第20話 予兆

 俺は三つの基礎魔法を教わり、最後の多目的科の魔法を教わる事にした。ただこれが最後では無いだろう。あくまでも俺が教わって来たのは初級魔法に過ぎず、まだまだ中級から特級があると聞く。


 特級については戦闘科で一度俺が魔力砲を撃ち出した時も教師に特級になれと言われたが、そんな力ではグロースにはまだまだと言われたくらいだ。

 もしかしたら特級魔法は神の力に近い程に強力なのかもしれない。


 多目的科では、より正確な察知魔法と戦闘に役立つ読心を学んだが、割とこの魔法の習得が難しく、時間が経ってしまった為、最後の弱点感知は明日に持ち込まれる事になった。


 それで夕焼けに陽が沈みかけている時間に授業を一旦を終わらせようとすると、俺は学んだ読心からの警告音に気が付き、グロースの結界の解除を止めた。

 その直後に結界を揺らす程の衝撃。一気に生徒が騒めく。


「おいおい……なんなんだよ今のは……」

「で、でも理事長がいるから大丈夫よね……?」


 そこで俺はその正体を視界に捉える。人型で、筋骨隆々な体格。グロースが戦闘科で倒した教師ジガンの二〜三倍の大きさを持つ化け物が結界に向かって突進しつつあった。


「来るぞ!」


 俺はグロースと全生徒に魔物と思わしき化け物が来る事を叫んで伝える。

 そしてその直後、化け物は勢い余らせて巨大な拳を結界に向けてフルスイング。

 その一撃は、衝撃波が内部に伝わってくる程で、ピシッと結界に大きく放射状の亀裂が入る。


 本気の結界では無いとは言え、グロースの貼る結界はそうそう簡単に割れる物では無い。そう俺自身も感じていたのに、たった一撃でこの威力。正に化け物と言うに相応しい。

 一体こんな魔物何処から来たのか。俺は別にこの世界の魔物事情に詳しくは無いが、ノル村で鍛練をしていた時もこんな魔物は見た事が無い。

 それならもっと遠くから?


 そんな事を考えていると、グロースが結界を破ろうとしている化け物の目の前に立ち、全員に叫ぶ。


「皆の者! 下がりなさい! 教師君は戦える者を呼びに行ってくれ! 私は此処を耐え凌ぐ!」

「わ、分かりました!!」


 すると教師はグロースの横、化け物の視界に入らない位置から結界の外へ。援軍を呼びに行った。

 グロースは化け物の前で手を広げ至急結界を修復するが、今修復して強化しても遅いだろう。

 そう思ったが直後、化け物は両手を使った連続攻撃で、瞬く間にグロースの結界修復は追い付かず、結界は硝子が割れる音を響かせる。


「不味いッ! 皆よ! 逃げ惑ってはならない!!」


 逃げ惑えば化け物の標的がバラ付き、各々を守れなくなってしまう。しかし、そんなグロースの叫びは混乱した生徒達には届かず、一斉にがむしゃらに逃げ惑う。

 その場からレウィスとセグロスも落ち着きが取れなくなり逃げ去ってしまう。


「お、俺はこんな所で死ぬもんか! おい! カオスも逃げるんだ!!」

「駄目だ……。俺は逃げない……!」

「お前の才能は知ってるけど! こんな所でヒーローごっこしてんじゃねぇよ!」

「違うッ! 俺は逃げてはならないんだ!」

「ど、どうしたんだカオス君……?」


 神は人界の均衡を保たせ、人間とその環境を見守る義務が有る……しかし、逃げ惑う人間を前に『見守る』と言ってその場から離れてはならない。それでは創造神カオスの名が廃れる。

 自分の作った物を破壊されるのを指を咥えて見ていては、世界の創造者と名乗る資格は無い。


 化け物を引きつかせなくては。

 が、そう思って行動に移す必要は無かった。どうやら化け物は俺を狙っているようだ。

 結界を割ると逃げ惑う生徒には目もくれず、真っ先に俺に向かって突進して来た。

 今の俺にこれを防ぐ術は無い。もっと瞬間的に出せる技を学ぶべきだったか。俺は、化け物の突進を横へロールして回避する。


 しかし化け物は俺が回避したとみると、突進姿勢を急ブレーキ急ターンして、高くジャンプ。俺を頭上から踏みつける態勢に入る。

 増援くるまで凌がなくては、避けるだけでは俺の体力が先に尽きる。


 俺は踏みつけられる直前に支援魔法の物理反射。咄嗟に薄い魔力の壁を頭上に作り、衝撃吸収を試みる。

 少しでも衝撃が和らげば、こちらの魔力で打ち返す事も可能だろう。

 そう考え、瞬時に片手拳に中程度魔力を込め、作った壁に向かって化け物の足が打つかるのと合わせて、右拳を上へ突き出す。


 しかし、化け物の攻撃を一瞬だけ耐える事は出来た物の、俺の腕の中からバキッと嫌な音が聞こえたので、直ぐに後退。化け物が地面を踏みつける衝撃で吹き飛ばされる。


「ぐっ……!」

「大丈夫か! カオス君!」


 直ぐに駆け寄るカロウを横目に俺は指示を出す。


「機動力と攻撃を支援を俺に掛けろ!! 今すぐにだ!」

「あ、あぁ!」


 カロウの戸惑う表情から支援魔法を掛けられた俺はすぐに立ち上がり、地面を踏みつけた直後の硬直時間にある化け物に突進し、化け物がこちらを見る前に、化け物より高く頭上の高さまで跳ぶ。


「ふんッ!!」


 機動力支援で向上した身体能力で、空中でぐるりと体を縦回転させながら、攻撃力支援と自分の魔力を右脚に込め、化け物の真上から後頭部を思いっきり蹴り付ける。


「グアァアッ!?」


 手応えは有った。が、今の一撃で着地後も右脚がズキズキと痛む。


「不味いッ! 動けない!」


 巨体であるこの化け物にはダメージは与えられただろうか。人型の急所を確かに狙った。しかし、そんな考えは甘かったようだ。

 化け物は俺の攻撃で一瞬膝を突くが、すぐにむくりと立ち上がり、大きく咆哮する。


「グオオオォ!!」


 俺は右腕を骨折し、右脚を負傷。化け物の硬い筋肉を蹴った脚はもう使い物にならない。このまま力を取り戻せずに、人間として生を終えるのか。もう一度突進してくる化け物を前に俺は死を覚悟した。

 そして化け物から放たれる拳に目を見開く。


 するとそこで拳が俺の顔面に減り込むほんの数ミリ前で化け物の体が突然業火に包まれる。悲痛な叫び声が耳を劈く。

 

「グアアアァァァッ!!??」


 直ぐに辺りを見回すと赤い火炎模様の刺繍がされたロープを来た赤髪の男が、余裕の表情で化け物に片手を伸ばしながら、俺を見て親指を立てる。


「俺らが援護にくるまで良く耐えたな!」


 その男の「俺ら」というワードに更に男の周囲に目を通すと、属性ごと分かれているのか。さまざまな模様が刺繍されたマントを羽織る男女が化け物を囲んでいた。

 グロースが戦える者と言っていたが、このなりからして教師はでは無さそうだ。

 一体何者なのだろうか。と考えていると、先程の赤髪の男は、まるで化け物相手に楽しむ様に追撃を入れる。


「まだこれで終わりじゃねぇぞ! 歯ァ食いしばれぇ!」


 男は化け物の炎が鎮まった瞬間を逃さず、軽くジャンプして、両手を化け物の心臓部分に当てる。すると化け物の胸元がだんだんと赤く光り始め、次には化け物の背中から火柱が貫通していた。


「グオオオッ!!」

「おいおい、心臓打ち抜いてもピンピンしてるってどうなってんだよぉ!」


 男の言う通り、化け物の胸、心臓辺りには向こう側の景色がはっきり見える程に大穴が空いていた。しかし、化け物はこれでも雄叫びを上げる程に体力があり、確実なダメージは与えた筈だが、まだ生きていた。

 男の一撃でまだ化け物が生きていると分かれば、援護の更なる追撃が化け物を襲う。


「討ち漏らしてんじゃねぇよっと!」


 次来たのは、氷の大剣を持った赤髪より若い顔立ちをした青年だった。

 青年は赤髪の真横を通り過ぎると、氷の大剣を化け物の横腹目掛けて勢いよく振り抜く。

 その攻撃で氷の大剣はいとも簡単に砕け散ってしまうが、この攻撃の真意は大剣で斬る。のではなく、化け物の右半身を瞬く間に凍らせた。


「グアッ?」

「化け物め、僕たちを舐めないでくれよ?」


 そう言って青年が化け物に向けて指をパチンと鳴らすと、凍った化け物の右半身の右腕と右足が、最初から氷塊であったかの様に粉々に粉砕される。


「グアアアァッ???」


 まさかだとは思うが、この者達がグロースの言っていた特級の者達だろうか。魔力を溜める必要無く、瞬時に強力な魔法を放てる者達。確かにこの光景をみれば、俺の今の力では到底及ばない。


「グオオオオォォォォォッ!!!」


 あまりの一方的な攻撃に怒ったのか、化け物は再度大きな咆哮を上げる。

 すると、化け物は左腕と左足を巧みに使い、片方のバランスが完全に崩れた姿勢から次なる追撃を素早く回避する。

 その追撃は、地面に倒れ伏せた化け物への止めの一撃だったのか、化け物の真下から鋼で出来た鋭利な一本の棘が突出していた。


 その魔法を避けた化け物は、棘を自慢の腕力でへし折り、棘の一部を発動者にぶん投げる。その反撃をなんとか発動者は避けるが、今や激昂状態となった化け物は、援護する者達が放つ魔法を剛体で、弾きほぼ無敵状態となっていた。


 そんな光景に呆気に取られていた俺は突然背後の声に気がつく。グロースの声だった。


「カオス君! こんな魔物、何処から来たのかは分からないが、あの魔物が君を狙っている理由は恐らく、内側から漏れ出す『絶大なる力』に関係していると私は思う! なにせ、カオス君が魔法を発動するたびに、不自然な魔力が溢れていたからの!

 今、彼らが魔物を倒そうと応戦してあるが、これより被害が大きくなるのは時間の問題だ! そこでた。カオス君が更に強力な魔法を放とうとすれば、封印の蓋が一瞬でも開くのでは無いかと私は考えた。

 ちょっと体に負担を掛けるが、どうだろうか?」

「良いだろう。戦闘科の時に貰い損ねた魔力を俺に注げ! 魔物相手なら全力でやってやろう」


 そういうと、グロースは俺の背中に両手を当て、俺の体の中に急激な大量の魔力を注ぎ込む。

 一気に身体が熱くなるこの感覚。常人には耐えられないだろう。魔核に魔力をオーバーロードさせる以上の、体外に溢れ出す程の魔力。

 そこに俺は、どこか神であった時の感覚が戻ってくる様な気がした。


 俺はグロースから多量の魔物を受け取りながら全身の魔力を一気に活性化させ、それを全て片手に込める。


「ほう。カオス君が何をしようとしているのか分からんが、魔物に更なる強撃を与える為に弱点感知を教えよう」

「大丈夫だ。見える……!」


 全身では無く、片手が異常な程に眩い緑色の光で包まれ、更に俺の視界にまで影響してきたのか、化け物の頭から股に掛けて、縦真っ直ぐの線が見える。

 これがグロースの言う弱点感知だろう。異常な魔力のせいで少し視界が霞んで来たが、問題は無い。


 俺は十分に片手に溜まった魔力で、緑色棒状の『魔剣』を作り出す。

 完全体とは言えないが、この化け物を倒すには十分な威力が望める。


 そんなグロースと俺の光景に援護に来ていた一人が気が付き、それを静止しようとする。


「グロース理事長!? そんなに魔力を注いだら、彼の意識が!」

「安心せい! この者、そう簡単にぶっ倒れる者では無いッ!」


そうして魔剣を作り出した俺は、力任せに、それを化け物の弱点に合わせて振り下ろす。


 魔剣から飛ぶは天高く燃え上がる炎の様な斬撃波。化け物目掛けて飛んでいく斬撃波の通過点は深い斬り込みを入れながら、化け物の体を一刀両断する。


「グアアアァァァァッ!!!」


 縦真っ二つに斬り裂かれる化け物は、断末魔を上げながら、身体組織がバラバラと崩れて行き、砕けてゆく身体が光の粒となって消えていく。

 そうして、魔剣の斬撃波が鎮まった頃には化け物の体は跡形も無く消滅していた。


「ほおぉ……完全に消しおった……」


 が、俺の視界は突如暗転。周囲から聞こえる筈の音も無く、完全に意識が途絶えた。

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