第13話 予期せぬ会遇と覚え無き感情

 放課後、数時間前に脅した三名の件で呼び出しを食らっていた。


「来島、お前何してんだ……」


 クラス担任の教師どの、すいません。貴方にも迷惑をかけてしまった様で。

 

「あの子達三名について、いきなりお前が襲ってきて岸宮知花きしみやちかの 

 首を絞め、剰え『殺す』と脅していたという証言が来ている……」


(ん?気付かなかったな。周りに見ていた奴がいたのか)

 今度からは気を付けなければ。


「しかし、当の被害者達からの訴えは無い……」


「ふーん、じゃ自分冤罪では?」


「待て、そう急くな」


 まぁ、あの三人には何かチクろうものならもっと怖い目にあってもらおう。


「入学以降お前の素行に問題は無い。何かあったのか?」


 お節介なこの教師様は眼鏡に痩身の男性、いかにも気が弱そうに見えてしっかりと事実究明を行うらしい。

(こんな学校には惜しい人だな)


「犯行の可能性があった人物達に釘を刺したまでです」


「内容は?」


 本当にこの人、凄いな。

 教師なんて頭ごなしに否定してくる奴らばかりだと思っていた。


「自分と同じクラスの明石優への暴行を画策していました」


「……そうか、それと同時にな。お前を擁護するような証言も来てるんだ」


「ほう、ちなみにそれは何処のどなたが?」


 自分の味方が学校内に一木、島田以外にいただろうか?


「二年の伏見灯だよ。何だ、知り合いか?」


「いえ、お名前を伺ったくらいです」


(もしくはクリームパンを貰った仲です)


「お前をこの学校の生徒会長がお前は悪くなかったと証言しているんだ。

 幸い相手方は何も言ってこない上に、証言することを拒否している」


(先輩は生徒会長だったのか、また借りが増えてしまった……)

 しかも今回の借りは返せるか怪しい程にでかい。


「以降は軽率な行動は控えろよ……」


 怯えた様な目。

 ああそうか、この教師は自分と関わりたくなくて事を大きくしたくないのかぁ。


「善処します」


「そこは素直に『はい』で良いんだよ」


 不毛な時間だったな。しっかりと礼だけは済ませ職員室を出る。


「大丈夫だった?」


 そこには明石がいた。

 (良かった、無事みたい)


「うん、ちょっとトラブっただけだよ。昼休みどうしてた?」


 荒む心とは裏腹に、笑顔を自らに強制する。

 結局明石を探しきれなかった為せめて場所だけでも把握しておきたい。


「杏華ちゃんと一緒に教室で食べてたよ」


 あのキリングマシーンと一緒なら安心だ。


「帰ろう、今日は天気も良いし……」


「ん、どうしたの?」


 急に会話が途切れた自分を心配そうに明石がのぞき込む。


「洗濯物干すの忘れてた……」


「うわぁ、この天気で干してないのは後悔するね……」


 同情する明石は目を細めて窓の外を見る。西日差し込む校舎はどこか現実から浮いているような雰囲気を醸し出す。


「まぁ、いいや。帰ろう」


「うん」


 心なしか明石の様相に影を感じたのは気のせいだろうか。


 靴箱で靴を履き替え、昇降口から校門へと出る。


「因みに今日のピザパンは美味かった?」


「美味しかったよ。でもね、杏華ちゃんがお弁当分けてくれてね」


「ほうほう」


「煮物が凄く美味しかった……」


 恍惚とした明石の表情。

(胃袋掴まれてますやん……) 


 そういえば島田は料理上手かったなぁ。ライバルに引き離されてしまったような敗北感を勝手に味わう。


「私、杏華ちゃんに料理教わろうと思ってるんだ」


(んん~、完全敗北? いや、まだだ。まだ終わらんよ)


 歩調は緩やかに、明石を追い抜いてしまわぬ様に。

 あのボロアパートへの道のりが確かに歩く。


 アパート近くの路地に差し掛かった時、


「おい、優」


 派手な格好をした女性が声を掛けてきた。厚塗りな化粧の所為で年齢が窺えない。きつい香水が鼻孔を刺激する。


「お母さん……」


(……こいつ!!!)

 明石に心傷風景を、あの地獄を作り上げさせた元凶。許す訳にはいかない。

 腰を落とし、いつでも飛び掛かれる体制に構える。


「うぅぅぅぅぅ……」


 無意識に唸り声が漏れる。自分の物では無い憎しみが、感情を支配する。

(殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ……)


「善、大丈夫。大丈夫だから」


 いきなり明石に名前を呼ばれ、急速に思考が戻ってくる。

 初めて名前を呼ばれた……

 

「なんだ、そいつ」


 化粧女が自分を一瞥する。


「ごめん、先に帰って。お母さんと話したいから……」


「はん、高校生になってすぐに男ができたのか? この淫売が」


 およそ人の親が我が子に言う言葉とは思えない。

 吐き捨てるかのような言い方に、落ち着いていた腑が再び熱を帯びる。


「……テメぇ!!!」


「やめて!」


 明石の叫びが爆発しかけた自分に理性の枷を付ける。

(殺してやる)


 明石がこちらに向き直る。


「ごめん、お願い。今はお母さんと話させて」


 目を合わせ、懇願するように彼女の瞳が揺れる。


「……分かった」


 化粧女の方を見る。スマホを見てこちらに興味も無さげな態度が癇にさわる。

 明石を残し、アパートへ向かう。


 ある程度距離を置き、二人の様子を観察する。話している様子はあれど、争っている感じではない。


(大丈夫……なのか?)

 考えても仕方の無いことなのかもしれない。

 答えの出ない思考ループを遮るように、携帯に着信が入る。


 画面を見ると一木の表示。


「どうした?」


「バラシ部屋に来れるか?」


 バラシ部屋、その名の通り研究所から送られてきた刺客をバラバラにする拷問部屋の事。もと有った廃工場の木材シュレッダーに解体した死体を入れ処理をする。

 血生臭いことこの上ない部屋。集合の催促とは……

(何かあったか?)


「分かった。今から向かう」


 調度良かったのかもしれない。自分の嗜虐的な部分が膨れ上がっているのを感じる。気を静める絶好の機会だ。


 直ぐに駆け出し、後ろを振り返る事は出来なかった。


 

 









 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る