第6話 心傷風景 ケース1「火、非、否」
トラウマって知ってるか?
まあ、知らねえやつの方が最近は珍しいか。一般的には、心の傷。人の過去に起きた辛い出来事などを指すが多い。心的外傷とも言い換えられるな。
ん? ああ、そうだ。PTSDの原因的体験という認識でもかまわない。
心的外傷ってやつはな、これまた傷を負った対象者によってその理由も重傷度も違う。中には複数の外傷的体験が積み重なって、一つのトラウマ体験が連想される出来事が起ると連鎖的に他のトラウマ体験も思い出しちまうケースもあるらしい……
まぁ、何にせよ。世の中、トラウマ抱えてない人間の方が少ねえんだ。生きてりゃ少なからず嫌なことはあるし、人が死んでる分、誰かが傷ついてるかもしれねぇだろ?
大なり小なりみんな何か抱えているんだよ……
おっと、人によって考え方は違うってことだけは忘れんなよ。人の心に関わることを普遍化することほど愚かなことはねぇからな。矛盾はほっとけ。
食い物の好き嫌いみたいなもんだよ。アイスなんかが分かりやすいか……。チョコミントのアイスって、結構人によって好みが分かれるだろ? 歯磨き粉みたいだって言うやつもいるし、狂った様に食うやつもいる。人の心はもっと複雑怪奇だぜ。
あー、話が逸れた。
えっと、人の心はそれぞれ違って、複雑になってて、トラウマも同じってのは分かったか?
そして、だ。
『人ってのはそれぞれ心の中にトラウマに起因した風景を持ってんじゃないか?』って俺は考えた訳よ。
名付けて、「心傷風景」。
話が飛び過ぎ?
あー、心理テストでよ。「樹木テスト」って知らないか? 対象者に木を描かせてその描き方で精神疾患の有無が分かるみたいなのがあんだよ。それがこの考え、もといこの研究の土台にある。まぁ「樹木テスト」とは違って対象者の表現力によって、正確に読み取れるかが変わってくるのが問題なんだよな……
トラウマの深度によっては記憶に蓋しちまってるやつもいるしよ。だからさ、作ってみたんだ。「心傷風景」を読み取る機械。
は? 変なチューブがついたフルフェイスヘルメットじゃないかって?
……仕方ねェだろ。材料はあり合わせなんだよ。
対象者の脳波と事前に入力したトラウマ体験に関する情報によって、トラウマ体験を抽象化した形で映像再現するんだ。この装置を開発目的はトラウマ深度の高い、トラウマ体験の記憶に蓋をしてしまった対象者の治療にある。
さぁ、長かった説明もここまでだ。今回はその「心傷風景」の一例を紹介しようじゃないか。
暗い。
暗い。苦しい。
暗い。痛い。
暗い。熱い。
暗い。寒い。
暗い。ひもじい。
暗い……つらい。
辛い。ツライ。
つらい? つらい!
つらい……助けて。
その風景。空は暗かった。
星一つ見えない空からは絶えず冷たい雨が降っている。空にある無数の眼球から、涙がこぼれている。
それが雨の様に降りしきっているのに地面は絶えず火が
その景色の中心には、足枷を付けられた少女の人形がへたり込む。足下は燻り続ける地面に焼き焦がされ、その白磁の様な肌には焦げ痕が刻まれている。全体に燃え広がるのも時間の問題だろう。
人形の周りには様々な形の化け物が居る。
一見、派手で露出度高めの服を着た女性に見える個体。しかし有るべき場所に頭は無く、代わりに下半身、股の中心部分に頭がある。
しかもその顔は滅茶苦茶だ。
顔の中心部分には顔の左耳部分を上にして大きな口が汚らしい程、赤い唇を蠱惑的に動かし続ける。目はその口を挟むようにして、本来あったと思われる位置にあるが。口と場所を入れ替える様にして顎と思わしき部分に鼻が有る。生理的な嫌悪感の塊の様に感じられる。
その首無し女の化け物に付き従うようにして、生肉で出来た様な杭が蠢いている。生肉の部分に巻き付く様にしてある血管がビクビクと動き、気持ち悪い。
そして首無し女が肉の杭を地面から引き抜くと、少女の人形めがけて槍投げのようにして投げつける。
すると地面の灰をまき散らし、最後の化け物が姿を現す。黒いレインコートのフードをすっぽりと頭にかぶり、素顔は窺えない。矮躯、なれどその傷だらけの右腕には自らの体のサイズ以上の黒い傘を持っている。
その傘で投げられた杭を、一振りで叩き潰す。今にも首無し女に襲いかかろうとしている様に前傾姿勢を崩さない。まるでそれがある種の構えかの様に。形は今までの化け物の中で一番人間らしいのに、仕草や雰囲気からは野生動物の様にも見える。
少女の人形をかばうようにして傘持ちの化け物は首無し女と対峙する。少女の人形には涙の雨が降り続く。それを避けるように、傘を開き、少女の人形近くの地面にビーチパラソルの様に突き立てる。
その間にも首無し女は杭の投擲を止めない。傘持ちの化け物は、少女に向けられたその全ての攻撃を叩き落とす。傘を持たず、素手にて杭を受け止め、へし折り、千切り捨てる。そして空に向かって咆哮する。
「思い出せ」
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