兄弟みんな別分野の転生者《てんさい》だから、最弱な私は牧場でも開いときます

西モコナ

第1話 〜お決まりの流れをぶった切ってくるコスプレイヤーとの遭遇〜

オリジナル1作目です。

不定期ですのでお手すきの際に読んでいただければ幸いです。

数字を使用する際は全角にしておりますので、あしからず。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 右を見渡せば広大な海が。左を見渡せば青々と茂った森林が。私の人生を振り返っても、これほど見事な自然はここ以外にあり得ない。

 ここはグラジオラスというそこそこ大きな国の、モータルという土地だけピカイチに広い辺境の地である。ちなみに、私の記憶が正しければ私は生粋の日本人であって、こんな横文字が並んだ国に旅行する、住み着くなんていう思考回路は持ち合わせていない。


「お〜い、レヴィ。そろそろ戻らねぇと、母さんがまたマッハで走ってくるぜ」

「べリュ、……ベルフが足止めしててよ」

「おいおい。俺が、んな面倒なことする質じゃないことぐらい知ってんだろ? 事前に声かけただけ有り難いと思えよ〜」

「あ、ちょ、まっ! べリュ、ッ、ベルフ待て!」


 幼児体型がもどかしい。舌は上手く回らないわ、先を歩く兄に追いつけないわでほとほと困る。

 そう。今、こんなにも頑張って手足を動かしている私を放おってスタスタ歩きやがる7歳児は、この世界の私の兄である。既にお気づきかもしれないが、私は前世の記憶を持ったまま生まれ変わってしまった、いわゆる転生者と言える。


「ッハッハッハ」

「んあ? なんだ、手なんか繋いで。中身いい年して幼児後退か?」

「っぁあ"?」

「おっと。怖ぁ〜」


 この兄、一見、こちらの世界ではまぁまぁ普通に居る、ダークブルーの短髪に、切れ長のタレ目という将来女泣かせ必至な見た目を持ち合わせている。ところがどっこい。中身は全くもって普通ではなく、むしろ異常と言えよう。なぜなら、このベルフ・モータルは、私レヴィ・モータルと同じく前世の記憶を持っているのだ。


「おーーーい、ベルフ、レヴィ! 母さんが出張る10秒前だぞ! 急げーっ!」

「あー、マジか。面倒くせ」

「ぉわい!? いきなり魔法使うにゃ!?」

「うっせ、うっせ。走るとか、かったりぃのにお前まで持てるかよ」

「うぎゃーーー!?」


 この世界特有の技術である魔法で、私の意思をガン無視しびゅんと雑に飛ばしたベルフは呑気に欠伸を噛み殺している。その顔を親の仇レベルで睨みつけていると、あっという間にもう一人の兄姉に抱きとめられた。


「こらー、ベルフー!」


 私を抱きとめたのは、私の姉でベルフの妹に当たるルシフェル・モータルだ。彼女は、これまたこちらの世界ではまぁまぁ見かける、プラチナゴールドの艷やかなストレートロングに、お目々パッチリ西洋人形風味な顔立ちをお持ちの5才児だ。されども、この姉も中身は異常である。つまりどういうことかというと、転生者どうぎょうしゃである。


「べリュ……、ベルフ、許すまじ……!」

「レヴィ。君もよくもまぁ、飽きずに外へ出るものだよ。森も海も危ないって分かってるだろ? 君がその年でふらっと外に出るから母さんが飛び出してくるんだよ? 分かってる?」

「ひゃい!」


 そしてこの姉、兄よりも複雑な状況にある。姉の言葉遣いを今一度考えてみてほしい。


「はぁ。僕も人のこと言える立場じゃないけど、それでも3歳の時は周りを気にして大人しくしてたよ。レヴィはただでさえ戦う力がまだないんだから、無闇にうろちょろしない。いいね?」

「うにゅ……」

「返事は?」

「ひゃい!」


 ……お分かりいただけただろうか? 彼女、いや、彼。いや、か、ええい! ややこしいわ! もう、ルシフェルで!

 このルシフェルという見た目が可憐な幼女は、中身は成人した男性である。そう、中身から犯罪臭漂うオネ――。


「い!? いたゃ、いちゃ、ちゃ!?」

「クスクス。今、余計なこと考えてたね?」


 非常に恐ろしい、腹ぐ……な、姉、もとい中身は兄である。


 ダダダダダダダダダ!


「あ」

「ふわぁ!?」

「あーぁ」


 いきなり自由の身にさせられた私は、満足な受け身も取れずお尻と大地が熱烈なハグを交わす。しかも先程まで摘まれていた頬の痛さも相まって、言葉にできない感覚が身を襲う。その間にも近づいてくる地鳴り。


「達者でな〜」

「レヴィ、反省するんだよ。君に外はまだ早い」

「う"〜〜うりゃぎりもにょーー!」


 兄と姉が立ち去った直後、ふと地鳴りが止む。背後から鋭い視線を感じ、どこからとなく吹き出した冷や汗が頬を伝った。振り返りたくない、振り返ってしまっては駄目だ、そう思っているのに既に振り返ろうと動き出した首が、幼児特有の頭の重さから静止できず。戦慄を覚えながら振り返った先には、グッタリと項垂れた双子の妹弟を両脇にこさえた母が、恐ろしいほどなんの感情もない無表情で私をとらえていた。


「……なむ」


 その後、私がどうなったかは語るまい。どうせ夢の中から出れない状態なのだから、これまでの人生2年間を振り返ろうと思う。まずは、そう……。生まれた当初の衝撃的な出会いについて。



 うにゃぁーー! うんにゃぁ"ぁぁーーーー!

 パチリ


 うるさっ! 何ごと!?


 車のクラクションを死角から出会い頭に鳴らされた時のように、唐突な大騒音が耳を刺した。その爆音によって覚醒させられた私は、いきなりのこと過ぎて状況把握が追いつかない。音の出どころを探そうと開いた目を忙しなく動かせば、ぼんやりした視界でおそらく天井らしき上部が視界に入る。


 この音……、声? 誰か泣いてる? しかも結構な大号泣だわ、これ。てか、この天井まったくもって、知ら――。


 バンッ!


 私に満足な考察などさせないとでもいうような、別の強烈な音が殴りかかってきた。


「お前いつ死んだ?」

「うにゃ!?(いきなり死んだってなに!? え!? 誰よ、あんた!?)」

「ベルフ、言い方ってものがあるだろう……」


 いきなりどアップで映り込んできた見知らぬコスプレ少年は、私を見定めるなり意味不明なことを聞いてきた。その後に続いて聞こえた声に視線をやると(コスプレ少年が邪魔だったがなんとか目をカッと開いて)、そこにはコスプレ少女、いやコスプレ幼女がいた。


「うにゃぁあ……(何このコスプレショタとロリは……。レベル高すぎでしょ、どこの有名子役よ……)」

「あ、お前、そういやまだ喋れねぇんだな」

「何を当たり前のことを言ってるんだ、赤ん坊相手に。僕のときも経験しているだろうに。それより、早く魔法を」

「お〜」

「……にゅ?(……このコスプレ幼女、僕っ娘とかレベル高、じゃない。今何つった? 赤ん坊、って言った……?)」


 コスプレ少年の言葉の後に続く、コスプレ幼女のショッキングな単語。どうにもはっきりとは映らない視界に加え、どこか飽和して聞こえる音と自由にならない体、そして先程から私の思考と伴う鳴き声にも似た、か細い声音。


 ははっ、まさか。そんな。ねぇ?


 何やら聞き慣れない言葉を発していたコスプレ少年の最後の呟きと、私の混乱がピークに達したのは同時だった。


「うし、終了。お前、今喋れるようになったからなんかしゃべっ」

「ここどこよぉーーーーーーーーーーー!? うわぁーーーーーーーーーんっ!」

「「ッ!?」」


 見慣れないのは天井だけではなかった。混乱して身をよじっているうちに視界に入る小さな手や、私の周囲を取り囲むようにある木の柵、さらには付近にファンシーな兎のぬいぐるみとガラガラらしきもの。どれもこれも、成人して独り身社会人を謳歌していた私には縁遠かったものだ。それがなにゆえに、こんなことに? 私は家に帰ってゆっくり過ごしていたはずなのに!


「おい……! 今、母さんに見つかったら辛ぇぞ!」

「そうだよ、レヴィ! 混乱する君の気持ちはよく分かるけど、ここはどうか穏便に」

「誰よ、あんた達! なんでコスプレしてる子供がいるの! 私の家はどこよ!? なんで体がこんななのよ、うわぁーーーーーーーーーん!」

「おい、一旦魔法切る!」

「それしかないね!」

「つか、こいつ、転生モノを知らねぇやつか!? このご時世に!?」

「にゃぁぁぁーーーー!」


 ほんの少しだけ戻った言葉は確かに私の知る日本語だった。であるのに、奇妙な副音声が言葉の裏に流れていた。今もコスプレ少年とコスプレ幼女の言葉は日本語であるはずなのにそうじゃない。


「う、うにゅ……(何これ、気持ち悪い……)」

「――だから、レヴィにはもう少し時間が立ってからって」

「おい、ルシフェル。こいつ、なんか気持ち悪そうにしてね?」

「え……? あっ!」


 私は自由に動かない体に失望しながら、いからせり上がったミルキーなものを吐き、すとんと気を失った。


 次に目を覚ましたとき、一番始めに思ったことは"夢であれ"ということだ。

 これが明晰夢! なんて、馬鹿な現実逃避ができる性格であればなんて良かっただろう。やった、異世界転生だ! と、コスプレ少年とコスプレ幼女、もとい、こっちでの私の兄姉らしい2人のような気楽な受け止め方ができる性質だったらどれほど生きやすかったことか。

 あいにく、私は今で言うところの前世でお局として敬遠されていたほど、頭が硬いのだ。嫌というほど自覚もある。この調子であるから、目の前に両親と名乗る明らかな外国人が現れれば大暴れすることは必至だった。そして、空腹で力尽きたときにサッと母が近寄り、おしめの感触が不愉快すぎてじっと固まった隙に父が両足を片手で鷲掴むという奇怪な日常が幕を開けてしまったわけだ。

 今、私がギリギリながら今世を信じ、これまでの人生を前世と多少ながら考えるに至ったのは、兄姉のたゆまぬ努力のおかげと言えよう。これからはコスプレが常時であることを許容し、しっかり兄と姉であると認識しようと思う。


「で、にゃ……なんで、名前で呼ぶひちゅ、んん、呼ぶひちゅ……呼ぶの?」

「お前、その舌、どうにかなんねぇの? 初日はキレッキレだったくせしてよぉ。いい年したおばさんに可愛さなんて求めてないぜ?」

「ふぁっく!」

「ベルフ、今のはありえない」

「ックック。子どもはいじってなんぼだろ?」


 訂正。こいつは兄どころか家族ですらない、知人にするのも戸惑われるレベルの赤の他人だった。そうだ、私は始めから2人姉妹だった。まだ寝ぼけているのだろうか。


「ほら、レヴィがそっぽ向いちゃっただろ。ちゃんと謝れよ」

「ルシフェルさんよぉ、レヴィおばちゃまは正面向いたまま」

「謝れるよな、さすがに、前世込みで齢45歳になる、大の大人なら」

「お、おい、さっきのはほんのジョークで」

「あ・や・ま・れ?」

「……っち。すまん、言い過ぎた」

「お、おう……」


 やはり、あなたがはらぐろ――。


「レヴィ?」

「ウしゅ」


 私と兄は初めて兄妹であると実感した瞬間が今。


「それで、話を戻すけどね。レヴィの疑問は最もだと思う。例えば兄を呼ぶ方法としては、一般的な家族ならこっちの世界でも兄さん、兄ちゃん、お兄ちゃん、兄貴。それに貴族とか王族とかだと兄上、お兄様なんて呼ばれているものだ」

「あ、きじょ…王じょ…、うむ。さっし」

「なんせファンタジーだからな。まぁ、現実世界に空想と言っていいものか怪しいが」


 どうにも中世の世界観であるらしく、平等などクソくらえと言わんばかりに上下関係があるとのこと。私はここで生きていけるのか、非常に不安になった。横で呑気に大あくびをかましている兄が端に見えて、余計不安が募った。そう思っている間にも話は続く。


「ちなみに、僕たちも姓に”モータル”をいただく貴族の端くれなんだ。だから社交界とか視察とか、向こうで言う挨拶回りやら現場調査を少なくない数こなしてきたわけだけど、その中で名前で呼び合う兄妹はほとんどいなかったよ。あえて一部の例外を挙げるとすれば、それこそ仲が悪くて絶縁とか、兄妹としての好きじゃないとかね」

「近親相姦狙ってるヤベェやつな〜」


 どこにでもいるよな……、と複雑な心境になっていると、姉(?)がキッと兄を睨みつけた。


「こらっ!」

「おっと、怒んなよ。中身は俺らと変わんねぇんだからよ」


 姉(?、……?)の叱責をものともしない兄は軽くデタラメを言ってのけた。結果、私は激怒した。


「かわりゅわッ! よんじゅー、ぴゅらす、ごと、同じにしゅりゅなッ!」

「あっちこっちからキレてくんなよ。更年期は大概にしろって」

『「おみゃえ「お前」」が大概にしろよ』


 おや、ここでも姉妹(?、……?、!?)の実感が。

 もうちょっとマシな血の感じ方はないのかと感じた私は悪くない。きっと。

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