第22話 戦闘能力の変化

 俺は多目的科の授業の最中に突然襲撃してきた巨体の化け物を、グロースに手伝ってもらった事で間一髪で倒した。

 その後、魔力の使いすぎで俺は気絶するが、目を覚ました診療所で、見舞いに来たグロースに化け物を倒した功績を見込まれ、中級昇格試験の推薦を受けた。


 そして中級昇格試験を受ける俺は、同じく試験を受けようとしているカロウとルルドに出会い、それと合わせて試験を受ける生徒数はおよそ六十人だった。

 中級試験項目は三つ、魔力の安定さ、魔法の威力、試験官との実戦。

 カロウは貴族生まれで元から才能を持っていたから。ルルドは中級に上がるのを面倒臭がって初級でずっと鍛練していたから。そんな理由で、難なく魔力の安定さと魔法の威力の二つの試験項目をクリアした。


 しかし、中級試験官であるヴェイグの審査は厳しく、六十人居た受験者は、ヴェイグと実戦を許されるまでに八人まで減った。

 もう少し居ても良いのでは無いか? と思うも、それは許されなかった。


「よぉし、じゃあ次は……お待ちかねの俺との実戦だ。勿論使う武器は木剣だが……木剣でも嬲り殺されるって言うもんがあるからなぁ。もう一度言うが、油断したら死ぬ。それだけ覚えておけ」


 そうしてヴェイグが最初に選んだのは俺だった。


「えーっと、名前はカオスか。よし、最初はお前だ。特に理由は無い。さぁ、構えろ」

「あぁ」


 俺はヴェイグを見据えながら同じく木剣を構える。俺がこの様に真面目な戦闘に入るのは、この別次元世界に降り立ってから最初に戦った狼以来だ。

 あの時は反応速度も遅く、筋力も全く無いせいで、後からきたノルドに助けてもらう形になってしまったが、今はそうはいかない筈だ。

 体内魔力の保有量に魔力を自在に操れる力と学院に入ってから攻撃、回復、支援の三つ魔法を初歩的だが習得できた。勿論筋力もその間に鍛えてきた。

 神が訓練するだの、強くなっただの言うのはおかしな話だが……俺も早く力を取り戻したいのだ。

 だから今は、目の前のヴェイグを倒す事だけを考えよう。


 そうしてお互い木剣を持って睨み合う中、最初に動いたのはヴェイグだった。

 ヴェイグは俺に向かって真っ直ぐ木剣を振り上げながら突進してくる。


「実際じゃあ、こんな睨み合いはねぇんだぞ!」


 ヴェイグは木剣を俺に向かって振り下ろす瞬間にそれをフェイントとし、正面から蹴る。

 まさか木剣を使っているのに最初からフェイントを掛けられるとは思わず、俺は咄嗟に木剣で正面を守りヴェイグの蹴りを防ぐ。


「へっ、いいか? 殺す気で掛かって来い! 手段を選ぶな!」


 俺が蹴りを防いだ事を確認すると、そう言いながら右手に持っていた木剣を瞬時に左手に持ち変え、左手で殴る様に木剣を俺の頭部側面に向かって振るう。

 俺はこれにも反応出来ず、何とか木剣で防ぐ。


 そう。この戦いは魔物相手ではなく人間相手なのだ。勿論魔物にも高い知能を持つ者もいるが、人間はそれを凌駕する知能を持つ。

 ヴェイグの言う通り『手段を選ばない』。魔物と違って手段にほぼ限りが無いと言っても良い。

 集中しなくては勝利は程遠いだろう。

 

 俺は他種魔法で学んだ読心で集中力を高める。すると、魔物相手とは違った。

 頭の中で激しいノイズが走る。頭の中に無数の攻撃予測情報が入ってくるのだ。駄目だ。使い物にならない。

 そう考えていると間髪入れずにヴェイグの追撃が入る。


「おらぁ! 守って無いで反撃しろ!」


 ヴェイグは左手から右手に再度木剣を持ち変えると、右腕が利き腕なのか、左腕より正確な軌道で上から木剣を振り下ろす。

 読心も使えない。こうなったら魔法でも良い。手段を選ぶなと言うならそうさせて貰おう。

 

 俺はヴェイグの右腕による大きな振りかぶりを見逃さず、ヴェイグの懐に入り腹に軽く手を当て、急速に魔力を片手に込め勢い良く吐き出す。

 ゼロ距離から放たれた魔力は、ヴェイグの腹にぶつかる事で爆発し、軽い衝撃波を起こす。これによってヴェイグは衝撃で少しだけ後退。態勢が一瞬だけ崩れる。


「なっ!? やるじゃん。それで良いんだよそれで……、じゃあ次は本気で───」

「実際の戦闘に睨み合いなんて無いんだろ?」


 自分を後退させた事で俺を評価する言葉を遮る様に俺は追撃を入れる。

 ヴェイグを後退させた直後に地面を思いっきり蹴り飛ばし突進。右手で握り拳を作り、再度魔力を拳に急速に集め、次は本気でヴェイグの頭を横から殴る。

 ヴェイグはこの力で一気に吹き飛ばされ地面に激突。


「ぐぼぁっ!?」

「まだまだ行くぞ!」

「調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」


 俺は吹き飛ばしたヴェイグを追い、倒れているヴェイグが起き上がるのを待たずに追い討ちを掛けようとするが、ヴェイグは倒れた姿勢から俺が走ってくる方向に手をかざし、手の平から魔弾を発射してきた。

 そこで俺の読心が役に立った。頭の中に突然警告音が鳴るので、それと同時にスライディングする事でヴェイグの魔弾を回避。


「これで終わりだ」


 俺はスライディング姿勢からすぐに突進に切り替え、木剣を両手に持ち、先端を真下に向け、魔力を込めずにそのままの力で、倒れるヴェイグの腹に向かって勢い良く突き下ろす。


「がはっ……!」

「ふんっ!」


 そして最後の止めに追加でヴェイグの身体に馬乗りになり、一発。拳を顔面に振り下ろし、遂にヴェイグは気絶した。


「がっ……!? ……」

「終わったか……。まだ他の生徒との試合があるだろう。起きろ」


 俺はまだ終わっていないとヴェイグに回復魔法を掛け、ヴェイグの目を半強制的に覚ます。


「ゔっ! て、てめぇ……もう良い。お前は昇格試験をクリアした。次の試合があるから帰れ。いや、二度と俺の目の前に顔を見せるな」

「あぁ、そうしよう」


 回復させたとは言え痛みがまだ残るヴェイグは顔をさすり、俺を明らかな怒りの眼差しで睨みながら静かに帰れと口にする。

 そう言われて俺はヴェイグの側から直ぐに離れて、背中を向けて王都へ帰るが、帰り様に背後から「止めは打たなくても良いだろう……」と小声が聞こえた。

 あまりの連撃と挑発に俺とした事が熱くなってしまった様だ。俺はヴェイグの小声の内容に反省しながら王都に戻った。




 そうして王都に戻り、俺は学院の正面玄関。受付前でカロウとルルドの帰りを待って一時間。

 漸く戻ってきたカロウとルルドの表情を見るとどうやら合格したようだ。


「中級、合格したようだな」

「あぁ、カオス君のお陰でね」

「あー、それでか……」


 ヴェイグに勝てたのは二人の実力では無いのか? 俺は首を傾げるとカロウがその答えを言った。


「いやぁ、カオス君に気絶までさせられた事に相当悔しかったのか、カオス君と戦っていた時の戦闘のキレがなくてさ。半分ブチ切れた様に攻撃してきたんだ。

 まさか、落ち着きを無くした相手に負ける僕じゃあ無いよ。という訳で、今回の合格はカオス君のお陰でもある」

「そうか。そんなに……うーむ。アレはあくまでも中級昇格試験官だろう? 生徒に負ける事など過去にもあったのでは無いか? それと気絶するまでやった者もいるだろう」

「それもそうなんだけど……僕が思うに、カオス君の最後の回復魔法じゃないかな。流石にあれは僕から見ても、プライドを踏み潰された感があるね。

 だってさ、中級昇格試験官として、本当に殺す気でやれば余裕で勝てる筈の一端の初級魔法科生徒に、気絶させられるまでボコボコにされて、最後には自己治癒を待たずに回復させられるんだよ? 

 いやぁ、本当に助けて欲しい時に回復は助かるんだけど……回復出来るのに回復させられるのは余計なお節介ってやつだよ」


 ……。

 俺はカロウの説明でヴェイグの怒る理由を理解した。簡単に言えば気絶後の回復がいけなかったと。確かにヴェイグの思う事は分かるには分かる。

 大怪我でさえも自己回復できる力を持つのに、自分より下の階級の者に無理矢理回復させられるのは、有り難く思ってもとても複雑な思いになる。

 それは本当に感謝する者もいるとは思うが、ヴェイグは違った。それだけだ。


 さて、俺はこれで中級魔法科生徒となった。恐らく何か初級と違う事もあるだろう。

 俺はカロウとルルドと別れ、グロースの元へと向かった。

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