第16話 守れなかった後悔と果たすべき約束

 ギリギリと音がする。


「あ」


 視界が復活する。眼前には切迫した表情の一木。


「目を覚ませ、ゼン!」


「ヘブシッ!」


 目覚めの一発が顎にクリーンヒット。

(あらやだぁ、DV! 訴訟よ、訴訟案件よ!)


「う……るせ」


「はぁ、良かった。目が覚めたか……」


 ほっと胸を撫で下ろす一木。


「いや、こっちはお前のお陰で覚めない眠りに着くとこだったよ……」


「だってよ。お前撃たれて、気絶したかと思えばいきなり起きておっさん殺しちまったんだぞ」


「サイコかな?」


 ふらつく頭を振って、痛みを誤魔化す。額の傷口の血は乾き、固まっている。


「良かったよ。掠っただけで出血もそこまで酷くなさそうだ」


「お前こそ、な」


(……夢じゃお前が撃たれてたんだよ)

 一木には心配と迷惑を掛けてばかりだ。


「すまんな、ホント……」


「良いさ、もう大丈夫そうか?」


 体を起こす。額以外に傷も無い。周囲を見渡す。


「ん、あれ? おっさんの死体はどうしたの?」


 椅子に縛り付けられていた男の姿が無い。


「あぁ、あいつならもうバラしたよ」


「ええぇ」


 気付けば血臭が強くなっている。どうやら本当の事らしい。


「今日はもういいぞ。帰ろう」


「情報は?」


「あんまり有益では無かったかな。まあ録音を博士に託すさ」


「おっけ」


 帰り支度を早々に済ませる。


「一木、今日ホントにごめん!」


「良いって、それより早く帰りたいんだろ?」


 見透かされてますやん。

 正直、明石とその母親の会遇があった為に心配で仕方が無い。


「すまん、じゃぁ!」


「あいよ~」


 駆け出す。

 夜の空き家街は不気味で仕方が無い。

 灯一つ無いボロ屋の間を道なりに進んでいく。


 アパートに着くまで、そう時間は掛からなかった。

 明石の部屋、一○三号室の前に立つ。

 

「明石、いる? ごめん、話したいことがあるんだけど」


 要らぬ心配なのかも知れない。しかしあの母親、明石が話してくれた過去。

 胸の中がざわつく違和感が拭えない。


「ん?」


 インターホンは鳴らした。反応がない。

(寝てる? いや……)

 ドアに鍵が掛かっていない。


「は?」


 思考が停止する。

 玄関下、ポーチと呼ばれるそこには無数の足跡がある。


 (……)

 嫌な、想像だけが頭を駆けめぐる。

 頼むから、当たらないで欲しい。


 ゆっくりとドアを開く。


 暗い部屋の中、むせ返る程の血臭。

 部屋の中心、血の海の中。


 首に包丁を突き刺された明石がそこに居た。


 「(…………)」


 心の温度が、急速に冷えていくのを感じる。

 反比例するように、額が熱を帯び始める。


 また額には……が無い。

 少しだけ、安堵する。


 これがならば、まだ彼女を救うチャンスはあるのだから。


 血臭に紛れて、血液とは違う独特の臭いのする体液の臭い。

 争った痕跡有り。着衣の乱れ有り。


「あぁ、そういうことか」


 理解した瞬間、はらわたがちぎれそうな怒りを感じる。

(殺す)


「あぁ、絶対に。できる限り残酷に」


 状況から見るに、事件が起って明石はその後に自殺したのか。

 床に包丁の柄を押しつける様にして、刃を首に入れたのだろう。

 うずくまる様な姿勢で死んでいる。


 仰向けに寝かせ、握っていた包丁を放させようとする。

 死後硬直の所為か、中々離れない。

 やっと離してやれた。


 白く、美しかった手は抵抗の証だろう。傷だらけになっている。

 体中の痣、破かれた衣服、この報いは必ず受けさせる。


「(だから、今はお休み)」


 そう、呟いて彼女の目をそっと閉じさせた。






 





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