第34話 アウラ・アハト

 「そこまで言うんだったら……俺が最初だぁ!」


 試験内容について反論していた男生徒が最初のアウラの相手だと名乗り出た。


「ほう? お前が?」

「死ぬ気でやれば、何とかなるだろ! 役に立つから魔法を学んだ? 舐めた事言いやがって……俺が今まで積んだ技術を全て叩き込んでやらぁ!」

「さっきまでは怖気付いていたのに、それでもこの意気。評価しよう。来い」


 アウラの言葉を始めの合図と取った男生徒はアウラに向かって捨身とも見える突進を行った。何故初手魔法を使わないのか、俺はこの行動に一瞬疑問に思ったが、怖気付いて居たのはやはり図星だったようで、この男生徒の体内に流れる魔力を見れば、例え戦闘時でも安定し過ぎている。

 そう、活性化を一切行っていない。いや、活性化させる意味が無い程に戦闘向きでは無いことが分かった。


「うおおおぉ!」

「やっぱり話にならん。消えろ」


 アウラは静かな声でそう言うと、突進してくる男生徒の頭を掴み、軽く持ち上げると、思いっきり地面に叩き付けた。

 その一撃は周囲に砂埃が起こる程で、全く手加減していないことが分かる。


「ぐあっ……!?」

「……終わりだ。次の相手は誰だ」


 男生徒はその一撃で気絶。ピクリとも動かなかった。アウラは足元でうつ伏せで気絶している男生徒に目もくれずに、次の対戦相手を探す。

 が、その次の対戦相手は誰も手を上げる事は無かった。攻撃も許されぬまま、アウラのたったの一撃で地に沈んでしまった男生徒を見た後では誰一人名乗る者は居なかった。ただ一人を除いて。


「次は僕です。アウラ試験官。僕は今さっきまで上級昇格試験も余裕だと油断していました。しかし、アウラ試験官。貴方はただ者では無いことは一眼見た瞬間に分かりました。

 僕は本気で上級に昇格したいんです。なので、今まで以上に本当の本気で行かせてもらいます」

「御託は良い。ただ、一眼で相手の力量を判断し、その強さに対して本気を出そうとするその姿勢は評価しよう。じゃあ、来い」


 アウラとカロウはお互い睨み合い、アウラは自然体で立ちカロウの動きを伺う中、先に動いたのはカロウだった。

 カロウは最初に片手を銃の形にして、人差し指の先端に魔力を溜め球体状にする。


「風の弾丸ッ!」


 そう口から言葉を吐くと、カロウ自身も退く程の反動で、超圧縮された風属性の弾丸が一発発射される。

 今まで、如何なる魔法の授業でも魔法発動の際に技名の様な言葉を発する事は無かったが、これが正に『詠唱』だろう。

 魔法は発動する前段階に魔力の活性化もあるが、それ以前にイメージが無ければ殆どの魔法は不発に終わる。

 この時、頭の中で想像するイメージと一緒に、それに最も近く、発動者がイメージと最も重なる言葉を発する事でイメージが増幅され、より詳細なイメージは魔法の威力に直結する。


 発射された弾丸は空中で回転しながら、アウラの左胸部に捻り込む様に打つかる。

 しかし、アウラはこの一撃に平然としており、被弾した筈の部分は全くの無傷だった。


「今のは手始めのつもりか? まぁ、最初から最大の力を出すのも魔力の枯渇に繋がるからな……。だが……今の攻撃でダメージを与えられると思ったのなら、それは間違いだ」


 アウラは左胸部をまるで埃を払うような動作をすると、カロウの攻撃に対して分析したその直後、目にも追えぬ速さでカロウと間合いを詰め、予備動作さえも殆ど見えないアッパーカットを繰り出した。


「ッ!?」


 それは間一髪だった。カロウはアウラの拳が顎を砕く直前に風属性の防壁を自身とアウラの間に生成し、アウラの一撃をくうへ切らせた。


「うおおぉ!!」


 アウラの強烈なアッパーを回避した事で、勢い余りに真上に上がり切った拳から、ガラ空きとなった横腹をカロウが逃がさす、風の防壁から直ぐに間合いを詰め、アウラの懐に滑り込むと、風の防壁を手で触れる事で防壁の魔力を変換。鋭利な剣へと姿を変え、その刃をアウラの横腹に押し込む。


 だがしかし、所詮は防壁。防壁から変換した魔力は当然攻撃には向いておらず、零距離で放った斬撃も、アウラの体の前でガラスの様に砕け散る。


「なっ!」

「甘い……」


 もう少し威力が有ればアウラに決定的なダメージを与えられた筈のチャンスはこの一度で消滅した。

 アウラはアッパーで上がり切った肘を懐に潜り込むカロウの後頭部へ垂直に落とす。


「ガハッ!」


 そしてもう一発。姿勢を崩すカロウの腹部にわざとらしく力を溜め込み、強烈なボディを叩き込んだ。


「うあ"っ!」


 並の人間が叩き込む一撃の何十倍にも及ぶ重すぎる一撃。腹を単に殴られたとは思えない程、カロウは遠くへ吹き飛ぶ。


「クソッ……どうしたらいいんだ……」

「終わりだ。お前は失格。出直して来い」


 学年の中でも優等生と言われていたカロウでさえも、ほぼ一撃でやられてしまう始末。この光景に周りの生徒は更に恐れ慄く。圧倒的な力を前に、絶対に勝てる訳が無いという絶望感。

 ただ俺だけは絶望というより、グロースと対決する時のような微かに心躍るような感覚があった。


「もう終わりか? 次は誰だ? 早く名乗り出ろ」


 俺は一人、前へ出る。


「俺だ。お前とはグロースより良い勝負が出来そうだ。グロースの時は一方的だったからな……」

「ほう? あの老ぼれと一度手合わせを経験した者か。圧倒的な力を前にお前はどう思った?」

「もっと力を付けなくては。とよりやる気が溢れた。だが俺はもう最初とは違う。お前を今まで学んで付けていった力で打ち倒そう。

 一度だけダウンなんて生ぬるい。俺と対戦しろ」


 本来の試験内容は試験官であるアウラ・アハトを一度でもダウンを取る事だが、俺はそんなハンデでは本気は出せないと。そう判断した。


「愚かな。自分の力を過信するとは、グロースと戦って何も学んでいない様だな」

「確かに自身の力を過信して油断する事はとても愚かな事だが。本来の自身の力を理解しつつ過信する事は、限界以上の力を出せるという自信とともに、それを実現させる力にもなり得る」

「ほう……そう考えるか。お前はどうやら他の生徒とは何か違う様だな?」

「そうだな……じゃあ行くぞ。アウラ・アハト!」


 俺は最初にアウラの無のオーラに対抗するべく、魔力を無属性で活性化させる。

 無属性とは、闇属性のように特殊な効果は無いが、どの属性に対しても優劣を無視できる属性で、有効でも無く無効でも無い。発動者の力がそのまま反映され、無属性の攻撃に対する防御策も限られる。


 先程のカロウがどうやってアウラの攻撃を回避したのかと言えば、風の防壁とは中央から外側へ魔力を放出する形で生成される。

 つまり、普通の壁では力で『貫通』してしまうが、風の防壁は衝撃自体を完全に無効化させる事が出来る。という物だ。


 して、何故無のオーラは無属性で対抗出来るのかと言えば、それは極単純。無属性は出来るからだ。それは無属性に対しても同じであり、これをやるとアウラと俺の単なる力勝負となる。


 魔力を活性化している内に先に動いたのはアウラだった。

 アウラは何を考えているのか。俺に向かって握り拳を作りながら普通に突進してきた。だがこの突進も並の力では無い事は、今までやられた生徒とカロウの戦い見れば分かる。


 俺はこれにいつぞや巨体の化け物に向かってやった衝撃緩和方法を試す。

 アウラの突進が打つかる前に目の前に何重にもなる数十枚の無属性の防壁を作る。そして迎撃の構えを取る。


「そんな防壁、無駄だぁ!」


 アウラは防壁の目の前まで来ると、勢い余って強烈な拳を思いっきり突き出す。

 その力は予想以上でたったの一撃で、防壁は一斉に砕け散る。

 しかしこれこそが俺の狙いである。防壁が目の前にあるなら、力で破壊する。それは誰もが普通に思う事だろう。だが、力で破壊した直後の拳にはそうそう殴る前の力が余っている事は少ない。


 俺は防壁を破り終わったアウラの拳に向かって最大限までに溜め込んだ無属性の魔力の打撃で、アウラの拳の衝撃を相殺。いや、圧倒する。


「ッ!? これが狙いだったのか!」

「力こそが全てじゃない事を教えてやろう!」


 アウラは拳の衝撃を圧倒された事で一瞬退く。この瞬間を逃すまいと、急激に両手に火の魔力を活性化させ、特級のウィル・アデルフィアが俺に最初に見せた魔法を放つ。


「火龍砲ッ!」


 退くアウラの距離のおかげでカロウの様に零距離とまではいかないが、退いたその無防備の瞬間に俺は、両手の平を正面に突き出し、マグマとも言える火柱を放つ。直撃した。


「ぬおおっ……! この技はウィルか。だがこの程度は俺は倒れんッ! はああぁっ!」


 俺はこの一撃にかなりのダメージを与えられただろう。そう思っていたが、次の攻撃にその予想は打ち破られた。

 火柱を放つ炎の中から、それを突き破って俺の眼前に拳が迫って来た。


 俺は顔面を思いっきり殴られる。


「ガッ!?」

「特級はな、お前らの模擬戦なんてレベルじゃない。命の奪い合いを経験しているんだ。これで終わりだ!」


 地面に仰向けに倒れる俺の顔面に追加でアウラの拳が振り下ろされる。

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