3章 「人」になんてなれないよ
第9話 解決すべき問題と明日への展望
自らの過去に向き合い、泣き疲れたのか、明石は眠ってしまった。しかしその顔は何処か安心している。明石の部屋に布団を敷き、彼女を寝かせて自室に戻る。窓の鍵が開いているが誰か入ろうものならそのときは、ポリスメンに来て貰おう。
(守りたい、この笑顔ってか?吐き気がするな)
「ああ、そうかもな。自分を犠牲にしてでも守りたい大切な物……。これって偽善なのかな」
(間違いなくそうだ。人の本質は自己保存。その逆をなそうとするのは救えない愚か者か、理屈さえ理解出来ない狂人だ)
「じゃあ、それでいいや」
声の発言はとても思想強めなので聞いていて疲れてくる。話を流して行くことも大切そうだ。ミュート機能とか無いんかな……
(残ぁ~念!ありませぇ~ん)
……ウザッ。
「この状況を把握しなければ……」
郵便受けにあったチラシを掴み、ペンを手に取る。
(紙に書いて整理しようって辺りで頭の出来が窺えるな)
本当にうるさいな。声が活発化してきている。この件も含めて考える必要がある。
今、直面している問題は何か。チラシの裏を用いて箇条書きにする。
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・心傷風景への接続成功と対策
→あの夢はいったい?
→明石の心傷風景に接続。なぜ?
→声活発化、おそらく接続による影響?
・明石の心傷風景と傷、傘について
→化け物。首無し女、杭はおそらく明石に直接的にトラウマを与えた人たち
明石の話より。母親とその取り巻きと予想。
→風景全体は、明石の昔の生活環境?
→おそらくは人形が明石。←傷を確認。足枷の意味は?
→傘持ちの化け物。←明石が持ってた傘と一致。昔、明石を守ってた人?
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実験については博士に夢の事を詳細に伝えていないこと、またその意味や正体が不明であること。そして声の再発について報告出来ていないことが気がかりだ。あの夢は何だったのだろうか。明石が首を吊る。あれは確定事項という訳ではないように思える。
そして、明石の心傷風景。先程の明石の話と照らし合わせる事が出来る符号がいくつか見つかった。
まず、首無し女は明石の母親とみて間違い無いだろう。取り巻き……母親がけしかけて来た男。ここが大きな心傷の原因と考えられる。
だが傘持ちの存在が分かったのは収穫だ。明石を守っていた人物となれば彼女を救えるヒントを持っているかもしれない。もしくは彼女の心傷要因の存在も……
「今後の目標としては、傘持ちのモデルになった人物の捜索が最優先事項か……」
彼女を守る存在、これは明石の心傷治療には必要不可欠。
(……肝心のお守りは他人任せか?)
「自分自身の無力は理解してるつもりだ。現実的な手段をとってるんだよ……」
(あんな大層な言葉を吐いといて、救いようが無いな)
「黙れ」
声の皮肉が度を越してきた。いらつきを押さえ、思考に戻る。
しかしあの抽象化された世界では、傘持ちがどういう人物かなどは分からない。傘持ちと接触するためのヒントを明石から得ねば……
彼女の精神的地雷が何か、それは心傷風景に潜って手探りで確かめる。そして傘持ちの正体を突き止め、明石の側にいさせる。何が何でも……
現状の彼女の精神は、いつあふれ出してもおかしくない状態である事が予想される。故にどう見ても怪しいが明石自身を庇護しようという自分の存在に、彼女は依存しているのだろう。おそらくは過去の傘持ちと自分の存在を重ねてしまっている。
(それを利用して近づいてるお前は隅に置けないなぁ)
声の皮肉は切れ味を増していく。
「糞が」
吐き捨てようと自分にしか聞こえていない。独り相撲とはこのことか。
騒々しい電子音。
部屋の隅で充電していた携帯が鳴っている。画面を見ると一木だった。着信に出る。
「何だ?」
「捕獲の時間だ。集合場所はいつものとこな」
「分かったよ」
嗚呼、過去はどこまで自分を縛るのだろう。
「今回は掃除の必要は無い?」
一木との着信はまだ継続中だ。
「相手は一人。じゃ、待ってるから」
着信が切れる。
支度をする。
なるべく黒い服装を選び、玄関に隠していたゴム紐の巻かれた鉄パイプを手に取る。その先端は電動ノコギリでも使ったのか、竹槍の様に鋭くなっている。左手には、異常に長い革製ベルトを拳を中心に巻き付ける。目出し帽を被り、完成だ。
「こんな姿、明石には見せられないなぁ……」
人間が誰しも持ちうる二面性。自分の場合は明石の安寧を願いつつ、博士の追手に危害を加えている。
(何ともまあ、)
「(救いようが無いな)」
分離している声との考え方も自己嫌悪に関しては一致している気がする。
まとまらない思考は放り出し、一木との集合場所に急ぐ。
いつもの集合場所、薄汚れたビルに挟まれた路地裏。監視カメラの死角は事前に把握している。ここはそのうちの一つだ。
自分と同じように目出し帽を被り、右手に金槌、左手にノミを持った一木がそこにいる。格好だけで言えば、銀行強盗を計画している彫刻家だろうか。
「よお、意味深な仏様製造機」
一木への挨拶に声の影響か、含めなくても良い皮肉を込めてしまう。
「そこは仏師で良いんじゃないか?」
一木は苦笑いしながら答える。本当に申し訳ない。
元孤児が、まともな武器を持つはずも無い。だから自分たちは身の周りにある物で武装するのだ。
対して博士を追っている連中は銃器を持っている。ガキとモヤシ研究者たる博士相手にずいぶんなことだが、ガキは全員が元実験体。廃棄物だった自分は何の能力も無いが、一木や島田は何かしら特別な力的な物を持っているのだろか……
「一木は、何か超能力的なものないの?」
「善、お前さ。毎回聞いてくるけど、何もないぞ。ちょっと喧嘩強いくらい」
「え~、ただの腕自慢のヤンキーじゃん。何のための実験体だよ~」
「特大ブーメラン、ぶっ刺さってますぞ~」
親友との会話が、ささくれ立っていた心を沈めてくれる。
自分たちがどういった実験を行われていたか、その目的すら定かでは無い
まぁ、何にせよ。非合法甚だしいがそれはこちらも同じ。どちらも後ろめたいことを隠している為に、公的組織にバレないように行動する必要がある。
「今回は杏華が囮をやってくれてる」
「……よく許したな。お前ともあろう者が」
彼氏彼女の関係を越えて、もはや子を心配する親の様な表情を一木はしている。
島田に対し、過保護と言えるまでの執着を見せる一木。島田はというと一木の関心が余所に向いていたら多少は拗ねるが、基本島田本人の信念の元に動いている。
今回はそんな島田が自らの囮役をごり押しして、一木が折れた構図だろうか。島田は国体選手としても有名、研究所側にバレしてしまっているため好都合という打算で彼女が一木を説得したのだろう。
「ふふ」
「何だよ」
突然笑う自分を、一木は訝しむ。
「いや、何か昔のまんまだなって……」
一木が好奇心旺盛な島田を心配し、それについて行こうとして転倒する自分を二人が起こしてくれる。懐かしい、まだ何も知らなかった頃の思い出。
「……善。それ何かフラグっぽいから止めた方が良いぞ」
「縁起でも無いこと言うなよ~」
「ハハ、ん?……静かに、そろそろだ」
手で了解の意思を示す。今回のターゲット。おそらく博士の居所を突き止めようとやってきたと思われる人物。被検体仲間が情報提供によって発覚した。
脱走者達にはそれぞれ役割がある。
研究所『スギノ園』関係者の情報を収集する者。
随時得られた情報を元に、研究所が送り込んでくる刺客を排除する者。
そして一木や島田の様に博士の居住地帯周辺に住み、護衛する者。
ちなみに自分はこれら例外にあたる、ただただ博士に治療されてる者だ。
今回の様に、刺客の数が少ない場合は捕獲が実行される。危険性が高いと現場で判断された場合は掃除にもなり得る。
これらの取り決めは半年程前、研究所からの大規模な襲撃があった為だ。当時32人いた仲間は、今や13人。犠牲者の中にはスギノ園内にあった格闘訓練施設道場で一木や島田を下す程の猛者もいた。
子供が19人も殺されたというのに、世間はこの情報は一切流れていない。研究所のバックには余程巨大な組織がいるのか、そんなことはもはやどうでも良い。決定的に無力な子供故に、自分たちはいつも大人に嬲られる。大人に対する憎悪や、自らの無力への後悔が生き残った脱走者たちを強くしている。
『来たぞ』
一木のハンドサインが向かいの路地裏にたたずむ島田を指す。一木は配置につくため、目出し帽を被り直して路地裏を進む。
自分も腰を落とし、姿勢を低くしつつ囮の島田を中心に一木の対角線上に来るように配置についた。
路地裏は物が多くて助かる。スラム街のようなこの町も最近は表通りが整備されてきた為に非合法な事はやり辛い。
(ターゲットは……男が一人)
視認できる距離に男がいる。表通りに姿を見せ、戻ってきた島田の後を付け、まんまと路地裏に入ってくる。
(死ぬんじゃねえぞ……)
まさか声が心配してくるとは、驚きだ。
「死なないさ」
誰に語りかけるでも無く、自分に言い聞かせる。
「明日、明石と料理を交換するんだ」
どの口で約束など抜かすのかと声には叱られそうだが、
「あの約束が、楽しみなんだ……」
こんな屑な自分だが、ささやかな幸せを夢見ることくらいは許して欲しい。
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