第23話 新たな権利

 俺はグロースに中級昇格試験を薦められ、カロウとルルドと一緒に試験を無事合格。

 斯くして中級魔法科となった俺は、中級になって何か変わる事があるのかとグロースに聞きに行った。


「グロース、邪魔するぞ」

「っ!? お、おぉ……カオス君か。まさか、魔力回廊を自ら開けるとは……」

「あぁ、どういう訳か知らんが、グロースの部屋にだけ何故繋ぐ事が出来る」

「はぁ……なるほどぉ。ほっほっほー、恐らくそれは、私が特に自分の部屋においては結界を貼って居ないからであろう。

 別に奇襲なんぞいつでも相手に出来るからのぉ。逆に他の教師の部屋は最早完全にプライベートだから、薄い結界と人によっては暗号化させておるからのぉ。そうそう入れんようになっている」

「暗号化……?」


 暗号化? 魔力の知識を熟知している俺でもこの言葉の意味が分からなかった。

 俺が眉を歪めてあからさまに首を傾げるとグロースは驚いた表情で説明してくれた。


「ほっほー、カオス君でも知らない方法があるとはのぉ。暗号化とは即ち、結界にロックを掛けている事を表す。

 本来普通の結界ならば近づくだけで、魔力回廊でも通路が遮断されるように視認化出来る物なんだが、暗号化された結界はという一種の幻覚を対象に起こす。

 どんな幻覚かと言えば……部屋の中には入れても、その人の部屋であると認識は出来るが、部屋には誰も居ない留守状態で、物色を試みようにも、凡ゆる全ての引き出しにとてつも無く硬い施錠がされている。そんな状況だ。

 勿論、無理矢理開こうなれば中身をぶっ壊す程に強烈な魔法を放たなくてはならない。

 しかし、引き出しを壊しても中に何かが入っていた痕跡は無し。

 最高のセキュリティだな。ま、気づかれなければの話だが」


 結界を暗号化させ、結界を通ろうとした者に無人の幻覚を見せる……か。これは今後の魔法に使えそうだ。


「なるほど。面白い話を聞けた。それで本題に入るが、俺は今日グロースに薦められた中級試験を合格した。中級になったところで何か変わるのか?」

「ほほう! 先ずは昇格おめでとう。ふむ……中級魔法科に昇格すると一つの行動権限が許可される。それは、見回りだ。

 王都周辺の魔物駆除や王都内の見回り。王都内の見回りは、簡単に言って警備だ。そこら辺で見回りをする兵士と違って我々は一般市民の一端だから、犯罪者を捕まれば勿論報酬も出る。そんな所かのぉ」

「なるほど……更に昇格すれば更に権限の範囲が広がるのか?」

「あぁ、勿論だ。何が出来るかは昇格してから確かめてみると良い」

「分かった。話は以上だ。では」


 俺はグロースから話を聞くと一言だけ言い残して部屋を後にした。

 見回りか……ひとりで行くのもつまらんな。誰か誘おうか。


 そう廊下を歩いていると、丁度ルルドが壁に寄り掛かり暇を潰していた。


「ルルド、何をしている?」

「あー、中級に登ったのは良いけど……何しようかなぁって。今の所取り敢えず疲れたし帰って寝ようかなって思ってるけど……」

「じゃあ、見回り行かないか? 中級になると王都周辺と王都内の見回りが出来るらしい」

「……。まぁ、いいか。王都内の見回りにしよう。観光でもするか? 俺は地元だから観光というのも可笑しいが」

「ふむ……。見回りも観光もしなくて良い。外の息でも吸って息抜きしよう」

「ふ、それが良いな」


 という事で俺はルルドと王都内の見回りに出発した。時間は真昼間。学院から出ると直ぐに王都の大通りに抜け、太陽の光が正門の方から、家々が大通りに対し向かい合わせに立つ、その真っ直ぐな道を照らしていた。

 流石、この時間は人通りも多く、正門から伸びる大通りは、人で埋め尽くされていた。


 その光景にルルドは呆れた声で言う。


「……。これは、見回りの必要はなさそうだな」

「人を掻き分けなければ行けない程とは……ルルドよ、地元と言っていたが毎日こうなのか?」

「……。毎日では無いけど。このせいで学院に遅れる事は毎度の事だ」

「そうか」


 人で埋め尽くされた大通り。前に進む事すら一苦労な時間。俺の身長ではギリギリ向こう側の景色が見える程。この時間に見回りをするべきでは無かったか。肝に命じておこう。

 そうして暫くルルドと王都内を見回りしていると、時間が経つにつれてだんだんと人通りが少なくなり、漸く普通に歩ける程度になった所で、直ぐ近くの路地裏から不穏な戦闘音が聞こえた。


「様子を見に行くか」

「若干予想は付くけど……行こうか」


 俺はルルドと金属同士がぶつかり合う音を辿って路地裏に入ると、そこには艶のある赤い長髪と色白の肌に整った顔立ちの女が居た。一人の男を勢いよく蹴飛ばす瞬間だった。


「やぁっ!」

「ぐはぁっ!?」

「全く……こんなに警備が厳重なこの王都で良く盗みなんて働こうとするわね」

「俺には……金がねぇんだよ! 盗むしか無いんだ!」

「盗人はみんなそう言う。ほら、さっさと行くわよ!」


 赤髪の女はがっしりと男の胸倉を掴み兵士の元へ引きずり出す様だ。そこで俺は、この女も俺と同じ制服を着ている事に同じ生徒かと思い、声を掛けそれを止める。


「そこのお前。待て」

「何?」

「ユーラティア王都魔法学院の生徒か?」


 そう俺が質問をすると、女の表情は明らかに不機嫌になる。何か不味い事でも言っただろうか?


「知らないの? 私の事を……?」

「知らん。見た事も無いし、聞いた事も無い。俺は全知の神では無い」

「そんな事を言ってるんじゃなーい! まさか、私を知らない人が居るなんて……!」


 俺は訳が分からず首を傾げていると、横からルルドが説明をしてくれた。


「あぁ、コイツはこのユーラティアでは名の知れた貴族の名家で、フィーリア・アデルフィアって言うんだ。

 それで、コイツの兄になるのがお前も見た事が有るとは思うけど、特級魔法科で火炎魔法をトップに扱いが上手い、ウィル・アデルフィア」

「コイツコイツって貴方ねぇ……」

「あぁ、化け物を倒す際、救援に来ていたあの者の妹か……」


 俺がつい昨日倒した巨体の化け物。あの際に救援に来たのは特級魔法科の生徒だったのか。確かに言われてみればあの赤髪の男に似ている気がする。


「そうか。じゃあ、失礼した。俺は先に学院に戻ろう」

「待ちなさーい! ちょっとは敬ったらどうなの? 私は貴族なの! ほら、周りを見なさいよ」


 ふとフィーリアの周りに視線を移すと、泥棒を捕まえた事になのか、それとも本当にフィーリアに敬意を払っているのか。

 周りにいる女、子供全員が頭を下げていた。


「これがお前の当たり前というやつか。しかし残念ながら俺は興味が無い。俺が人間に頭を下げるなど、どんな理由があれど言語道断。

 そこでキレられても困る。逆に俺が誰であるかお前に答える義理は無いが、相手の素性を知らないという物程、恐ろしい物は無いぞ?」

「それはこっちのセリフなんだけどっ!?」

「という訳でさらばだ。また学院で会おう」


 と、次こそ俺は背中を向けてその場から去ろうとすると、次は後頭部の襟を掴まれる。


「待てって……言ってるでしょうがぁっ!! お兄ちゃんに言付けてやるぅ!!」

「勝手にしろ。ルルド、何故か面倒事になりそうだから先に帰ってくれて良いぞ」

「あぁ、じゃあな」


 そう言って俺はルルドと別れ、フィーリアに引っ張り止められながらも、強引に俺は学院の元へ向かい、それだけに帰る時間が遅くなってしまった。

 漸く学院の入り口まで戻ると、丁度帰宅するタイミングの赤髪の男に出会う。それを見たフィーリアは怒りを露わにして、俺を男の前に突き出す。


「おぉ! フィーリア! どうしたんだ? そんなにブチ切れて」

「お兄ちゃん! コイツ! コイツ!!」

「ん……? ってお前は! カオスじゃねぇかよおい! こんな所でまた会うなんて本当に奇遇だなぁ!!」

「カオスぅ?」

「あぁ、前に言ったろ? 化け物を一撃で仕留めた初級魔法科の生徒が居るって。 コイツの事だよ!」


 俺は男にあの時の感謝を述べる。


「あぁ、名前はウィルって言うらしいな。あの時は助かった。初めて死ぬかと思った。

 しかし、お前の魔法は驚いたな。あれだけの莫大な魔力で自身を蝕む事なく、最大限に力を発揮するとは」

「良いって事よ! 俺ァ、あれはあれで楽しかったからな!」


 魔力は確かに多ければ多い程、一度に吐き出す魔力の量で魔法の力が変動するが、俺が昨日、経験した魔力枯渇による気絶。あれの原因は一度に吐き出す魔力の量にも関係しなくは無い。

 魔力はあくまでも人間と魔物が持つスタミナの役割をしており、例え魔力が充分に残っていたとしても、急激な消耗をすると一気に体力を奪われ、動悸や目眩を起こす。

 しかしそれをコントロールし、莫大な魔力を操り、長期戦でも余裕に戦える。それこそが魔力の扱いにおいて真骨頂とも言える。

 俺が今、ウィルに対し『自身を蝕む』と言ったのは、激しい消耗を例えコントロールしてもそれを日常的に行うと言葉通り身を削る事になるからだ。

 もっと簡単に言えば寿命の短縮。

 本人が余裕と思えるのならそこまで問題では無いが、自覚してもなお無理な魔力を消耗すると……。


「そうか。それなら心配は無いな」

「所でさ! 丁度会えたんだし、せっかくだから一緒に帰らねぇか? なんなら今日は俺の家に泊まってもいいぜ??」

「あぁ、それは有り難い。今、良い寝床を探している途中でな」

「よっしゃ決まりだァ! 良いだろ? フィーリア」

「はぁ……どうせ拒否権は無いんでしょ……」

「その通り! 分かってるじゃねぇか!」


 俺にとっては泊めてくれるのは有り難いが、フィーリアは渋々ウィルの提案を承諾。俺は、二人の家へ向かった。

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