第14話 血塗れの友人と暖かな記憶
バラシ部屋に着く。崩れかけの廃墟と呼ぶに相応しい建物。周囲にも建物があるがそのほとんどは空き家だ。
過去、ここで解体された者達の血臭が部屋自体に染みついて離れない。
トタン製の建物へ入ると細い廊下の突き当たり、そこからはすでに刺客の男と思われる悲鳴が聞こえてくる。
「ああああ!」
「なあ、頼むよ。俺も別に好きでこんなことしてる訳じゃない。情報を少し話してくれるだけで良いんだ……よっと」
ゴリッ。金属が、肉と骨を潰す音がする。
「っくわ、ああああ!」
廊下を抜け、室内の様子を伺うと刺客の男の左足指の最後の一本が潰れる瞬間だった。
「お、来たか」
赤い肉片が付着した金槌を片手に、返り血で顔を汚した一木が出迎える。
「来たか、じゃないよ。ぐっちゃぐちゃじゃないか……」
刺客の男の足は見るに堪えない状態になっている。
「こいつがお前を出せって、それまでは喋らないってさ」
「え、話すなら痛めつける必要無かったんじゃ……」
「まぁ、そこは、な?」
「ええー」
一木の悪い癖だ。必要以上に痛め付ける。
「こいつ杏華に近づいたし」
殊更、島田が関わるといつもこんな感じだ。
「ハア、お前らぁ! 只で済むt」
「うるさいよ」
「うぐっ、ああああ!」
話そうとした男の左足を一木は踏みつける。あまり見ていて気持ちの良い光景では無い。早々に用事を済ませて帰ろう。
「で、自分に用事って何?」
刺客の男は自分を見るなり、歪んだ笑みを見せる。
「てめえ、やっぱ生きてやがったか。
「ん? 何か初耳な単語が聞こえたんだが?」
「は、何だ。てめえら何も知らないで殺してのか?」
一木は恐らくボイスレコーダーを忍ばせていたのだろう。手をポケットに突っ込み、状況を伺っている。
「おじさん、自分と会った事あるの?」
「は? 何言ってやがる! てめえは俺の仲間皆殺しにしやがっただろうが!」
(やかまし)
この時ばかりは声に同意だ。しかも身に覚えのない嫌疑を掛けられてはたまったものではない。
「てめえとあの娘のせいでどれだけ死人が出たと思ってやがる!」
これまた新情報。『娘』なる存在がいたようだ。額の傷を中心にズキズキとしてくる。
(思い出せ)
この男と話しているとやけに頭が痛い。放っておいたら久しぶりに聞こえてくる正体不明の呼びかけ。
「聞いてるのか?! 二十九番!!」
「何なんだよ、もう」
話が通じない。意味が分からない。
「……てめぇら、まさか」
男は何かに驚き目を見開く。
面倒くさくなってきた自分は一木に向き直る。
「なー、もう帰って良い?」
ガコン。金属の鈍い音。
「おい! 善!!」
一木が叫ぶ。
その目線の先には、口から仕込み銃を出した男の姿があった。銃口はこちらを向いている。
「ッ!!」
慌てて、頭部を守る。
乾いた音が室内に響く。
「は?」
銃弾が発射されるその刹那、一木が自分の前に割り込んだ。
一木が崩れ落ちる。
「……チッ、外した。
どうやっているのか、男は仕込み銃を口内に格納し、喋る。
「(……)」
一木が落とした金槌を拾う。
何も考えず、椅子に縛られた男の側頭部を殴る。
「がっ」
男が苦痛に声を上げるが気にしない。する必要がない。
殴る。
何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。
男は動かなくなった。割れた頭蓋からピンク色の肉塊が溢れる。
その光景をただ眺める。
額に触れる。傷は無い。
(夢か……)
ガチン。
頭の中で音がする。合ってはいけない歯車が噛み合う音。
額が急激に熱を帯びる。
「(ああああああああああああああああ!)」
額の傷を、無理矢理開こうと掻きむしる。
生まれてしまったその罪に、贖いを求めるように。
指を突っ込む。
ズブリ。
「あ……」
頭の中に音が聞こえる。
視界が暗転する。
*
眩しい。
眠い。
欲しい。足りない?
いや、大丈夫。
西日が眩しい。
心臓の辺りに妙な違和感を覚える。
隣を見ると杏華がいる。いつもの河原。いつもの時間。
あぁ、良かった。彼女の存在は俺の枷だ。
もし居なくなってしまったら、まともでいられる自信が無い。
杏華の表情は暗い。
当たり前だ。あと数日後に、研究所の連中が大規模な部隊を派遣して俺たち脱走者を掃討しに来る。
三十二人の脱走者の中で、彼女の総合序列は二位。雑兵の俺とは責任の重さが違う。
「杏華、大丈夫。会坂だって居るんだ。今回だってなんとかなるさ」
「うん」
毛先が少し跳ねている彼女の髪の毛を風がさらう。
体躯座りでまるで自身を抱きかかえるように、彼女は泣きそうな声を漏らす。
彼女の不安を少しでも取り除いてあげたい。何が出来る?
「安心しろ、杏華の背中は俺が守る」
嫌になる。
彼女に背負わせてしまっている現状が、無力な力しか与えられていないことが。
「そんな大口叩いて、あっけなく死んだら絶対許さない」
杏華は少し笑ってくれた。目の端に涙を浮かべながら。
少しつり上がった君の三白眼に、涙はきっと似合わない。
強くあろうと頑張って、たくさん苦しんで、抱えきれなくなって一人で泣いてた。
糞みたいな幼少期。だけど……
唯一、光輝き忘れられない君との思い出。
いつも不適に笑い、心で泣いてるどこか危なっかしい君を。
守りたいと思ったんだ。
その為だったら、手を汚す事は厭わない。彼女の前に立ちはだかるなら、その一切を駆逐しよう。
「大丈夫、これでも結構強くなったんだぜ」
金槌で叩き潰し、ノミで突き刺す。彼女の敵がもう起き上がらないよう、その心臓に打ち込む為の武器。
守る。何があっても。
「ふふ、頼んだよ」
俺の虚勢を、彼女は暖かな眼差しで見つめ……
「なっ!!」
頬にキスをしてきた。
顔が熱くなる。
当の杏華の顔も真っ赤じゃないか。
「はは、調子乗り過ぎた……」
赤い顔で照れる彼女の唇を見る。
「「……」」
もう一度……
「うわあああああああああああああああああああああああ!!!!」
緊張の瞬間に、音割れしたような悲鳴を上げて。
自転車で宙を舞う、来島の姿があった。
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