推理ゲーム3日目

澄岡京樹

推理ゲーム3日目

推理ゲーム3日目


 ——俺は、誰だ?


 問われたところで答えられない。

 請われたところで応えられない。

 俺は一体誰なんだ?


 推理を述べろと言われたところで、俺には何も、手札がない。

 昨夜はどこで、何をしていた? 訊かれたところで、わかりはしない。なぜって何も、覚えてないのだ。


 そもそも、そもそもである。今朝俺は、目が覚めたら中庭にいた。その時点で脳内「?」でいっぱいであった。俺はどうしてここにいるのか。というかここはどこなんです? そんな感じだった。


 中庭を「ここは中庭なのかァ」などと認識できたのは、周囲を囲む、大きな洋館の存在あってのもの。そういった状況でなければ、俺は本当に哀しみの迷い子、言うなればストレイシープだったと思う。


 そんなこんなで洋館で働く使用人数名に色々尋ねているにもかかわらず、誰もが口を揃えて俺に事件の推理を頼んでくる。そんなことを訊かれてもさっぱりだ。俺は何も知りやしないのだから。だって昨夜までの記憶がまるでないのだから。……いやまあ、あるはずがないのだが。


 そういう状況をわかっているだろうに、洋館のエントランスに集められた来訪者プレイヤーたちは「それでも何か答えてくれ」と言ってくる。「わからない。そもそも俺は、誰なんだ」と答えても、「自分の情報はわかるから」と言ってくる。いや、そうなんだろうけれども、昨夜のことがわからない探偵がいきなり自身のことを理解している前提というのも、それはそれで少し強引ではないだろうか。


 そんな風に自己分析らしきことをしてみると、ほかの来訪者は「なるほど確かに」とうなずき始めた。そうだろう、それが自然だと俺は口にして、記憶を手繰り寄せるかのように、つらつらと己が来歴をおさらいし始めた。


 ……俺の名は近代寺悟史きんだいじ さとし。帝都に事務所を構える探偵だ。依頼は迷子の猫ちゃん探しから暗黒メガコーポの陰謀暴きまで多種多様。最近では〈インフレ社〉に現れた大怪盗〈サタン・オブ・サタン〉と激戦を繰り広げ、逃亡を許すも盗難は防ぐという成果を挙げた。


 今回は、その際に知り合ったデフレという怪異ハンターから依頼を受けて、この洋館にやってきた……そういう流れだったはずだ。——とりあえず、ここまでは思い出せた。というか一応知っていた。だが俺には洋館に来た初日と2日目の記憶がでしか存在しない。そんな状況にもかかわらずいきなり「そうだ思い出した俺は探偵だ!」などと言い出してはかえって不自然というもの。ゆえに極力自然な流れで来歴を思い出したわけだ。


 とはいえ進行は俺の状況などお構いなしに進む。今の状況を説明してくれる洋館の主人マスターがそういうスタンスなのだから仕方がないのだが、それにしたって俺がどれだけ目配せしてもスルーなのは少しショックである。コイツの人となりを知っていなければ泣いてしまっていたところだ。


 洋館で発生した殺人事件、俺はそれを他の来訪者と協力して解決しなければならないのだが、そもそも本来の俺は2日目の時点で黒幕に始末されたのだ。それゆえに、やることもないので主人マスターが持つ情報を見ながら「ふーん、そういう流れなのね。部屋の間取りは……わりと広いな。それで黒幕は——」などとコソコソ言っていたところ色々と急用で退席した探偵の枠に突然入ることになったのだった。


 だから昨夜、がやられたときにがどこにいたのかとか訊かれても、俺は吾輩の視点でしか答えることができないし、それを言ってしまうと一瞬で事件は解決してしまう。それでいいのだろうか。そもそも吾輩を演じ終わった後でいきなり俺を演じなければならない状況になるのが謎すぎる。そこのところどうなんだと。


 さすがに困ってしまったので、俺はゲーム中ではあったが洋館の主人ゲームマスターに「探偵は他の誰かに頼んでくれ〜〜」とお願いしたのだった。



推理ゲーム3日目、了。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

推理ゲーム3日目 澄岡京樹 @TapiokanotC

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ