第2話 何気ない日常と傘持たぬ彼

 前日の話。

 自分のチョロさには頭を抱えざるを得ないが、まさか女子と仲良くなれるとは思わなかった。


(浮かれちまうなぁ)


 おかげで脳内ハッピー○ットである。朝の教室にて徐々に人が増えていく中、一人で思わずニヤニヤしてしまう。


「何か良いことあったのか?」


 そう言ってきたのは一木聡司いちき さとし。小学校に上がる前から知り合い。幼馴染みというやつである。

 身の丈180センチを超えるイケメン野郎。色素の薄いさらさらヘアと通った鼻筋に細い顎、少女漫画にでも出てきそうだ。


(顔面偏差値制度があるなら、有名大学入れそう)


「隣に立つなよ」


「酷いな」


「惨めな気持ちになるから!!」


「お前のそういう卑屈なとこ俺は好きだけどな」


 いい笑顔で冗談めかして言うが、相手は男。

 言われたこちらは寒気を感じる。

 十年以上も絡みのある友人だが、このくさいセリフを言ってくる癖はどうにかしてほしい。


「そういうセリフはおめえ、彼女に言ってやれよ。喜ぶぞ、絶対」


「ああ、でもローキックが飛んできそうだ」

 

気のせいだろうか、一木の顔が青くなっている気がする。


「空手の国体選手を口説いたお前の業だ。存分に蹴られろ」


 そう、一木は彼女持ちというイケメン特有のプロフィールがある。だがここまでの情報からも分かる通り、お相手の女性はただ者ではない。


「おはよ」


 ご本人登場。

 島田杏華しまだ きょうか。身長170センチ、つり目がちな三白眼にドスのきいた低い声。一見、モデル体型の細身に見えるが、無駄なモノを削ぎ落としたが故の細さである。くせっ毛気味な髪は後ろで縛っている。


 空手の国体選手であり、一木や自分とは同じ道場。つまりはこいつも幼なじみだ。痴漢を一撃で撃退したことから「島田に二撃目はいらない」なんて言われている。一木という尊い犠牲を払って確かめたところ、彼は美しい放物線を描いていた。


「何、二人して私の悪口か?」


 冗談めかして言っているようだが、少しむっとしてる。


(多分、島田のこういった隠し事できないとこが一木は好きなんだろうな)


「一木に口説かれた、これから恋のライバルや。よろしくな」


「ハァー。だったら私、何年あんたとライバルやってんだよ」


 呆れ顔でため息をつく島田。

 この二人は数少ない、素で話せる自分の友人だ。

 島田が自分の額に視線を移す。


「顔の傷、中々消えないな。ホントに何でそうなったか覚えてないのか?」


 自分で傷に触ってみる。ボコッと皮膚が盛り上がっており、見た目以上にグロい感触だ。


「怪我した理由も覚えてないのはヤバいぞ」


 二人して追求してくるこの話題。コンプレックスの原因たる額の傷についてである。この傷、不思議なことに何でこうなったか全然覚えていない。かなり深く頭をやられた様で、傷が出来る前後二週間くらいの記憶が曖昧なのだ。傷が出来て半年以上立つが、中々消えてはくれない。そのためか二人とも何かとこの傷を心配してくれている。


 しかし元より大した顔ではないので、自分自身あまり気にしていない。唯一気になるのは、哀れみなのか、やたら視線を感じることぐらいなものだ。


「ふへへ、イケメンになり損ねたわ」


「そうやって冗談言ってる分、大丈夫なんだろうけど無理すんなよ」


 一木は優しい。この傷が出来る以前より何かとフォローしてくれる。フォローされているのが島木にかなり申し訳ない。


(好きピの関心が他のこと向いてたら嫌だろうし)


「もう少し頼っても良いし、周りの誤解も解けば良いのに」


 島木も優しい。


(というか二人して優し過ぎんか。今日、自分は誕生日だったか?)


 周囲の反応に関しては仕方のない面もある。先日の自己紹介を踏まえ、自分の性格的な面でも避けられている様な気がしてならない。


(自業自得である)


 昔から家族のようにして育った二人には弟分の様に思われているのだろう。しかも、その立ち位置を自分は気に入ってしまっている。


(優しさに溺れちまう)


「あ、そういえばさ。昨日、友達出来たぜ!」

 

 二人が一瞬固まる。


「脳内的なやつか?」


「脅したのか?」


 前言撤回、こいつら失礼極まりない。


「違うって。偶然会った女の子がさ、お隣さんだったんだ。しかも作った料理を交換する約束してしまったぜ!」


ドヤる。これでもかというくらいドヤる。


「おっと、二人して悲しいモノを見る目は止めていただけませんかね」


 全っ然、信じちゃいない。

 日頃の行いが悪いのか、ちょっと傷つくマイハート。


 明石に声をかけたいが、島田以外の女子とはあまり話したことないのでまごついてしまっている自分に小匙一杯の自己嫌悪。


(ん? 明石がいない)


 さっきまで席にいた彼女の姿が見えない。


「私、もう来島くんの友達になれたの?」


 背後から抑え気味な、しかしどこか弾んだような声が聞こえる。

 二人が目を見開いている。


「あっ、ゴメンね、いきなり」


 明石が顔だけでなく、耳まで赤くしている。どうやら驚かすつもりはなかったようだ。知り合って間もないので見抜くことは出来ないが、この反応を演技でやっているなら大したものだと思う。


「い、いや驚いたよ。いきなり後ろから声がするんだもん」


口角が片方だけ奇妙に上がってしまう。表情筋がサボタージュかましてる。


(いやん、見ないで!今のアチキはブスだから!)


依然二人は呆けているではないか。


「お友達?」


「そうだよ、小学校上がる前くらいからの付き合い」


 友達いたの?と純粋に驚いたような明石の表情。


 友達くらい、いる。


(こいつら以外できたことないけどな!)


「わ……私も?」


 期待に満ちた眼差し。上目遣いで恐る恐るといった様子はさながら小動物のようで……


(きゃわわ!)


「ミヴィん!」


 可愛さがキャパシティを超えた。心臓に衝撃。脳内音声もオーバーヒート、死にかけの蝉のような声まで出てしまった。


「肯定の仕方が独特すぎる……」


 一木がやっと口を開き、補足説明をつけてくれる。


「私最近、こういうネット漫画見たわ」


 島田、やかましいな。


「肯定の合図なんだ……」


 明石も若干、引き気味ではないか。


「ほらな。ちゃんとトモダチは存在するんだぜ!」


「お前が思ってるだけかも……」


(島田の姉御は自分が嫌いなのかなァ~?)


「と、友達だよ。明石優って言います。よ、よろしくね」


「よろしく、俺は一木聡司。で、こっちが」


「島田杏華。ねぇ、明石さん。いや優ちゃんって呼んで良い?」


「嬉しい、呼んで」


(え、何、ライバル続行なの?)


「優ちゃん、そこのチビが何か嫌なことしてきたら言ってね。ぶちのめしてズタズタにするから!」


 ウインクしながらキメているが、内容が物騒過ぎる。


(そして自分の人権どこ行った?)


まぁ、でも……


「女子同士が戯れる場面ってのも良いよな……」


 一木は俺の思考でも読んでいるのか、いや男同士なのだ。これくらいわかり合えなくて何とする。

 

(思い出せ)


 また、思考にノイズが混じってきたような違和感。


「……中二病の時期はもう過ぎたんじゃないのか、畜生」


 頭の痛みと違和感は引いていく。急に痛みと共に来て迷惑甚だしい。


(島田に明石を取られちまう!)


 島田と明石が親交を深める中、混ざろうとしたら一木に止められた。









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