最終話 何が起きるかわからない
ランチを終えた僕たちは、どうしても行きたいという三浦さんの希望で、近くにあるアトラクション広場に向かった。
そこは観覧車やジェットコースター、コーヒーカップなどがあって、まるで小さな遊園地のようだった。
僕は誰かとこういう所に行ったことがなかったけど、三浦さんがとても詳しくて、僕が彼女に引っ張ってもらって色々なアトラクションを回っていった。
時間が経つのすら忘れてしまい、気がつくと日が沈み始めていて、辺りはオレンジ色の淡い光に包まれ始めていた。
僕と三浦さんは全部のアトラクションを制覇して疲れてしまったから、近くにあるベンチに腰かけていた。
「三浦さん、はいこれ」
僕はさっき買ってきたジュースを三浦さんに手渡す。
「べ、別にそんなことしなくても……」
「案内してくれたお礼だと思って受け取ってよ」
「そ、そう……。あ、ありがと……」
三浦さんは少し俯き加減になりながらジュースを手に取ると、「プシュッ」という独特の音が辺りに響く。
もう僕たちの周りにはほとんど人は残っておらず、妙にその音が耳に残った。
「――ね、ねぇ、綾瀬くん」
「どうしたの三浦さん?」
「私……まさか綾瀬くんとマッチするなんて思わなかったよ」
「あはは、そうだね。僕も驚いたよ。まさか三浦さんみたいな人でもこういうのするんだって」
「ちょっと! それってどういう意味よ!」
「ご、ごめん……。変な意味とかじゃなくて。ただ、三浦さんってこんなことしなくても彼氏とかすぐできそうだなって思って……」
「……っ? そ、そんな風に見える……?」
「うん。だってこの前だって同じクラスの前田くんに告白されていたよね」
「そ、それをなんであなたが……?」
「だって、隆ちゃん……えっと朝日が教えてくれたんだよ。それに前田くんって他の女子からも結構モテるから、三浦さんにフラれたのが衝撃的だって」
「そ、それは…………」
三浦さんは僕の方にチラチラと視線を向けながら黙ってしまった。
えっ? 僕、今何か変なこと言っちゃったかな……。
慌てて原因を考えていると、小さな声が聞こえた。
「――ねぇ、覚えてる?」
「……?」
こう言っては三浦さんに怒られてしまうかもしれないけど、その声の主が三浦さんであるとは最初はわからなかった。
だって、あまりにも可憐で穏やかだったから。そしてそれが普段の彼女とはあまりにかけ離れているものだったから。
「いつか、学校の近くでおばあさんが倒れて救急車で運ばれたときのこと」
「そ、それはもちろん……」
あれはたしか去年の秋頃だった。下校中に突然目の前をあるいているおばあさんが倒れてしまった。
僕はたまたま近くにいたから、救急車を呼んだり、安全なところに移動させてあげたりした、あのことかな……。
でも、それをなんで三浦さんが? それも今ここで?
「実は私もすぐ近くにいたの」
「そ、そうだったんだ……」
「でも私、びっくりしすぎて足が動かなくなっちゃって。そこで誰よりも早く駆け寄ったのが綾瀬くんだった。他の人は見て見ぬふりしたり、『ヤバいヤバい』って言うだけで野次馬に回っちゃうし。それでも、綾瀬くんは何の躊躇もなく助けに行ったんだよね」
「そ、それは……目の前で助けが必要としている人を放っておけるなんて、僕にはできないよ」
「そう……そういうところなんだよ……」
「えっ? 何が……?」
「私は、何か特別なことができる人よりも、当たり前のことを当たり前にできる人の方がすごいと思うし、尊敬できるの。だから勉強とか運動ができるなんて二の次。まずそれができないような人にはついて行かないし、ついて行きたくはない。ましてやそんな人を好きになんてなれない」
「そ、そうなんだ……」
三浦さんはどこかスイッチが入ったみたいに一気にまくし立てる。
「――で。意味、分かった?」
「えっ? 何の……?」
「だから! 私が前田くんを振った理由よ」
「えっ、えぇ?」
いやいや、今ので分かるはずがないじゃないか……。
僕が黙っていると、急に肩をガシッと掴まれる。そして三浦さんと正面から向き合う。
そして、三浦さんは今にも泣き出しそうなほど目尻に涙を浮かべながらこう言い放った。
「だからっ! 私は綾瀬くんみたいな優しい人の方が好きって言ってるのよっ‼」
その瞬間、ベンチの後ろの木々の間から薫風が僕と三浦さんの間を通り抜けた。
「えっ……?」
僕は思わず聞き返していた。だって三浦さんの言っていることを何一つ理解することができなかったから。
「な、何度も言わせないでよっ! 私もこんなに恥ずかしい思いするの初めてなんだからっ!」
「ご、ごめん……」
「いい? あと一回しか言わないから、よく聞いてなさいよ」
「は、はい……」
すると、三浦さんはすっと立ち上がると、大きく息を吸い込む。
「わたしが前田くんの告白を断った理由、それは――あなたからの告白を待っているから」
三浦さんは夕空を背景に立ち上がると、風にふんわりと乗せるように言葉を紡ぐ。
「っ……⁉︎」
それを聞いた僕は、今までにないくらい心臓が強く早く鼓動し始める。
そこで僕は気づく。今日三浦さんと会ってから時より感じていた、そして今破裂するんじゃないかと思うくらいに心臓が高鳴っている理由を。
もしそれがそうであるのであれば、このまま黙っているわけにはいかない。
「――僕は、今まで三浦さんのことが少し苦手だったんだ」
「えっ? 何でいきなり?」
「だって、いつも険しい顔をしてるし、言葉も強いから。クラスのみんなも『三浦さんは怖い』って言ってて、僕もなんとなくそういうイメージがあったんだ」
「そ、そうなの……?」
「たまにしゃべることがあっても、どこか棘があるような口調だったから。きっと僕のことも嫌いなんだろうなって。今日も、途中まではそう思ってた」
「そ、そんなつもりじゃ……」
三浦さんは困惑しているようで、語尾に勢いが薄れていく。
「――でもね」
落ち込んでいる三浦さんに、僕はまっすぐ視線を向ける。
「たまに見せてくれるニコッとした表情とか、素直になった口調とか。それでわかったんだ。三浦さんの本音はそこにあるんだって」
「――っ⁉」
「クラスの人はこれからもそう言うかもしれない。でも、僕はもう、そうは思わない。だって僕は――これからも三浦さんの色々な表情を隣で見ていたいから」
「あ、綾瀬くん……」
三浦さんの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
そして次の瞬間、僕の胸に三浦さんが飛び込んできた。
「ばかっ! 綾瀬くんのばかっ!」
嗚咽をあげながら、両手で僕の肩を叩く。
「怖いとか苦手とかいうから、綾瀬くん私のこと嫌いなのかなって思っちゃったじゃない……」
「ご、ごめん……そういうつもりは全くなくて……」
「――ねぇ、綾瀬くん。肩、いい?」
「えっ⁉」
驚く僕に構わずに、三浦さんは体重をかけてくる。
でも、肩に感じる三浦さんの温かな体温がすぐに僕の焦りを落ち着かせてくれる。
僕はまだ、付き合うことのいろはさへ知らない。だから、三浦さんにどのように接すればいいのかも分からない。
でも、そんなのは当たり前だ。だって今まで僕と三浦さんは、ほとんど関わることがなかったのだから。
僕と三浦さんの関係は――今、この瞬間から始めればいい。
落陽に向かって飛んでいく番いの鳥を眺めながらそう心に決めると、僕は三浦さんを優しく抱き寄せた。
【完】
マッチングアプリで初めてマッチした相手がクラスメイトだった 東山 はる @haru-higashiyama
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