく何で一木も悲鳴あげてんだよ。


「お、起きたの?」


「ん、お腹空いた」


 寝ぼけているのか。

 明石は頭をふらふらさせる。髪はボサボサ、欠伸をして笑うその顔は美しい。


「ふふ、あとはお若い二人でごゆっくり。ほっほっほ」


 一木よ。ナイスだ。


「一木くん、ナーイス」


「へ?」


 何だよ。明石も一緒かよ、考えてる事。


「『へ?』じゃないでしょ。約束、守ってもらうから」


「はは……そう、だな」


 何だろう。抑え気味だったあの声は何処へやら。

 本来の君は、明るく、少し強引で、それでいて優しいんだ。

 

 それを思い出す。

 何故か、涙が止まらない。


「もう、そんなので私に『泣き虫ちゃん』なんてよく言えたよねー」


「っ、そうだよ。そうだよなぁ……くう」


 止まってくれよ。この目すら、自分の物ではないのだから。


「で、君の名前は?」


 これは始まり。自分と君が、あの時交わすべきだった言葉。


、自分は被検体番号二十九番。来島善と申します」


、私は明石優。優って呼んで、善」


 二人で笑う。

 交わしたかった言葉達。

 血も臓物も、憎悪も狂気も排して、ただ笑う。


 こんな朝を願っていたのだ。


 嗚呼、どうか今この時だけは幸せであることを許してくれ。

 この光景が幻でありませんように。

 君の笑顔が夢でありませんように。


「ねえ、今日って休日でしょ?」


「ん? あぁ、そうだね」


 実はの所為で時間感覚あやふやだなんて言えないな。

 明石は悪戯っぽく微笑んで。


「デートしよう」


「へhふい?@¥じゅ????!!」


 あまりにも突然な提案に、動じてしまうのは許しておくれ。


 


 












 




 



 


 

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