第2話 残酷な魔女ステラ

『生き物なんか飼わないわ。すぐ死ぬじゃない』


この言葉はどのくらい前に聞いたのだろうか。

こう吐き捨てた当時のステラ・フロースは、この世の生きとし生けるもの全てを忌み嫌っているかのようだった。

理由はおそらく、私たち魔女が人間よりもかなり長生きするからに違いない。


「先生、確かにそう言ってたよ……ステラ先生……」


ステラ先生に無理やり握らされた数枚の金貨を見下ろしながら、ずっと前にそう言っていたことを思い出していた。


私はマリス・テンペスタース。

先生とは長い付き合いで、周りからはステラの唯一の友人だと思われているらしい。

……でも、そんなことは無い。

先生はきっと、私のことを友人だとは思っていないからだ。


先生は生き物が嫌いというわけじゃない。

動物も植物も先生は深く愛している。

ずっと昔の話だが、庭や近くの森で弱っている生き物を見付けては保護して、部屋の中で飼うという事を頻繁にしていた。

ただ私たち魔女にとって、それらはすぐ死んでしまう。

その数は星ほどにあるのではないだろうか。


1番最後に飼っていた生き物がなんだったのか思い出せないが、その死骸を前に苦々しげに先生は言ったのだ。

もう二度と生き物は飼わない……そう意味を込めていたはずだった。


今回拾ったと言ったその子もすぐに死んでしまうような子だったら、先生が人間の子供を殺したという噂が流れてしまうのではないか。

ただでさえステラ先生は人に誤解を招くような素振りをしてしまう。

新しい薬の実験台にしたとか、人間を薬の材料にしたとか、知りもしない人達からそう言われてしまうのではないか。


「あわわ、そんなのダメダメ! こうなったら、私がその子が死なないように、見守ってあげないと……!」


私は人気のない場所に駆け込み、箒に乗って空へ舞い上がった。

先生が拾ったと言っていた人間の子供を見てみるために、先生の家に一直線に向かう。


上から見ると先生の家はすぐに分かる。

薬草を育てている広い庭園がトレードマークだ。


「とっとと、……ごめんくださーい」


ふらつきながら着地し、先生の家のドアを4回ノックする。

しばらくしてドアは開き、中から小さな子供が出てきた。

青白い顔をしていて、具合が悪そうに見える。


「こんにちは! 私、マリスって言います!」

「…………」

「少しお話しませんか? 私、先生のお友達なんです!」

「………………」


少年は何も言わずに、ドアを閉めた。


『いま、ぼくしかいないんです。さようなら』

「先生じゃなく、ボクとお話したいんです!」

『なんでですか? いやです。帰ってください』

「し、心配なんですよ! ステラ先生は、生き物を育てるのが下手だから……!」


私がそう言った時、ドアが勢いよく開いて少年が声を荒らげた。


「ぼくはペットなんかじゃないッ!! あのお方は、そんな理由でぼくを連れてきたんじゃない!!」

「……えっと」

「なんにも知らないくせに! 帰ってくださいッ!!」


私はとっさに手を掲げ、両手を少年に向けて魔法を使った。

人間には見えない閃光が走り陣を形作ったが、まるで少年にも見えているかのように視線が光を追う。


「先生はお花が好きです!」

「……え?」

「私、先生が好きなもの、たくさん知ってますよ!」

「…………」


少年は戸惑うように何度も瞬きを繰り返したあと、数歩下がって視線を床に落とした。


「ぼくの名前は……アルバート・キャロル……」


不安と不信感でいっぱいの顔のまま、彼は新しい名前を教えてくれた。

ステラ先生が少年に与えた、最初の贈り物を。


「アルバードくん、先生にお花を贈るのはどうですか?」

「…………」

「喜んでくれますよ! 一緒に花束を作りましょう!」

「わ、かった……」


私はアルバードくんの手を強引に掴み、いい香りのする花が咲いている場所まで彼を案内する事にした。

ほんの少し強引な気もするが、この子にはこのくらいしないといけない気がした。


「……名前、なんだっけ」

「私はマリス!」

「マリスさん……なんでほっといてくれないんですか」

「ステラ先生が心配だからですよ?」

「…………」


私のことを簡単には信用してくれないだろう。

先生とも上手くコミュニケーションが取れてないに違いない。

アルバードくんの手を強引に掴んだは良いが、握り返してくれるような素振りは無かった。


「マリスさんは、あのお方と『友達』ってこと?」

「そうよ、先生とは友達なの」

「……先生って呼んでるのに?」


私はその問い掛けに振り向き、アルバードくんに笑って見せた。


「ステラ先生は素晴らしい魔女様なのよ!」

「ど、どんな……?」

「先生は私たちだけじゃなく、人間の治療もできる凄いお医者様なの! どんな難病でも薬を作って治してしまえるのよ!」


アルバードくんはマリス先生の事を色々と知りたがっている。

どうして教会から救い出してくれたのか。

治らないと言われた病を治すと言ってくれたが、本当なのか。

そもそも、彼女は何者なのか。


「もっと教えて、あのお方のこと……!」


こんなふうに聞き返されることも、私は知っていた。


「先生の名前は、ステラ・フロース。正確じゃないけど、もうそろそろ3000歳を迎えるんだったかな?」

「さ、さん……!?」

「私も1000年は生きてます! 魔女は寿命がとっても長いんですよ!」

「ステラ様はどんな病でも治せるって、本当……?」

「あははっ! その呼び方は先生、されたくないと思うよ?」

「そ、そんなに気安く呼べるようなお方ではないですよ……」


私は花園を目の前にして立ち止まり、手を上げてアルバードくんに見るように指し示した。

私の手先を追って景色を見詰める彼の口から溜め息のような声が漏れる。

花が好きのは、彼も同じらしい。


「ねぇマリス、ステラ様は僕みたいに病気の子をよくお連れになるの?」

「その呼び方、先生にはしない方がいいよ? 普通にステラさんって呼んだら良いわ」


数羽の蝶が飛び交う中、微かな風に揺れる花園の中で私たちは座り込んで花束を作り始めた。

先生の好きな花の色を教えたからか、アルバードくんが集める花はオレンジ一色だ。


「……僕まだ、ステラ様から名前を教えてもらってないんだ」

「それなら、ちゃんと自分で名前を聞いた方が良いわ。呼び方もね」

「そうだね……ねぇマリス、オレンジだけじゃやっぱり変かな」

「差し色があっても良いわね。この花なんかどう?」


私は近くに咲いていたピンクの花と黄色の花を1つずつ摘み取ってアルバードくんに差し出した。

それを受け取り、一緒に束ねては悩むように首を傾げている。


「人間は、初めてよ」

「え?」

「今まで動物か植物しかいなかった。病気や怪我で先生が生き物を飼い始めたのは」

「さっきも言ったけど、ぼくはペットなんかじゃ……!」


私は自分の口元に人差し指を当てて見せた。

意味が通じたようで、アルバードくんは口を閉じて唇を噛む。


「……キミが先生のペットとして連れてこられたんじゃないのは、私も分かってる」

「…………」

「だって先生、前回飼ってたペットが死んだ時に、二度と生き物は飼わないって言ったもの」


私は視線を花の方へ向け、近くで咲いていた青い花を摘み取った。

それも同じようにアルバードくんに差し出したが、今回は受け取るような素振りは無かった。


「先生は確かに怪我や病気を治せるけど、酷い人かもしれない。そんな話をキミはこれからたくさん聞くことになる」

「そんなの、ぼくには関係ない」

「キミにとってステラ先生は良い人かもしれないけど、他の人達にとって先生は悪い魔女なの」

「ステラ様は……!」


アルバードくんは私の手から青い花を奪うように取り、また声を荒らげかける。

私はさっきと同じように人差し指を立て、苦笑いを浮かべた。


「その呼び方やめてよ、先生も嫌だと思うよ? 」

「ステラ・フロース様は、ぼくの光だ」


私はその真剣な表情が面白くて、つい笑ってしまった。

ステラの名前に『星』という意味がある事を、彼はまだ知らない。


「あははっ! キミ、おもしろいね」

「ほ、本気だよ……!」

「そうだね、これからステラ先生は、本気でアルバードくんの病気を治すと思うし、立派な恩人になる予定ね」


私はもう一度持っていた花を差し出した。

今度は受け取ってくれ、オレンジにピンク、黄色の花束の中にポツンと含まれた青はとてもじゃないが馴染んではいない。


「ステラ様は、どうして悪い魔女だなんて思われているんだ?」

「…………」

「そこまで言ったなら、教えてよマリス」


私は何も答えない方が良いのだろうか。

それとも、巷で勝手に噂になっているステラ先生の悪い話を聞かせるべきだろうか。


長い沈黙が流れ、私とアルバードくんの間に爽やかな風が吹いていく。

揺れる花々が小さな鈴のようにキラキラと響く音さえ聴こえてきた。


私は、他の誰かから聞いてショックを受けるよりも、私から話した方が良いと決意した。


「ステラ・フロースは、この周辺の国々を裏から支配していると噂されているの」

「……」

「彼女の機嫌ひとつで国ひとつ滅ぼせるって、恐れられてる」

「でも、ステラ様は……、とてもよく効く、良い薬を作ってるって……」

「そうよ、よく効くの……良く効き過ぎるの。効き過ぎるから、いつの間にか恐れられるようになっていった」


アルバードくんは私の話にうつむき、一生懸命作っている花束に視線を落とした。

なるべく落ち込ませないように言葉を選んだつもりだったが無理らしい。


「実際、先生も強がって『貴方たち一族を一瞬で滅ぼすなんて簡単よ』とか言っちゃった事もあって、どんどん良くない話が広がったの」

「…………」

「先生をよく知らない人達は、ステラ・スロースは悪魔だとか死神だとか言ってて、すれ違うだけで殺されるって本気で思ってる人間もいるわ」

「そんな……ステラ様は、優しいお方です……」

「それくらいステラ先生の魔法薬の効力は高いの。実際、隣国の王族ほとんどがステラ先生を御用達の薬師にしているから、頻繁にそういった場所を出入りしていて、噂にどんどん拍車が掛かってる」


アルバードくんは今にも泣きそうな顔を手元から私に移し、何か言いたげに無言で見詰められた。

その瞳には、悲しいだけでなく悔しさの色も含まれている。


「アルバードくん、先生は強がりだし、素直じゃないし、強がりだし素直じゃないし強がりだ」

「そんなに強がりなの……?」

「うん!!!」

「……ッ、あははは!!」


はっきりと頷いのが面白かったからか、アルバードくんは吹き出すようにして笑う。

そのカラカラとした笑い声にどこか懐かしさを感じ、なぜステラ先生が彼を引き取ったのかその理由が分かったような気がした。


「……アルくん」

「あはは……、なに……?」

「お願い、ステラをおいて死なないで」


無理な事を言っていると気付いたのは、言い終わった後だった。

人間の寿命は私たち魔女に比べたら、ほんの一瞬の事なのに。


「ぼくは、ステラ様がどんなに残酷な魔女だったとしても、この気持ちは絶対に変わらない」

「……」

「本当だよ、どんなに恐ろしくて酷い事をしていたとしても、絶対にステラ様から離れたりなんかしないよ」

「アルくん、私はその言葉を信じるわ……」


私は彼の手の中で、ひとつ馴染めずにいた青い花を引き抜く。

アルくんも馴染んでいないと思っていたのか、勝手にとっても怒ったりはしなかった。


「……マリス、そろそろ帰ろう。もしかしたら先生が戻ってきてるかもしれない」

「そうだね……先生、きっと花束をプレゼントしたら、笑ってくれるよ」

「そうじゃなきゃ困る。ぼくは先生になにも言わないで勝手に家から出るなんて、したくなかったんだから」


アルくんは素早く立ち上がり、ステラの家に向かって歩き始めた。

私はその後姿をしばらく眺めた後、離れ過ぎない程度の距離を置いて後をついて行った。


きっといつか、ステラ先生が自分で打ち明けるはずだ。

先生が彼を引き取って『アルバード』という名前を付けたその理由を。

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クノイスト ソフィア・フレデリクス @noctem_venandi

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