第1話 食べてウンチして寝る

「ツヨシ、あんたいつまで寝てんの?」


「母ちゃんもうちょっと寝かせて……」


「ワウワウ!」


「ほらパグ犬のケイコも言ってるでしょ。早く起きなさい! 今日こそは学校に行きなさい!」


「ほんとにうるさいなぁ」


「うるさいって何なの? あんたが学校に行かなくなって2週間。毎朝、中学校の担任の先生に休みの連絡をするの嫌なんだから」


「今日も学校休むよ……」


「いつまでそうやって学校を休む気なの?」


「いつまでって、そんなこと言われてもさ、俺自身にもわかんないよ。学校に行きたくないだけ」


「ワウワウ。クゥー……」


「ケイコもあきれてるよ。あんた今年中学3年で受験生でしょ。いい加減にしなさい!」


「俺のことはほっとけよ。早く父ちゃんの病院に見舞いに行けよ。家のことは俺がやっておくし、ケイコにも餌をあげるからさ」


「……父さんが病気で倒れた今の状況で、あんたの気持ちは嬉しいし助かってるけど、それでも学校には行きなさい」


「ち、違う! 全然違うって! 学校に行きたくないだけなんだよ」


「バウ! ワウワウ!」


「ちょっとケイコなんだよー。違うって言ってるだろ」


「ふーん。まさか、あんた学校でいじめられてんの?」


「いや、そんなんじゃないよ」


「じゃあ、まさか、あんたが学校で誰かをいじめてんの?」


「いや、そんなんじゃないよ。俺が誰かをいじめるわけないだろ」


「人様の財布から勝手にお金を盗んだり、奪うことは絶対に許さないから。お金が必要だったらちゃんと言いなさい。お小遣いをあげるから」


「そんなのいいよ。病院の父ちゃんの治療にもお金かかるだろうし」


「あんたはお金の心配しなくていいの」


「遊びに使うお金なんてないだろ。だからさ、あれほど楽しみにしていた北海道旅行もキャンセルしたんじゃないの?」


「旅行はお父さんが病気で行けなくなったから。この状況で行けるわけないでしょ。旅行は、今じゃなくても元気になったらいつでも行けるから」


「じゃあ、俺が中学校卒業したら家族で沖縄旅行に行こうって言ってた話は?」


「そ、それは……。まだ先のことはどうなってるかわからないじゃない。とにかくお金は大丈夫だから」


「ワウワウ。クゥー……」


「ほら、ケイコもお金のことは心配するなって言ってるから」


「……わかったよ」


「あっ、あんた、まさかマイちゃんをいじめたりしてない?」


「ち、違う! 全然違うって! なんで急にマイの名前が出てくんの!」


「バウ! ワウワウ!」


「ちょっとケイコなんだよー。違うって言ってるだろ」


「ふーん。マイちゃんとケンカでもしたのか。それとも、告白して振られたショックで学校休んでるのか。あんたバカだねぇ」


「いや、そんなんじゃないよ」


「幼稚園から幼馴染のマイちゃんを泣かせたら私が許さないからね」


「ワウワウ!」


「なんで、ケイコと母ちゃんはマイの味方なんだよ。いいから早く父ちゃんの病院に行けよ」


「わかったわかった。行ってきます。今日だけは中学校に連絡を入れておくから、明日から学校に行きなさい」


「ワウワウ!」


「母ちゃん行ってらっしゃい。ほらケイコ、餌の準備するから待っててな」


「ワウワウ。クゥー……」


「ん、ケイコどうした? あぁ、俺は母ちゃんが作ってくれたカツ丼を朝昼兼用でさ、今じゃなくて昼に食べるから。ケイコはこの餌だろ。ほらたくさん食べな」


「ワウワウ!」


「家族で俺だけなんだよなぁ。冷めたカツ丼が好きなの。熱々のご飯じゃなくてさ、冷めたご飯にカツが合うんだよ。このことを誰もわかってくれない。美味しいのに」


「ワウワウ!」


「ケイコ美味しいか。ゆっくり食べるんだぞ。本当にそのビーフジャーキーの餌が大好物だよなぁ」


「ワウワウ!」


「食べながらで良いから、俺の話を少し聞いてくれないか」


「ワウワウ!」


「急に父ちゃんが倒れてさ……。これからの将来が不安なんだよ。やっぱりさ、母ちゃんの前では弱音は言えないから…」


「ワウワウ。クゥー……」


「ごめんな、ケイコにこんなことを言って。でも誰かに話を聞いてもらいたくて……」


「ワウワウ。クゥー……」


「これから生活が変わると思うんだよ。いや、変わらざるを得ないと思うんだ。でも、まだ気持ちが追いつかないというか、受け入れるのに時間がかかるというか、突然こういう状況になってさ、これからどうしたら良いのかわからないんだよ……」


「ワウワウ。クゥー……」


「受験生だから、年が明けたら試験があるのはわかってるし、時間は待ってくれないこともわかってる。でもさ、やっぱり元気だった父ちゃんが倒れるなんて信じられないんだよ。ずっと変な夢の中にいるようなんだ。地に足がついてないって感じ。学校に行っても受験勉強する気になれないんだよ……」


「ワウワウ。クゥー……。ワウワウ!」


「ケイコ、突然どうしたんだ?」


「ウゥー!」


「パグ犬でそもそもが渋い顔しているのに、今のケイコはゴリラみたいな顔で凛々しくて力強い表情になってるんですけど!」


「ウゥー! ワウワウ!」


「おいおいケイコどこ行くんだよ? あっ、なんだトイレかよ!」


「ワウワウ! ワゥ〜〜」


「ちゃんとトイレでウンチして良い子だね」


「ワゥ〜〜」


「あははっ! めちゃくちゃでっかいウンチが出てるじゃん。その顔で堂々とウンチするなんて、つわものだな。将来ケイコは大物になるかもなぁ」


「フワァ〜〜」


「あははっ! 今度はスッキリした顔をしているケイコは面白いなぁ!」


「ワウワウ。クゥー……」


「あははっ! 今度は眠くなってるじゃん。ケイコは自由で面白いなぁ!」


「ワウワウ。クゥー……」


「なんだかこうやってケイコを見ていると、あんまり深く考えずに、たくさんご飯を食べて、いっぱいウンチをして、しっかり寝るだけで良い気がしてきたなぁ……。ありがとう、ケイコ」


 ツヨシとパグ犬のケイコは、そんなこんなの朝を過ごしながら時間が進み、学校帰りのマイちゃんが訪ねて来る夕方になりました。

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