第3話 マジックタイム

 ピンポーン。


「金沢 舞です。ツヨシくんいませんか?」


「今、準備するから待っててー! っていうか、なんで毎回、『金沢 舞です。ツヨシくんいませんか?』って言うんだ?」


「あっ、ツヨシくん。名前を言うのはツヨシくんのお母さんが出るかもしれないから」


「そんなの気にしなくていいのに。母ちゃんは父ちゃんの病院に行ってるから、今は家にいないよ。ほら、ケイコ散歩に行くぞ」


「ワウワウ!」


「公園に着くまで、またツヨシくんとお話をしたいな」


「おう、散歩しながら。あっ! 昨日拾った財布は警察に届けてくれた?」


「財布?」


「昨日、公園でケイコが拾った大金が入った革の財布のことだよ」


「え……。いったい何のことをツヨシくんは言ってるの?」


「えっ? それはこっちのセリフだって。塾に行く途中に交番があるからマイが1人で届けに行くって言ってたじゃないか。なんで嘘を付くんだよ。……まさか、マイはあの財布を警察に届けてないのか?」


「私、本当に知らないよ……」


「なんで昨日のことを知らないって言うんだよ!」


「……ツヨシくん怒らないでよ。私、本当に知らないんだよ。昨日の公園は、漫才の練習をしている人たちが居たでしょ。財布のことは知らないよ」


「……公園で漫才の練習?」


「うん。大学生くらいの男の子2人が漫才の練習してたじゃん。ツヨシくん覚えてないの?」


「おいおい、マイ何を言ってんだよ。そんな人たちいなかったじゃないか」


「ツヨシくんこそ何を言ってるの? 昨日のことだよ。ツヨシくんは聞こえてくる漫才の内容を『面白くない』って言ってたよ」


「俺が昨日公園で漫才を見て、『面白くない』って言ってたのか? 漫才を見てないし、そんなこと言ってない。じゃあ、どんな漫才だったんだよ?」


「ボケの人が、『セーラー服に憧れて着るおばあちゃんは80エイティ』と言って、ツッコミの人が『おばあちゃんがセーラー服を着るってどういうこと? 戦後で学校に行けなかったのかなぁ。それで今、学校の試験に特別に受かって憧れたセーラー服を着られたのかなぁ。合格おめでとう!』とか、ボケの人が、『脱脂綿だっしめんを食べるイエティ』と言って、ツッコミの人が『イエティ? 雪男? 脱脂綿を食べるってどういうこと? 雪山だから食料を探すのが大変なのかなぁ。脱脂綿は白いから雪と間違えて食べちゃったのかなぁ。ってバカやろう!』とか、ボケの人が、『逆クリスマスのイエス』と言って、ツッコミの人が『逆? クリスマスの逆ってどういうこと? 今日はクリスマスですか? ノー。今日は逆クリスマスですか? イエス!』だったり、ボケの人が『芸人になりたいミュータント』と言って、ツッコミの人が『俺たちのことじゃないか! もうこの遊びやめさせてもらうわ』っていう漫才だったよ」


「……たしかに、それは面白くないけれど。っていうか、有名漫才師のネタのパクリみたいなもんじゃないか。いやいや、そもそも俺はその漫才を見た記憶がないよ」


「ひょっとして、ツヨシくんは夢と現実が混ざっているんじゃない?」


「……夢と現実?」


「たぶん、ツヨシくんは財布を拾ったっていう夢を見ていたんだよ。……こんなことを言いたくないけど、今のツヨシくんは大金が欲しいと思っているから、その願望が夢の中の世界に出てきたんじゃないのかなぁ?」


「……嘘だろ? 俺が飛行機に乗りたかったから、財布の中に都合良く飛行機のチケットも入ってたと言うのか? そんなことあるわけないだろ!」


「ワウワウ!」


「ツヨシくん公園に着いたから、とりあえずベンチに座って落ち着こうよ。ねっ?」


「ワウワウ!」


「なぁケイコもなんか言ってくれよ! 昨日、この公園でケイコが財布を拾ってくれただろ? ほら、天使みたいな裸の赤ちゃんのキーホルダーが付いた革財布だよ。覚えてるだろ?」


「ワウワウ。クゥー……」


「おいおい、ケイコまで覚えてないのかよ……」


「ツヨシくんいい加減にしてよ! そうやって冗談を言って私をからかうのは辞めてよ。そろそろ私も怒るよ」


「いや、ちょっと待ってくれよ」


「ねぇツヨシくん。学校に行っていない時間は家で何をやってるの?」


「えっ?」


「ずっと寝てるんじゃない? もちろん、ツヨシくんの家が大変な状況なのはわかるし、落ち着くまで家の中でゆっくりすればいいと私は思ってるよ。でも、勉強はしてる? 学校に行かなくても家で勉強は出来るはずだよ。ツヨシくんは勉強が得意だったじゃん。勉強が好きだったじゃん。自分が好きなことも出来なくなったの?」


「……今はやる気が起きなくて勉強してないけどさ」


「今は? じゃあ、ツヨシくんはいつになったらやるの?」


「おいマイ! なんでそんなことをマイに言われなきゃいけないんだよ!」


「私だってこんなことを言ったら、ツヨシくんに嫌われるかもしれないってわかってるよ。……でも、私はツヨシくんのことが好きだから、ツヨシくんのことを想って言ってるの。私だって頑張ってるんだよ。ツヨシくんは頭が良くて、私はツヨシくんと同じ高校に行きたいから塾にも行ってるの。ねぇ、ツヨシくん勉強頑張ってよ。もうすぐ私たち受験なんだよ。お願いだから目を覚ましてよ」


「ちょっと待ってくれよ。マイが頑張ってるのはマイ自身の為だろ? 俺と同じ高校に行きたいって言われてもそんなの知らねぇよ。マイの考えを俺に押し付けないでくれ!」


「ツヨシくんは、いつから変わっちゃったの? 昨日もそうだよ。公園で漫才の練習している男の子たちに対して、『面白くない』とか『下手なのによく公園の人前で練習が出来るよな』とか、どうして、夢に向かって一生懸命に努力している人たちを馬鹿にするの? 私が好きなツヨシくんはそんなこと言う人じゃなかったのに……。前にツヨシくん言ってたじゃん。たくさん勉強して叶えたい夢があるって」


「叶えたい夢? 今度はそっちの夢かよ。夢とか現実とか叶えたい夢とか、もうマイが言っている意味がわからないよ……」


「将来の夢を私に打ち明けてくれたのは嘘だったの?」


「ちょっと待ってくれよ」


「今のツヨシくんは本気になることが怖いんじゃないの? 一生懸命になって努力しても、悪い結果が出ることが嫌なだけなんでしょ? 人からの評価を気にして何も出来ない、何もしようとせずに逃げているだけなんじゃないの? 失敗することがあっても挑戦することが大切なんじゃないの? その繰り返しでレベルアップしていくしかないんだよ。高校受験が怖くて大好きな勉強から逃げないでよ!」


「……何なんだよ。さっきから聞いてたらさ! たしかに、父ちゃんが倒れてからこれが現実じゃなくて夢だったら良かったのにって何回も思ったさ! 現実逃避して布団の中でずっと夢だけを見ていたかったさ……。このままじゃいけないって頭ではわかっていても……。でも、今は出来ないんだよ! なんで出来ないかなんて自分でもわからないけど出来ないんだよ! 怖いのかもしれないし、どこかで出来ない言い訳を探してるだけなのかもしれないさ……。でも、まだ夢は諦めてない! これからお金が無くて学校に行けなくなったとしても、遠回りになったとしても、どんなことをしても夢を叶えてみせるさ! っていうか、マイには関係ないだろ!」


「……ツ、ツヨシくん」


「……あっ、ご、ごめん。ちょっと言い方がキツかった。だから泣くなよ」


「ううん。今、ツヨシくんが思ってることを隠さずに本気で言ってくれて嬉しい。でも、『マイには関係ない』っていうのはショックだけど……」


「ち、違う! それは全然違うって! マイにも関係なくはないというか、少し言い間違えただけというか、本当はこれから関係あるようにしていきたいというか……」


「バウ! ワウワウ!」


「ちょっとケイコなんだよー。今までおとなしくしていたと思ったら、こんなところで会話に入ってきてさ」


「ケイコちゃん、まだツヨシくんは素直になれないみたいだよ」


「ワウワウ!」


「あのねー。ケイコは本当に俺たちの会話の中身やタイミングがわかるんだよなぁ。たまに思うんだよ、ケイコは頭が良い犬じゃなくて、パグの顔をした妖怪みたいで人工知能を搭載した妖怪AI犬型ロボットなんじゃないかってさ」


「なにそれー。ケイコちゃんはロボットじゃないよ。『妖怪AI犬型ロボット』って口に出して言いたいだけじゃない?」


「たしかに言いたかっただけかも……」


「もう塾の時間だから、私は行くね」


「……あのさ、もう1回だけマイに聞くけど、俺の記憶では昨日、マイとケイコとこの公園に来て革財布を拾ったんだ。でも、それは俺が見た夢だったってことだよな?」


「……ツヨシくん。何回も言うけど、昨日、財布なんか拾ってないよ」


「わかった。マイがそう言うなら信じる。もし、財布を拾ったことが現実でマイが警察に届けていないのだとしても、俺はマイのことを信じてるから」


「……うん。ねぇ、ツヨシくん空を見て」


「空? あっ……夕陽だ」


「今日の夕陽はとっても綺麗だよね。ツヨシくんは知ってて言ってた? 本当にこの時間のことを『マジックタイム』って言うんだよ。または『マジックアワー』って言う名前が付いてるんだって」


「そうなの? 知らなかった」


「ねぇ、あれは星かなぁ。今、動いたように見えたから流れ星かなぁ。私は流れ星が好きなの」


「いや、あれは飛行機だよ」


「もうツヨシくんはロマンチックのかけらもないんだから」


「そんなことないさ」


「私もう塾に行かなきゃ」


「マイ、あのさ……。今日から俺は変われる気がする。いや、夢に向かって頑張るからさ。人生で1番きれいな夕陽をマイと一緒に見てそう思ったんだ」


「……ツヨシくん」


「マイありがとうな!」


 この日の忘れられない夕陽を見た時から、年を越して、数ヶ月が経ちました。

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