第24話 アデルフィア家

 俺は中級魔法科に昇格し、学院生徒としての王都周辺の見回りの許可を得た。

 中級昇格試験で疲れてはいるものの、見回りとはどんなものか気になり、ルルドと出発。そこで貴族を名乗るフィーリア・アデルフィアに出会う。

 以前、突然襲撃してきた巨体の化け物に救援にきた特級生徒の一人である赤髪の男、ウィル・アデルフィアの妹だと言う。


 俺はその事を全く知らず、更に世間知らずとまで言われた。これにフィーリアは怒り、兄であるウィルに言いつけると言って、興味が無い俺はフィーリアに止められながらも強引に学院に帰った所、丁度帰宅しようとしているウィルに出会った。


 ウィルは俺とフィーリアが一緒にいる事に一緒に家に帰ろうと提案し、更に泊めてくれるという話になった。


 ウィルの家に到着すると、赤を基調とした金色の装飾がされた豪邸で、庭は全て赤い様々な花が咲き、緑色の芝生が広く広がっていた。

 ただその赤色は血の様な赤では無く、何処か高級感の感じられるシックな赤色で、豪邸の殆どが赤と燃える燭台の火に包まれていても、全く心が燃える何処か、落ち着く雰囲気を醸し出していた。


「素晴らしい邸宅だな……。人間の文明は神とは違うセンスを感じる」

「まるで神を知っているかの様な口振りだな」

「まぁな。熱い信仰者とでも思ってくれ」

「ふーん。じゃ、行こうぜ!」


 俺が信仰者という言葉を口にすると、ウィルは表情が一瞬冷めるが、すぐに直って俺を家の中に入れる。

 今の表情の変わり方からして、あまり宗教に関しては興味が薄いか。俺はそう捉えた。


 中に入ると直ぐに恐らくウィルの両親だろう二人が迎えた。

 どちらも歳は七十〜八十過ぎており、腰を曲げながら、俺を見上げるような姿勢で、にんまりとした笑顔を見せ、とても優しそうな印象を受けた。


「おかえりなさい、フィーリア、ウィル」

「「ただいまー」」


 ウィルとフィーリアは、両親の声を聴いて通り過ぎる様に応えた。

 俺は流石に無視する訳にもいかないので、挨拶をする。


「俺はカオスだ。ちょっとした事情で今日一日泊めてもらう事になった。よろしく頼む」

「おやおや、お客さんかい。じゃあ、すぐに夕飯の準備をしないとねぇ……」


そう言って両親は笑顔を絶やさずにその場を後にする。

 そうして俺はウィルとフィーリアとでリビングに到達すると、ウィルが早速のフィーリアに質問をする。


「フィーリア、さっきの事なんだが、カオスが何をしたって?」

「コイツ、私を見た何も知らないって言ったのよ。名乗っても、聞いた事も無いって! ちょっと世間知らず過ぎじゃ無いかしら」


 フィーリアはウィルの質問に頬を膨らませて腕を組みながら怒りを露わにする。

 ただその理由にウィルは大きく笑う。


「はははは! なんだ、何時も事じゃないか! 俺達の貴族の名が知れてるのは、貴族と学院内だけだろう? 街の人が全員知っている程じゃあ無い」

「いいや! しかもコイツ興味が無いって! 貴族に対して敬意は無いのかしら」

「ふはは! それは……カオスはどうなんだ?」

「なにも、上の立場だからと言って敬意を払う意味が分からない。同じ人間だろうに。人間の上下関係はそんな簡単な話ではない事は何となく分かるが……」

「はははは! だってよフィーリア。カオスに何言っても無駄なタイプだこりゃ!」

「ぐぬぬぬぬ……」


 人間の上下関係。特に学院内でもそうだ。魔法の扱いの上手さとは別に、初級と中級では何度か廊下で通り過ぎた事はあるが、俺以外誰もが上の人間には頭を下げて挨拶をし、理事長のグロースに関しては、全ての人間が『グロース理事長』と呼び、生徒は教師に対して敬語を使わなければならないという。

 確かに神の中でも上下関係はあるが、敬意は心の中で思うだけに、それを姿勢や言動で示す事は殆ど無かった。

 

 例えば神界の最低位である準天使でさえも、俺に対しては特に敬語は使わずにフレンドリーな言動だった。

 唯一神の階位は、神の座が天使会議の際に物理的に示してくれるので、相手がどんな言動を吐こうが特に何とも思わなかった。

 因みに天使会議とは、その世界の管理について各神の役割や世界での行動を審議する事にあり、そこまで重要な物では無かった。俺でさえ退屈していたのだから。


 そんな事を話していると、アデルフィアの両親が夕飯が出来た知らせをしてくる。

 それにウィルとフィーリアは答え、一旦話を止めて、食堂へと赴く。

 食堂に入ると、どの世界の貴族も同じなのか。と思える程に無駄に広く、四人家族のアデルフィア家に対し、手前から奥まで続く十メートル以上の長テーブルを両サイド挟むように、下座と上座を合わせて、十八席も椅子が用意されている。

 四人で座るには余りに多い為、家族に夕飯を食べる時は下座も上座も関係なく、上座周辺の四席に、四人で線を結べば正方形になる様に座り、俺は、ウィルとフィーリアが並んで座るその隣に座る。


 そうすると、コック帽を被ったシェフらしき男が台車に夕飯だろうそれを乗せて、ウィル達が座るその席の目の前のテーブルに置いていく。

 そして食事が始まる訳だが……そこでフィーリアはため息を吐く。


「はぁ〜あ……全く。貴族なんか生まれなかったらこんなにストレス溜まる事もなかったんだろうなぁ」

「またそれかよフィーリア。まぁ、分からなくも無いけど、生まれつきで貴族ってのは結構優遇されるんだぜ?」

「それは分かってるけど……はぁ〜あ」


 それからフィーリアの愚痴は約二時間程にも及び、その話を両親はコクコクと頷いて無言で聞いていた。

 そして陽はすっかり沈み暗くなった所で、もう風呂入って寝る時間らしいが、さて何処で俺は寝れば良いのかという話になった。


 アデルフィア家は学院内では名の知れた貴族であれど、爵位は子爵の家系で、貴族内ではそこまでの権威は無い。

 そのせいなのかは分からないが、客が来る事はあるが、あくまでも挨拶程度であり、その為、家族以外の寝泊まる部屋を用意していない様だ。

 客室はあれど、寝室は無い。

 そこでウィルが提案する。


「じゃあ、フィーリアとカオス。二人で寝れば? 俺は男と寝る気は無え」

「はぁ〜!? なんで私がそれも今日初めて会った男と寝ないといけないのよ! お兄ちゃんこそ今日一日くらい良いじゃない」

「いいや駄目だ。特級魔法科はお前らと違って忙しいんだ。寝不足にはなりたく無い。それもなんだぁ? フィーリアはまさか自分がカオスに襲われるとか思ってねぇだろうなぁ?」


 俺がフィーリアを襲う……? 馬鹿な、俺はそんな性格では無い。


「心配するなフィーリア。俺は人間を傷付けるなど絶対にしない主義だ。逆に何か有れば俺の力の限りで守ってやろう。

 まぁ、お前らがそこまで物騒な関係の中にいるとも思えんが」

「ひゅー、カオスかっけぇ事言うじゃねぇか」

「ウィル、これはフィーリア個人に対してでは無い。お前も、両親も含む」

「いいや、それでもかっけぇわ」


 そう俺は横から口を挟むと、何故かフィーリアは赤面しながら慌てふためく様子を見せる。


「は、はぁ!? 馬鹿じゃ無いの? ふんっ、逆に私を襲おうってなら返り討ちにしてあげるんだから」

「だってよカオス」

「そうか。それなら心配無いな」


 俺は人間を殺さないだけに、傷付け無いというのは正確には嘘になる。

 神という立場において人間が我らの意思に逆らうならば、その都度、導かなければならない。

 神の意思とは、神によって違うが、俺にとっては俺の作った人間作品を穢す事は許さない。ただ俺の目の届かない所でやるのは自由だが、俺の目の前でやるというその意味は、俺への唯ならぬ侮辱となる。


「そうだよな。フィーリアには力があるんだから。じゃ、後はよろしく〜」


 ウィルは、フィーリアと俺を置いて、颯爽と食堂を出て行った。


「……。嘘でしょ。良い? カオス。変な事したら殺すから」

「あぁ」


 そうして俺はフィーリアに念を押され、フィーリアの部屋に入る前に、フィーリアは寝巻きに着替えると言って暫くしてから入った。


 すると、フィーリアは何故か戸惑う。


「あ、あれ? カオスは私のこの姿見ても何も言わないのね。食堂では単に強がっているだけと思ったんだけど、お兄ちゃんの場合は私が妹だから良い事に、平気で変な目で見るんだけどねぇ」

「変な目とはなんだ」

「いやぁ、だから何とも思わないの?」


 フィーリアの寝巻きは白くふんわりとしたパジャマで、前面にピンクの兎のシルエットが刺繍されている。それに対し、きっちりとした学院の制服より、可愛らしさがある。


「なにまじまじと見てんのよ」

「やっぱり何とも思わん。もし、服装ではなく、体型の事を言っているのならば正直に言ってやろうか?」

「え……? な、言ってごらん?」

「そうだなぁ、胸の辺りは大きすぎると思うが、理想の体型ではある。理想とはどう言う意味かと言えば、シルエットとして見た時、男性も女性も特徴をしっかり残しており、全体的に滑らかなラインである事か。

 ただ痩せすぎても太りすぎてもそれは人間が生きる事において、生活の何処かに偏れば必ず通る道であり、それを悪いとは言わない。

 しかし、神によって作られた身体を最初の状態を長年保てるというのは、俺にとっては素晴らしい物だ」

「な……変な目というより……変な考えを持っているのね貴方」

「む? 何か可笑しいか?」

「いや、もう何でもないわ……」


 そういうと、フィーリアの表情は冷め、部屋に一つしか無いベッドに倒れるように入る。


「……。俺は何処で寝れば良いんだ?」

「床で寝れば?」

「分かった」


 そう言われて、俺は硬くも少しひんやりとしている床に座り、身体を倒そうとすると、フィーリアに止められる。


「って本気!? 床に寝るとか止めなさいよ! 汚いし……」

「なに? 俺は別に気にしないが……」

「私が気にするの! はぁ……私今日、溜息何回目だろう……。

 うーん。掛け布団渡しても私が寒いし……はぁ、もう良いわ。私の隣どうぞ」


 フィーリアはまるで何かに吹っ切れた様に、広いベッドの半分を俺に渡した。


「ただ分かってるわよね?」

「あぁ。助かる」


 そう言ってフィーリアはこじんまりと身体を固め、ベッドの左半分に入り、俺は右半分に入る。


「何故そんなに身体を丸める。自然体で居れば良いものを」

「防御しているのよ。こうすれば何処も触れないもんねー」

「そうか。ではおやすみ」


 俺は目を閉じ、眠った。


「……。そうかって……。男にこんなのもいるのねぇ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る